■5 うわ、マジでいる…  / 零、東京にて / 帝国と王国

夕暮れの柔らかな光が広場を包み込み、空が深い赤から紫へと移り変わる中、麻美と零は大きな木の下に腰を下ろしていた。

風が静かに吹き抜け、揺れる草花から漂う香りが二人を包み込んでいる。まるでこの一瞬だけが永遠に続くかのような、穏やかで静かな時間だった。


零は静かに空を見上げ、ぽつりと口を開いた。「ルビーってあるよな…いつも俺がつけているのもルビーのブレスレット」その声には、過ぎ去った日々への懐かしさと、異世界へ転移する前の東京での平穏な生活への郷愁が滲んでいた。

彼の目には、かつての現実世界の景色が一瞬よみがえり、その記憶をそっと撫でるように言葉が続いた。「今のこの世界では、魔石として火魔法の原動力になっているらしいけどな」彼の手首に巻かれたルビーのブレスレットがかすかに脈動し、まるで自身の存在を彼に知らせるかのように、かすかな光を放った。


「オヤジがよく話してくれたんだ。ルビーのことを。」零の声は、どこか温かさを含んでいた。彼が過去の大切な記憶に戻っていく様子が、彼の表情や仕草に現れていた。


麻美は優しく微笑んで、彼に目を向けた。「どんな話だったの?」彼の話に興味を抱きながら、彼の側にいることに安心感を覚えていた。


零は、まるでその思い出を手繰り寄せるように、静かに話し始めた。「昔、ある古代の王国では、ルビーは『勇気の石』と呼ばれていたんだ。心の中に眠る勇気を目覚めさせる力があるって信じられていたんだよ。」彼の言葉は、父親から受け継いだ大切な知識であり、今では彼自身の物語となっていた。


麻美は、その話に心を惹かれ、「勇気を引き出すって、どういうことなの?」と、好奇心に満ちた瞳で零を見つめた。まるで、物語の中に引き込まれたかのような表情だった。


零は少し笑みを浮かべ、続けた。「その王国では、邪悪な魔物が度々襲ってきてね。その時、王様は勇者たちを召集して、ルビーを彼らに託したんだ。ルビーは、持つ者の心に眠る恐れを打ち消し、勇気を引き出す力を持っていた。だから、勇者たちはそれを信じて戦いに挑んだんだ。」


零の声は次第に熱を帯び、語る物語が彼自身の中で生き生きと蘇るようだった。「勇者たちは、そのルビーの力で自分たちの恐怖を乗り越え、数々の試練を打ち破っていったんだ。」


麻美は瞳を輝かせ、息を呑んだ。「それで…勇者たちは勝てたの?」その声には、物語の結末を知りたくてたまらない期待が込められていた。


零は力強く頷き、「ああ、勇者たちはルビーの輝きに支えられ、魔物たちを打ち倒し、王国に平和を取り戻したんだ。」その言葉には、まるで自分がその勇者の一員であったかのような確信が滲んでいた。


麻美は感動したように微笑み、「ルビーって本当に特別な力を持ってるんだね。」としみじみと語った。その言葉には、彼女自身もまたその力に期待している様子が感じられた。


零は静かに彼女を見つめ、さらに続けた。「でもさ、ただの石じゃないんだ。持つ者の心が、その力を引き出すんだよ。俺たちも、この世界で勇気を持って挑めば、ルビーの力を引き出せるはずだ。」


麻美はその言葉に真剣な表情で頷き、「私も、その力を感じてみたい…私たちなら、どんな困難でも乗り越えられるよね!」と決意に満ちた声で応えた。その瞳には、冒険への不安を吹き飛ばす強い意志が宿っていた。


零は、彼女のその決意に心を打たれ、自然と微笑みがこぼれた。「そうさ、俺たちが一緒に戦えば、どんな敵でも乗り越えられる。勇気を持てば、どんな試練も必ず突破できるさ。」その言葉には、彼自身が信じる未来への力強い確信が込められていた。


麻美は真剣な眼差しで零を見つめ、「あなたのお父さんが教えてくれた話、本当に心強いわ。私たちもその勇者たちのように戦おう。ルビーのように、心の中の勇気を信じて…」と、静かに語った。


零はルビーを見つめながら思った。「この石が、本当に俺たちを導いてくれるのか?」微かに光を放つルビーの輝きが、まるで彼に語りかけてくるように感じられた。

「勇気の石…心の中の力を引き出す。それが、この石の本当の力かもしれない。」その瞬間、零の心に確かな決意が生まれた。


夕陽が地平線に沈みゆく中、空は深い赤から紫へと静かに変わり始めていた。零と麻美は、その美しい光景に見とれながら、次なる冒険への決意を新たにした。ルビーの力が象徴するもの、それはただの魔石の力だけではなく、彼ら自身の心に秘められた勇気そのものだった。

二人は深く頷き合い、その背中には確かに、ルビーのように強く輝く勇気が宿り始めていた。


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3人は小型の魔物との戦いを繰り返してきた。


戦闘のたびに重なる疲労と、勝利の達成感を抱きながらも、次なる試練の影がひっそりと彼らに迫っていた。


「待って、あそこを見て。」麻美が静かに指さす方向には、ゴブリンとオークの群れがぼんやりと姿を現していた。低い声で何かを囁き合い、悪意のこもった笑みを浮かべるその姿は、ただの雑魚ではないことを物語っていた。


「うわ、マジでいる…」零は一瞬息を呑み、体が反射的に緊張したが、すぐに自分を奮い立たせた。「行くぞ、やるしかない!」その言葉には決意が宿り、恐怖に屈しない強い意志が込められていた。


守田は冷静に状況を見極め、沈着な表情で頷いた。「まずはあのゴブリンからだ。静かに近づいて一撃で仕留める。」彼の声は、戦場で培った冷静さと確信に満ちており、戦闘への準備が整っていたことを示していた。


麻美も一瞬息を整え、彼らに続いて身を低くしながら前進する。風が草むらを揺らし、周囲の音を消す中、三人は音を立てずに戦闘態勢を整え、慎重に距離を詰めていった。


零の手首に巻かれたルビーのブレスレットが、微かに光を放ち始めた。脈打つ光は、まるでこれから放たれる魔法がその瞬間を待ちわびているかのように感じられた。


「燃え盛る炎よ、我が力となり、敵を焼き尽くせ!ファイヤーボルト!」零の詠唱と共に、炎の玉がゴブリンへと一直線に飛んでいった。ゴブリンが気づく間もなく、炎はその体を包み込み、瞬く間に灰となって消えた。


「すごい!やったね!」麻美は目を輝かせ、小さく喜びの声を上げた。


だが、歓喜に浸る暇はなかった。目の前には、より巨大なオークが威圧感を漂わせながら待ち構えていた。オークは無言のまま巨大な斧を高々と振り上げ、重々しい足取りで彼らに向かって突進してきた。その一撃は、まるで地面を裂くかのような圧倒的な破壊力を持っていた。


「こっちに来い!」守田は挑発するように叫び、オークの攻撃を引きつけた。オークの斧が地面を叩きつけ、守田はその攻撃を紙一重でかわしながら鋭い反撃を繰り出す。剣がオークの脇腹に深く食い込むが、それでもオークは怯むことなく立ち向かおうとする。


零は再び魔法を発動させる。「我が意識の中で燃え上がり、敵を殲滅せよ、ファイヤーボルト!」炎の玉が再びオークに命中し、その巨体を揺るがした。その瞬間を逃さず、守田が再び剣を振り下ろす。オークは一瞬怯んだものの、再びその猛攻を続けようと斧を振りかぶった。


オークの斧が地面に叩きつけられるたびに、地面が揺れ、衝撃が足元に伝わってきた。その一撃の重さは、まるで大地を砕くかのようだった。「こんな力、まともに受けたらひとたまりもない…」零は冷や汗をかきながら、魔法で応戦するタイミングを見計らっていた。


次の守田の一撃が決定的だった。オークの膝が崩れ、巨体は力なく地に沈んでいった。


「やった…これで終わりか。」守田は息を整えながら、倒れたオークを見下ろし、満足げに呟いた。

しかし、零はすぐに地面を探し始めた。


「さて、魔石は…」期待に満ちた声で探るが、彼の表情はすぐに失望に変わった。ゴブリンやオークを倒したにも関わらず、そこには魔石の欠片すら見当たらなかった。


零は地面を探しながら、自分の胸が高鳴るのを感じていた。「魔石さえ手に入れば、俺たちはもっと強くなれる…!」彼は必死に探し続けたが、結局何も見つからなかった。


「またか…魔石がない!どうしてなんだ…」零は苛立ちを隠せず、拳を握りしめた。

魔石を手にすることが、彼らの成長と生存を左右する重要な要素であると理解していたからこそ、その失望感は大きかった。


その時、突然アリスの軽やかな声が、彼の心に響いた。「あらあら、弱い魔物は魔石を持ってないのよ~。もっと強い敵を倒さないとね!今ちょっと見たけど、麻美ちゃんが回復魔法を習得するにはボススライムを倒して魔石を集めるのが一番いいわよ~。」


「ボススライム?」零はその言葉に戸惑いを隠せなかった。


「そうよ~。でもね、倒せば魔石が手に入るから、頑張りなさいな。回復魔法には必須よ~。」アリスは、明るいトーンで続けた。


守田は力強く拳を握りしめ、覚悟を決めた。「ボススライムを倒せば、俺たちももっと強くなれるってことだ。行くしかないな。」


麻美も大きく息を吸い込み、決意を固めた。「私も頑張る。回復魔法を習得すれば、もっとみんなの役に立てるから。」麻美の声には、決意とともに少しの不安が混じっていた。だが、その不安を振り払うように、彼女は深く息を吸い込み、背筋を伸ばした。「やるしかない。ここで強くならなきゃ。」


零は二人の決意を受け止め、心を引き締めた。「よし、ボススライムを探そう。もっと強くなって、この世界で生き抜くために…そして、必ず東京に帰るために!」


三人は互いに決意を確かめ合い、再び歩みを進めた。次なる試練が、静かに彼らを待ち受けていた。ボススライムとの対決は、彼らにとって新たな局面を迎える一歩でありさらなる困難が彼らに迫っていた。

それでも彼らの心には、魔石の力と自身の勇気が確かに宿っていた。



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零、東京にて


零は、手元の石を磨きつつ、ちらりと視線を店内の隅に向けた。そこには、興味深そうに並べられた石を手に取り、じっくりと眺める客がいた。しかし、その視線には買う気のある熱意など感じられず、ただの冷やかしに過ぎないのが一目瞭然だ。いつものことだ――店には、まるで美術館の展示品を見るような気軽さでやってくる人たちがいる。まるで、石がただの観光名所か何かであるかのように、表面的な美しさだけを楽しむ視線に、零は内心でため息をついた。


「またか…」と、心の奥底で呟く。店内をゆっくりと歩き回りながら石に触れては離し、値札をちらちらと見つめるその姿は、まるで立ち寄った店の品物の中から、お得なものを探すついでに立ち止まったかのようだ。彼は微かに眉をひそめる。自分の両親が築き上げてきたこの店、石の一つ一つにかけた時間と想い――それを、この冷ややかな視線に晒されるのは、いつ見ても癪に障るものだった。


「…どうせ、触るだけで帰るんだろうな。」零は心の中でつぶやいた。手に取った石を、まるで買うつもりもなく「それっぽく」眺めるだけで、興味深そうに見せかけては他の商品に移る。その繰り返しが続くのを見るたび、零は不快感を覚えずにはいられなかった。石というのはただの装飾品ではない。触れられた瞬間に、そこに潜む重みを感じるべきものだと彼は信じている。しかし、客たちにはそれが伝わらないのか、ただの見物客と変わらぬ態度でこの場所にやってくる。


ある瞬間、客の一人が、露骨に値札だけを見て「ふぅん…」と軽く鼻を鳴らした。その瞬間、零の内心がざわめき立った。「石がただの値段でしか測れないのなら、いっそ触れないでくれ」と願う。何を感じるでもなく、手に取るだけ、眺めるだけで、結局何も感じ取ることもなく戻していく。その光景を見ていると、まるで石そのものの価値が空っぽであるかのように思われてしまう。


ふと、自分の手元の石を見つめ直す。自分はこの店の一員であり、両親が受け継いできたものを守っているのだ。その想いは決して軽いものではない。しかし、客たちはその重みを感じるどころか、手軽に「雰囲気を楽しむ」程度の感覚でこの店を訪れる。「買う気がないなら、入ってこなくてもいいんじゃないか」――そう思う気持ちを振り払いつつも、苛立ちが静かに胸の奥にこびりついて離れない。


零は肩の力を抜き、心の中のわだかまりを解き放とうとするが、それでも不意に耳に入ってくるのは、意味もなく高尚なふりをして「やっぱり、この石は特別なものを感じる」などという客の声。彼らにとってはただの“雰囲気”かもしれないが、零にとっては全く違うものだ。軽々しく触れてもらいたくない、その気持ちは消えない。



零は、最近の宝石の流行が少しずつ変わってきていることに気づいていた。店の棚に並ぶ石たちを見ながら、時代の流れを感じている。「ダイヤモンドはいつの時代も定番だけれど、最近はもっと個性豊かな石が好まれているみたいだな」そう思うと、柔らかなピンク色のモルガナイトや、暖かい色合いのピーチツアマリンのような、今人気が高まっている石たちが自然と思い浮かぶ。


特にお客さんが注目するのは、宝石の持つ「色」や「意味」。例えば、深みのある紫のアメジストや、青紫が美しいタンザナイトには、心の平穏や癒しを感じさせる力があると言われていて、それが人々の心を引き寄せるのだろう。零はこの「ただの装飾品ではなく、何かしらの力が宿っているかのような感覚」を感じ取るのが、今の時代の宝石の魅力だと思っていた。


さらに最近話題になっているのは、ラボで育てられた「ラボグロウンダイヤモンド」。合成といえども見た目は天然ダイヤと変わらず、しかも環境に優しい選択肢として注目を集めている。消費者も、「自然」や「持続可能な選択」に対する意識が高まり、環境を気にかけながらも輝きを楽しむことができるこの新しいダイヤに少しずつ惹かれているようだ。


また、零が個人的に興味を持っているのが、あえてカットせず「原石のまま」で楽しむスタイル。加工されていないそのままの姿には、洗練された宝石にはない素朴な美しさがあり、最近はそんな石の自然な姿を楽しむお客さんも増えてきた。「研磨された完璧な輝きもいいけれど、こうしたありのままの美しさにも命を感じるんだよな」と思いながら、零は石たちと向き合っていた。



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帝国人は魔石とのシンクロレベルが低く、魔法の才能が限られている。

だからこそ、彼らは剣やバリスタといった物理的な戦力の進化に全てを捧げてきた。

巨大なバリスタが弾丸を吐き出し、空気を裂いて飛ぶたびに、その一撃は建物や壁を粉砕し、地に深い爪痕を残す。帝国の兵たちは、魔法という未知の力には頼らず、徹底した鍛錬と工夫でその不足を補ってきたのだ。


一方、王国には魔石と共鳴し、魔力を操ることができる者が少数ながら存在していた。

彼らの中には、数々の戦場で魔物を討ち、その体内から魔石を取り出す歴戦の戦士たちがいる。

その魔石に宿る魔力とシンクロすることで、雷撃や炎の波、強固な防壁など、さまざまな魔法の力を行使できた。魔石を求める戦士たちの狩りは、命がけの戦いであり、勝利の暁には王国を守るための大いなる力を得ることができた。


だが、妖魔王リヴォールが軍勢を率いて進軍を始めると、次第にその力は限界に追い込まれていった。闇に染まった空を背にして迫りくる妖魔王の軍勢は、まるで止めようのない災害のようだ。魔石の力を持つ王国の歴戦の戦士たちも、一つ一つの魔法が敵の波に飲み込まれていくのを目の当たりにするたび、胸が締め付けられる思いに駆られる。彼らの全力の防衛さえも、リヴォールの圧倒的な軍勢の前には、まるでさざ波のようにかき消されていくのだった。


「こんなはずじゃない…!」と、彼らは戦場で何度も叫んだ。かつては魔石を武器に、魔物たちを撃退し、王国の地を守り続けてきた。だが今や、いくら魔石とシンクロしても、まるでそれが無力化されたかのように、魔法の力は敵の圧倒的な数に押し潰されていく。


王国の空に響く戦いの叫びも、いずれは静まり返る時が来るのだろうか。その絶望の影が、戦場に立つすべての者の心に忍び寄っていた。それでも彼らは立ち上がり、魔石の光を頼りに戦い続ける。「この地を守るために!」と。その言葉には、もはや希望というよりも、自分たちが消えゆく存在であるという、儚くも美しい覚悟が宿っている。





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