第10話 思わぬ邂逅と番号交換

「何食べたらいいのかな~」


やっぱり部屋に籠りっぱなしだったのが良くなかった。

よりどりみどりの女性たちを尻目に何食べるか悩んでいたら先ほどまでの鬱屈した気持ちが吹き飛び元気になって来た。


「ラーメンはこの前食べてばかりだから定食もいいけど………」


スマホ開いて地図アプリを立ち上げる。

男 ランチってワード入れて検索かけてピックアップされたリストを上から読み上げていく。


「えっと、パスタとピザのバベル。お前の中にハンバーグ。ルビはマカロンの彼女………なんだこれ」


ど真ん中の店は一見、男子の胃袋に満足させられる店名してるけどしっかり女子受けいいカラフルで少量なのが難点だよね。

最後は意味わかんなくて未だ試してない。

ルビーとマカロン、どちらかというと性別入れ替わってるんじゃない?


「あ、ユウミさん!!」

「うーん、どうしたらいいんだろう」


いっそのことイレナとデートしてたショッピングモール近くまで行ってみるのもありかも。


「ゆーうーみーさーんっ」

「………やっぱり今日はパスタとデザートまでつけといた方がいいかな」


メンタルやられちゃったのが尾を引いてるのかもしれないなこれは。

名前が呼ばれてるような幻聴まで聞こえちゃってていよいよ末期かも。

これじゃあもしもの際に相手に迷惑がかかるかもしれない。


「捕まえたっ」

「どわっ!?」


何かにがっつりホールドされた!?

それに心なしか捕まえたって聞こえたような………。

え、幻聴じゃ、なかった………?

ということはボクの長年の夢が、ついに実現されるってコト………?!


「ユウミさんってば無視しないでくださいっ」

「いてっ………ってイレナ?」


軽く頬がつねられたので顔だけ振り向くと逆ナン定番の色気溢れるお姉さんではなく、先日レンタル彼氏を使ってくれたイレナが腕に抱きついていた。


「幻聴じゃなかったんだ」

「わたしの声が幻聴扱いなんて酷すぎますよ」


ムッと片頬が徐々に膨れ上がっていく。

何この萌えキャラ。めっちゃかわいいんだけど。

ふわふわした敬語キャラの年下みたいな拗ね方。

実際目の前にしたらかなりグッドでパーフェクトなものなんだ。

ありがとう、貞操逆転世界!!


「ユウミさんはここで何しているんですか? まさかもう、次の女の子とデートするんじゃ………」

「ううん晩ご飯済ませようって思ってね」


先日一緒にデートしてなんやかんや楽しいひと時が過ごせた………って思う。

少なくともボクは物凄く楽しかった。

向こうも同じく楽しいって思ってくれてて、そんな人がもう次の人とデートするなんて面白くないって思っても無理ないかも。


恋愛感情ナシでもそれくらいの嫉妬は誰にしろ無意識のうちにしちゃうものだしね。

まあボクはイレナ本人じゃないからわからないけどそんなふうに想ってくれてたなら嬉しい。

あんな終わり方で二度と会えないって思ってた分、こうして再会できただけで嬉しいってなっている。

ってそうだ。


「そ、そうですか。よかった。あの………」

「あの時は本当にすみませんでしたっ………!!」


イレナに向き直って90度丁寧に腰を曲げ、謝罪する。


「わたしの方こそ逃げ出して楽しい雰囲気に水を差してしまい申し訳ございませんでした」

「………うぇ?」


まったく予想してない返し方に戸惑い顔を上げるとイレナが丁寧に頭を下げていた。

慌てて「ふぇ?」って返ってくるかはたまた「何がでしょうか?」などとぼけられることしか予想してなかったけどなあ。

マンガの読みすぎでしたって落ちかなこれは。


「最後までわたしに楽しませようって頑張ってくださったのに混乱したからって勝手に逃げ出す方がどうかしています。わたしのためにデートしてくださったのに」

「まあ、あんなもの触らせちゃったら誰だって慌てるよ」


突然の拍子に相手の秘部に触れる。

経験豊かな人でもびっくりして謝罪しちゃうイベント。

いくら性比が狂いだした世界であろうとも、いやむしろこういう世界だからこそあんなリアクションが出て来ちゃったのかも。


「つまりそういうことです。どちらかというとわたしの落ち度が原因ですし………ここはおあいこということでどうでしょう」

「わたしが言えた立場ではないですけど」って後付けてニタリ笑うイレナ。

「そ、そういうことなら………」

「はいっ」


こういう時、この世界のモラルについていけないよね。

前世だったら指差さして嘲笑されてなじられるのが当然な誘い方だったはず。

なのに彼女は『逃げ出した自分』にフォーカスを当てている。

それに後付けした言葉………。


今の流れが続いてお互い自分が悪いとペコペコ謝罪し合って気まずい空気にならぬよう気を利かせてくれたのかな。

これが尾を引いて話せなくなるのは確かに嫌だ。

ここは一肌脱いでくれた彼女の想いを汲んで流されるのが男の役目ってことだよね。


「けどどうしても気になるのでしたら連絡先、交換してくだされば手を打ってあげましょう」

「それなら大人しく交換するしかないね。やだ~イレナ様慈悲深い、この世に降臨なさった天使様~!!」

「大げさですよユウミさんったら」


おふざけしながらスマホを取り出して連絡先を交換し合う。

ピコンと聞き馴染みない音がスマホから鳴り出す。

スマホのメッセージアプリとチャットアプリレイン両方に『末永くこれからもよろしくお願いします』って届いていた。


「こちらもよろしくねっと」


敢えて声に出しながら目の前にあるイレナに返事を打つ。

スマホから顔を上げるとちょうど目が合ってそれが何故かくすぐったくて笑い合った。


「ではわたしはこれで失礼します。呼び止めてしまってすみませんでした」

「夕ご飯、美味しく食べてくださいね」

「ありがとう。いつでもいいから気軽に連絡してね」

「はいっ!!」


イレナはそのまま歩き出し、やがて人並みに紛れて見えなくなった。

視認できなくなり改めてスマホを見つめ直したら先ほど届いたイレナのメッセが液晶に浮かんでいる。


「………あれ?」


これ、もしかしなくても。

ラブコメあるあるの番号取られたやつなのでは?


「………っしゃああああ!!」


やった。

やってしまった。

成し遂げちゃった!!!!!


「前世の願望がひとつ叶っちゃったよどうしよう」


メチャクチャ嬉しい。

前世ではこのナリのせいで番号聞かれるなんて夢のまた夢って感じだったのに。

もう二度と会うこともないってくらい思ってた相手に番号聞かれちゃった。


「これも全部、ボクがレンタル彼氏始めたおかげだよね」


ひいてはこの世界に転生したおかげってこと。

貞操逆転世界最っ高!!

転生してくれてありがとう神様!!


「さあて、美味しい物食べて後日に備えようっと」


ここはイレナの言う通り美味しい物食べるに限る。

こういう日にはちょっとお高いヤツ食べてもバチは当たらないはず。


「これも男子の特権とやらで国の金で食べるんだから実質無料………ああっ」


本当に素晴らしすぎる世界に転生したよ。

見た目が余計女の子っぽくなったことを除けばね。

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