第8話 イレナ視点 逃がしませんからね、わたしの王子様♡

「はふっ………」


全力で投げ打つ身体を柔らかいベットと布団が優しく包み込んでくれました。

部屋に入ってくる際、お母さんに何か言われた気がするけどあんまり覚えてません。

返事はちゃんとできていたしょうか?

どうやって帰宅したのかすら正直ロクに思い出せません。


「さ、さわっ………はふっ」


マンガだったら今のわたしの顔はきっと熟れたリンゴみたいに真っ赤で、煙が巻き起こる演出が追加されていたでしょう。

アニメでしたらドタバタもじもじするモーションがあったり。

今日のデートが終わる間際………わたしが逃げ出したせいで一方的に打ち切られたデートの最後はそれほど強烈なものでした。


「まさか本当におと、男の子だったなんて………はうぅ………」


顔が、頭が熱すぎます。

生まれて初めてってこういう時言うのでしょうか。

心臓が落ち着きません。

ドクンドクンと一定のリズムではなくドドドドドドって楽器や鐘などが連打されてるような鳴り方です。

むしろ今の独り言のせいでさらに拍車をかけて鳴り止む気配がまったく見えて来ません。


「今日、楽しかったなあ………」


先ほどまでのデートが脳裏に浮かび気がついたらそんな独り言を呟いていました。

とても、メッチャ、物凄く。

どの形容詞も物足りないくらい。全部が伝わらないほど、楽しい思い出になっていました。


ユウミさんに『イレナ色に染めて』なんて言われた時はあまりの妖艶さに戸惑ってましたっけ?

お昼ごはんの時なんてマンガやアニメの趣味がピッタリすぎてご飯食べるよりおしゃべりに集中しちゃったりして。


「奢れてないって申し訳なさそうにするわたしに優しい言葉、かけてもらいました」


初デート、しかもわたしの願望で付き合ってくださったのに自分のエゴに勝手に落ち込んじゃう。

わがままなクソヒロインムーブにも嫌な顔ひとつせず優しい言葉かけてもらうどころかその腕で抱きしめてもらいました。


わたしのために。

その後もわたしが言っていたクレープも一緒に食べたりまたマンガのネタで盛り上がったりなどとても楽しいひと時でした。

移動する時だって自然に手を繋がれたのも、あれもこれも“楽しい”の感想しか出て来ません。


「リードするなんてまるでマンガの中の主人公みたいじゃないですか」


ということはわたしはマンガに出てくるヒロインなんちゃって。

最後の最後、ユウミさんが男の子だって悟られた………ラッキースケベってやつでしょうか?

あの後慌てて逃げ出したのは最低だなんて思いますけど………。

男の子だって確認できましたしってあれ………?


「まるでマンガの中の主人公みたい………?」


自分で言ったことに違和感がして、先ほど口にしたことそのまま反芻してみる。

改めて今日のデート全て思い出してみます。

初めて話しかけたあの時、タメ口で自然とこちらに呼びかけてくれたこと。

リードするって言ってショッピングモールに連れて行ってくれて、わたしを楽しませるため頑張ったこと。


気まずくなりかけてもしれっとこちらがドキドキしちゃうセリフで塗り替えたこと。

勝手に落ち込んでるわたしに優しく寄り添ってくれたこと。

こういう一面もあると言わんばかりに求められるようなこと言って来たこと。

ずっと可愛いって言ってくれたこと。

さらに相手は、ユウミさんは女の子ではなく————————————男の子。


この世界にいるらしき男の子らしからぬ積極的な一面と女の子みたいな外見のせいで女の子だって思い込んでたユウミさんはマンガや小説に出てくるヒロインたちに好かれまくる男の子そのもので、わたしの体験したレンタル彼氏とのデートは現実に舞い降りたわたしの理想そのもので————————————。


「っ………!!」


やばい。

ヤバすぎますっ。

今までとはひと際違うトキメキが身体中に走りました。

同時に芽生える今まで感じたことない初めての激情。

自分が自分じゃなくなるみたいな感覚と一緒にその感情がわたしを作り替えていきます。


「………会いたい」


色んな感情の籠った至極単純な想いが口から飛び出しました。

レンタル彼氏なんですしまた申請すれば会ってくれるはず。


「————————————そんな会いたいじゃありません」


ふと浮かぶ真実に肉声が勝手に飛び出して、自分の声に自分で驚いて口を塞いでしまいました。

わたしってここまで冷たい声が出せる人間だったのでしょうか?

一度浮かんだ思考はそこで踏みとどまることなく、そのまま波紋の如く次から次へと広がっていきます。


————————————レンタル彼氏ですので申請してきた子にはみんな今日みたいな甘い顔しちゃうのでしょうか?

今日のわたしみたいな不慮の事故か、もしくは最初から男の子だって気づいた相手だった場合はキスか————————————その先までしちゃうの可能性だって………。


「っ………………!!!!!!!」


脳裏に浮かんだのはベットの上に横になったユウミさんに裸で迫る女性の構図。

想像しただけで信じられないほど悔しくて、気持ち悪くて、羨ましくて。

奥歯に物凄い痛みが走って信じられないほどの力で食いしばっていたことに気づきます。


この世界にユウミさんみたいな男はもう現れないでしょう。

現れる確率はもちろんゼロではありません。

しかしそんな男が現れたとしてもユウミさん本人ではない。


「デートとは何か軽く体験してみたかっただけでしたのに」


レンタル彼氏に応募した動機なんてそんな些細な好奇心からのものでした。

どうせ女の子が出てくるでしょうし終わったら二度と顔合わせることもない他人に戻るだけ。

なんて思ってたのに。


「もうメロメロになっちゃいました」


スマホの電源をつけてアプリを立ち上げながら思います。

ユウミさんにもっと可愛いって思われない。

ユウミさんにもっと構ってもらいたい。

わたし以外の他の女の人にその可愛い顔を向けないで欲しい。

わたしだけを可愛がって、愛して欲しい。


「わたし以外のポットでの女なんかにユウミさんが取られるのは死ぬより嫌」


胸の内に秘めたはずの淡い想いはいつのまにか「彼を逃がしてはいけない」と遺伝子単位で身体が、心がわたしに告げてくるような気がしました。


「はぁああああああああ!?」


ユウミさんにDMしてきっかけを掴もうと立ち上げたSNSで信じられないものが見えました。

ユウミさんのデート報告。

レンタル彼氏って名乗り出た以上、そういう報告がニーズに合ってることくらい理解しています。


タグ付けしてもらえなかったことも………あんなことがありました。納得できます。

わたしが声を荒げた理由は投稿そのものではなく貼り付けた画像の方。

肖像権のため隠されたわたしの顔が映るツーショットや服選びしてるわたしを背景に撮ったセルフィ。

そこは理解できますが………。


「どうしてクレープ比べとして撮ったモノなんか載せちゃうんですか。男だって特定されちゃいます!」


華奢なユウミさんの手とわたしの手が比べられるように写ってるそれはよく見たらユウミさんが男だってわかる決定的な証拠になってました。

女であるわたしの手と並べてるせいで余計浮き彫りになってる気がします。


「引用で男であってないかしら? なんて呟いてるし軽率すぎます」


わたしという者がありながらっ………!!!

この時点で気づいてあげられていればユウミさんに嫌な思いをさせることも、あんなお別れ方しなくて済んだかもしれません。


「そういえばユウミさんの服、わたしが持ち帰ってしまっていた」


ベットの横に置いてしまった服を見つめて、取り出して改めてじっと眺めます。

ユウミさんが身に纏っていた服………。


「すんすん、はあぁ………♡」


甘くて蕩けそうなユウミさんの匂いが鼻腔いっぱい広がって心が、脳が痺れちゃいます。


「これ、返さないといけませんよね」


そうだ。

返すって口実でユウミさんの家にお訪ねしちゃうのはどうでしょう。

うん、いいでしょう。それで決定。

将来の旦那様のお家にお訪ねして様子を把握しておくのは嫁の嗜みですもんね。


「絶対逃がしませんからね、わたしの王子様♡」


————————————————————————————————————


この貞操逆転世界の女子はユウミがいた元の世界と大きく異なる特徴がひとつある。

それはお栞みたいな性比故に“恋に落ちると遺伝子単位で相手を求める”ところ。

レンタル彼氏=ヤンデレ製造機の同義語だとこの時も、これからも気づかないユウミであった。

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