初めての

第36話

その人との会話を終えた帆夏は、

ただただその場から動けないで居た 。


帆夏にとっては初めての感覚だった 。

あの笑顔に一瞬で心奪われてしまうなんて 。


はっと我に返り、隣を見ると、もう先程までの

夏樹の姿はなく、辺りを見渡せばその場には

自身の姿しかない事に気付いた 。


このまま教室に入るか戸惑ったが、

今の帆夏にはそんな事出来やしなかった 。


何故ならば、あの一瞬で、その人の自分に見せた笑顔に

心奪われてしまったから 。囚われてしまったから 。


その初めてこの感覚を知ってしまった以上、

帆夏にはどうする事も出来なかった 。


帆夏は居ても立っても居られず、

気が付けば、屋上に来ていた 。


息を切らせながらも、何段もの階段を駆け上がり、

重い扉を開け、柵に手を掛け、広がる景色を眺めた 。


しばらく眺めていると、扉が開かれる音が

なびく春風の音と共に聞こえてきた 。


振り返ると、その人物は帆夏が一度

目にした事のある人物だった 。


現れたのは会話は一切してないが、

少し会話を交わした人達と一緒に居たうちの1人、

この学園の高等部1年で男子達からかなりの美人

だと騒がれていた 柊 静華 だ 。


帆夏の存在に気付いたのか、こちらに向かって

歩いてきて、こう言ってきた 。


「あれ、あなた確か今日の朝 、星名に助けて貰っていた

子よね?こんな所で何してるのよ。」


帆夏は、その美貌さに見とれていて 、

静華の質問なんて耳に入っていない 。


「ちよっと、聞いてるの?質問に答えてくれない?」


「あっ…ごめんなさい。思わず見とれてしまって…」


「あそ。まぁ、いいわ。もう一度聞くけど、

こんな所で一体何してるのよ。」


その質問に、帆夏は頭を下げてこう返した 。


「すみません、今は答えたくないです…。」


「はぁ?答えたくないってどういう事よ。

何かしらの理由あるはずでしょ?答えなさいよ」


帆夏は、ただ〝ごめんなさい〟とだけ言って、

鞄を持って、入口に向かい、屋上を後にした 。


絶対やってはならない事だって、

失礼極まりない行為である事だって、

心では分かってはいるものの今の帆夏には

そうせざるを得なかった 。

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