■6 「魔石だ!」 / ゴブリンたちの会話 /妖魔王、2000年の東京を観光する

湖面が静かに揺らめいた瞬間、その場の空気が一変した。

昼間の澄んだ空気は、一気に不穏な気配に包まれ、まるで異世界そのものが彼らを飲み込もうとしているかのようだった。遥か彼方にそびえる山々までもが、その不気味な静けさに包まれ、湖の水は深い紫色に染まり始めた。

湖の水面に走る波紋は、まるで何か巨大なものが目覚めようとしているかのようだった。

風が吹くたびに、湖底から不気味な音が微かに響き、まるで何かが地中深くでうごめいているようだった。「この湖には…何かが隠されている…」零は心の中で、漠然とした恐怖を感じ取っていた。

何か古代の力が湖底から目覚めたかのように、じわじわと広がる波紋が、水面を震わせている。


零たちの前に姿を現したのは、圧倒的な存在感を放つボススライムだった。

ボススライムは、まるで湖そのものを飲み込んだかのように、その巨体を揺らしながら現れた。その体から発する紫色の輝きは、ただの光ではなく、何か邪悪な意志を持った生物そのものだった。零はその圧倒的な存在感に、思わず息を呑み、「これがボススライムか…!」と、心の奥で恐怖を感じていた。


巨大な体が揺れ動きながら水面に浮かび上がり、深淵から解き放たれたかのように、その姿が次第に鮮明になっていく。紫色に輝く不気味な光がスライムの体内で脈打ち、まるでその光が生き物のように渦巻きながら、零たちを飲み込もうとするかのように迫ってきた。


「来るぞ…準備はいいか?」零は手首に巻かれたルビーのブレスレットを見つめ、その脈動する魔力を感じ取った。湖の静寂とスライムの圧倒的な存在感が、まるで彼らを試しているかのように、世界からの緊張が漂っていた。


「やるしかない…!」零はその言葉を胸に、自らの決意を固めると、手元に炎の力を呼び覚ました。


「行くぞ!」零は叫び、力強く詠唱を始めた。「炎よ、我が意識の中で燃え上がり、敵を殲滅せよ…ファイヤーボルト!」


彼の言葉と同時に、手元から生まれた炎の玉が空を裂くように飛び、ボススライムに向かって放たれた。巨大な炎はスライムの体を包み込み、紅蓮の光がその巨体を燃え上がらせた。まるで一瞬、勝利の予感がその場に広がったかのように思えた。


しかし、その期待はすぐに打ち砕かれた。スライムの体は、まるで炎を嘲笑うかのように揺れ動き、火の力を吸収するかのように再び姿を整えた。紫色に輝くその体は、より一層強烈な光を放ち、まるで炎の痕跡すら残さないかのように、圧倒的な力を見せつけた。


「嘘だろ…効いてないのか…?」零は信じられないように呟いた。彼の顔には、これまでの戦いとは異なる困惑が浮かんでいた。彼が放った全力の魔法が、目の前のスライムに何のダメージも与えられなかったことに、彼は圧倒されていた。


「次は俺の番だな。」守田が冷静に言い、硬く握りしめた石を構えた。冷静にスライムの動きを観察し、過去に培った戦闘の経験が体を動かしていた。「炎が効かないなら、物理攻撃しかない…」その言葉には、自衛隊時代の訓練で数多の困難を乗り越えてきた男の確信があった。スライムの動きを見極めた彼は、素早く動き、的確な一撃を放った。

その視線は決して揺るがず、目の前の敵に向けた確かな意志が宿っていた。彼は自衛隊で培った戦闘の技術を総動員し、冷静にスライムの動きを観察していた。


「こいつは炎を吸収してる…なら、物理的に叩くしかない。」守田の言葉には確信があり、彼はスライムの巨体に向けて石を投げつけた。石はスライムに直撃し、鈍い音を立ててその体に衝撃を与えた。スライムの動きが一瞬鈍り、その体が微かに揺れた。


「やったか…?」零は一瞬期待を抱いたが、スライムはすぐに体を元通りに整え、その紫色の光がさらに輝きを増していく。


「まだだ…この程度じゃ止まらない!」守田は再び攻撃の準備をしながら言った。


その時、麻美が静かに呟いた。「今は攻撃を止めて、私が回復とバフを」彼女の声には、これまで以上に強い決意と冷静さが感じられた。


「光よ、私に力を与え、仲間を守り給え!」彼女の詠唱が始まると、手に握られたブレスレットが脈動し始め、まるで生きているかのように光を放ち始めた。彼女の手元から、柔らかな緑色の光が広がり、周囲の空気が一瞬で浄化されたように感じられた。

麻美の手元から放たれる光は、まるで彼女自身の内なる優しさと力が具現化したかのように、柔らかく周囲を包み込んだ。その光が零と守田の体を癒し、心に安らぎを与える。「これが…麻美の力か…」零はその癒しの力に驚きと感謝を感じ、目の前の仲間の成長を強く実感した。


その光が、零と守田に安らぎを与え、彼らの疲労を一気に取り去っていく。「すごい…麻美の魔法が効いてる。」零は驚きと感謝を感じながら呟いた。


「よし今だ!」守田は鋭い視線をスライムに送りながら、呼吸を整えた。その右手には、これまでの戦いで頼りにしてきた魔石のひとつが握られていた。汗が指を滑り落ち、ほんの一瞬の間に、石の冷たさが彼の決意を固める。「この一撃で、決める!」


スライムの動きは、一瞬の油断も見せなかった。体全体を波打たせ、湖水を巻き込みながら自らの巨体を隠すように動く。守田はその動きの中で、わずかな隙を見つけ出した。「今しかない!」渾身の力で石を投げ放つと、石は空気を裂き、鋭い音を立ててスライムに突き刺さった。


その瞬間、スライムの体が震え、深い低音のうなりが湖全体を震わせた。守田の胸の中に一瞬の希望がよぎるも、それはすぐに不安に変わる。「効いてるか…?」


零が声を振り絞り、手首に巻かれたルビーのブレスレットが脈打ち始めた。彼の瞳に映るスライムの紫色の輝きは、以前よりも明らかに弱まっている。「まだだ…ここで終わらせる!」


零は炎の力を全身に感じながら、詠唱を始めた。「炎よ、我が意識の中で燃え上がり、全てを貫け…ファイヤーボルト!」


手元から放たれた炎の玉は、燃える竜巻のようにねじれながらスライムへと突き進んだ。スライムは最後の抵抗を見せるかのように体を揺らし、触手のような一部が炎を迎え撃とうとしたが、炎の勢いはそれを突き破った。紫色の体内で炎が渦巻き、スライムの輝きが今度こそ急速に薄れていく。


「効いている…!」零の目が見開かれた。その瞬間、スライムは最後の力を振り絞るように大きく体を震わせ、湖の表面が波紋を起こした。


スライムが崩れ落ちる最後の瞬間、湖の中から吹き上がった冷たい風が周囲に漂い、紫色の光が一瞬空を染めた後、完全に消え去った。

その場には深い静寂が戻り、波紋がゆっくりと湖の中心へ消えていった。


「終わったか…」零が深く息をつき、視線を守田と麻美に向ける。そこには、戦いを共にした仲間たちの安堵の表情が見て取れた。沈んだスライムの体からは、きらめく魔石がいくつもこぼれ落ち、その光が静かに彼らの顔を照らしていた。


「やった…これが魔石か…」零は震える手で魔石を拾い上げ、その力強い輝きを見つめた。胸の中に、次なる冒険への期待と仲間たちと共に戦い抜いた誇りが、じんわりと広がっていくのを感じた。

崩れ落ちる城壁のように、ゆっくりと崩れ始めた。最後に放たれた魔法の力が、その体を切り裂き、紫色の光は一気に消滅していった。「終わった…」零は息をつきながら、その崩れ落ちる巨体を見届けた。地面に沈んだスライムの体からは、数多くの輝く魔石がこぼれ落ちていた。そして、スライムが消滅したその場所には、いくつもの輝く魔石が残されていた。


「やった…これが魔石か…!」零は目を輝かせながら、魔石を手に取り、その輝きを見つめた。


麻美は微笑みながら、魔石を慎重に手に取った。


三人はその場に立ち尽くしながら、手にした魔石の力に感謝しつつ、これからの冒険への期待と希望を胸に抱いていた。ボススライムとの戦いを乗り越え、彼らは新たな力を手に入れ、次なる試練に向けて再び歩みを進めた。



魔石シンクロレベル

零 56

麻美 38

守田 35


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ゴブリンたちの会話


月明かりのわずかな光が差し込む洞窟の奥、薄暗い空間にゴブリンたちの影がちらついている。

かすかに光るパワーストーンが彼らの間で話題になっていた。


「おい、聞いたか?人間どもがまた、魔石を探してこの辺りをうろついてるらしいぞ。」

緑色の肌を持つ一匹のゴブリンが、小さな体を震わせながら仲間にささやく。彼の目は、どこか怯えながらも好奇心で輝いていた。


「知ってるさ。だが、俺たちゴブリンからは魔石は取れねぇ。あいつらはもっと強い魔物を狙ってるんだ。」

別のゴブリンが、低い声で答えた。彼は地面に落ちていた石を蹴り上げ、憤りを見せている。「くそっ、あいつらめ。俺たちには見向きもしねぇ。せめて魔石の一つくらい、俺たちだって手に入れてみてぇもんだ。」


「けどよ、魔石なんか持ってたら、強い魔物に狙われちまうんじゃねぇか?」

また別のゴブリンが不安げに声を上げた。彼は洞窟の奥に目をやりながら、怯えた表情を浮かべている。「それに、あの魔石って本当にそんなにすげぇのか?」


「すげぇに決まってんだろ!」

一際小柄なゴブリンが、興奮した様子で話に割り込んだ。「俺の兄貴が言ってたんだ。昔、あの魔石を手に入れた人間が、火を操って妖魔を倒したってよ!もし俺たちも手に入れたら…」

彼の目は夢見るように輝き、仲間たちもその言葉に引き込まれた。


「馬鹿を言うな。俺たちゴブリンじゃ、魔石の力を使えるわけねぇだろ。」

先ほど話していたゴブリンが、冷ややかに小さなゴブリンをたしなめる。「そもそも魔石は、力のある者しか扱えねぇ。お前みたいなちっぽけなゴブリンが触れたところで、石ころにしかならねぇんだよ。」


「そうだとしても…」

小さなゴブリンは肩を落としながらも、どこか諦めきれない表情を浮かべていた。「もし俺たちが、あの人間どもみたいに強くなれたら、どうなるんだろうな。魔石の力を使って…」


一瞬の静寂が洞窟を包んだ。ゴブリンたちは、皆それぞれに思いを巡らせている。彼らは自分たちの弱さを知っている。しかし、心の奥底では、魔石の力に憧れる気持ちがどこかで芽生えていた。


「まあ、夢見るのは自由だな。」

最も大柄なゴブリンが、洞窟の壁にもたれかかりながら苦笑した。「だが、現実はそう甘くねぇよ。俺たちが手に入れるのは、せいぜい人間どもの残飯と…この洞窟の冷たい風だけだ。」


「そうかもな…」

小さなゴブリンが、再びうつむいた。しかし、その目にはまだどこか希望の光が残っていた。「でも、もし俺たちが魔石を手に入れたら…その時こそ、俺たちも強くなれるかもしれねぇ。」


外では風が唸り、洞窟の中でその音が響き渡る。

ゴブリンたちはそれを聞きながら、静かに息を潜めた。


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東京 2000年


闇の裂け目からリヴォールが降り立ったのは、日本の夜の街――東京。2000年当時の日本は経済成長が成熟し、ネオンが街を彩る都会の喧騒が日々を照らし出していた。彼の目には、まるで異世界から流れ出した色彩の洪水が広がっているように見えた。地上を覆うネオンの光は、一つひとつが彗星のように明滅し、空を彩る星のように輝いている。


「ふむ…ここは、日本という場所か」


リヴォールは静かに呟き、ビルの間をゆっくりと歩き出した。人々の足音、交通の雑音、店の呼び声――彼にとっては、まるで楽器のように響く都市の音楽だった。通りの両脇には、色とりどりの看板が乱立し、居酒屋やカフェ、ゲームセンターが並び、夜が更けるほどに人々が溢れていた。


彼は視線を向け、何気なく一枚の看板に目を止めた。そこには「プリクラ」と書かれており、カラフルな写真が壁一面に張り出されている。中を覗けば、若者たちが狭いブースに入り、笑顔でカメラにポーズを決めていた。


「この世界の者たちは、こうして自分の姿を残すのか」


不思議そうに眺めていた彼は、その人間の楽しげな雰囲気に、わずかながらの羨望を覚えた。記録や証を残すことの価値が、彼の異世界には存在しないもののように思えたからだ。



彼はふと目を細め、足早に人混みをすり抜けていく。次の場所――彼がたどり着いたのは、新宿の夜景を一望できる高層ビルの展望台だった。そこから見下ろす街並みは、遠くまで途切れることなく広がり、無数の灯りが煌めいている。まるで星屑が地上に降り積もったかのような、壮麗な光の絨毯だった。


「…美しい」


その瞬間、リヴォールはふと胸の奥がチクリと痛むような感覚に襲われた。彼が夢見た世界の美しさが目の前に広がり、自分がその中に立っているのに、宝石とパワーストーン以外は持ち帰ることは叶わない。どれほど異世界での支配力を誇ったとしても、この光の束を手にすることはできないのだ。


彼は無意識に拳を握りしめた。赤い瞳が夜空を映し、そこには一瞬の焦燥と憧れが浮かんでいた。やがて、彼は小さく微笑むと、肩を落として静かに呟いた。


「やはり…私が手にするのは、宝石にパワーストーン」


その声は、虚空に吸い込まれるように消えていった。彼が手を伸ばすその先には、数々の輝石が眠る。しかし、それらはリヴォールが真に求めるものではなかった。彼が抱くのは、この文明そのものを手にしたいという、届かぬ渇望だった。


リヴォールは姿を消し、再び闇へと溶け込んだ。その後ろ姿は、都会の喧騒の中で、まるで一瞬だけ現れた幻影のように儚く、哀愁を湛えていた。

彼の心に残るのは、手に入らない地球への渇望と、それに憧れ続ける苦しみだった。








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