第7話 鉱山での出来事

 「家族の誰も旅などしたことがなかったからね。とても過酷な旅になったよ。」


 伯父はその時のことは一生忘れないだろうと言った。父の畑を継ぎ、一生を村で過ごすと思っていた伯父は内心その旅に心躍らせていた。

「でも、最初だけだったよ。夜がくる度に、狼に襲われるのではと震えて、昼間は昼間で出会う人間全てが追っ手に見えたんだ。」


王国の南端に位置した村からは、北へ北へと進むしかなかったため、司祭様の助言に従い、川沿いには近寄らないように大きく迂回して隣街を避けた。そこから先は山の麓まで大きな街は無い。


 小さな村や町は住民の記憶に残り易いため、食料の買い出しに父が一人で立ち寄ることが精一杯だった。

心安まる時などない旅に、心は蝕まれていった。最初に母の様子がおかしくなり、やがて父は村に帰ろうと言い出した。

もちろんそんなことは出来るわけがない。戻れば処刑だ。


「そんな状況で家族を助けてくれたのは妹の魔法だったよ。最初は使わないようにしていた力も、必要に迫られ使うしかなかったんだ。」


 伯父は懺悔するように俯いた。狼を追い払い、集めた枯れ木に火をつける。飲み水に困ることもなかったと言った。一度など数人の野盗を追い払ったと言う。

「使う度に魔法が成長していくのが私にもわかったよ。本人は尚更だったのだろうね。最初は種火程度だったものが馬車よりも大きな炎になっていたよ。」

 両親の前ではおとなしくしていたが、伯父と二人になるととても自慢げに色々な魔法を見せてくれたという。その頃には妹の異常性を理解していた。


 その旅も山の麓の街に着くことで終わりを迎えた。当時、山で新しい鉱脈が発見され各地から人夫が集められていたのだ。その中に仕事を求めて、村から出てきた一家が混ざり込んでも不自然ではなかった。司祭様からいただいた金も底をつきかけていたため、選択肢も他には無かった。


 村を出てから半年が過ぎていた。父もすぐに仕事にありつくことができ、その伝手で宿屋暮らしから、長屋に越すことも出来た。様子をおかしくしていた母も少しづつ体調を取り戻し、笑顔を見せるようになった。新しい生活は順調に進んでいた。


「小鬼が出たらしいぞ。」

街の安酒場で下働きを始めた伯父が新しい麦酒を卓に運ぶと、鉱夫たちの話し声が聞こえた。昼間の労働の疲れを忘れようと、塩気の強い料理を掻き込んでいる。

「本当だ。東の主坑道から伸ばした支坑が、小鬼たちの巣穴につながって、そこから雪崩れ込んできたんだ。」

「じゃあ、今は東はどうなってんだ?」

 男は声を落とすと顔を近づけろと言い、周りを見渡した。

「いいかこれは秘密だぞ。採掘が予定より遅れてるのを上からていたのは知ってるよな。」

「ああ、俺がいる南も急にキツくなったよ。」

「これ以上遅れを出せない責任者が、支坑の岩盤を落として小鬼ごと鉱夫もまとめて閉じ込めたんだ。」

「じゃあ昼間の轟音はか!」

「巣穴を通れば山のどっかにゃ出られるんだろうが、暗闇の中で小鬼から逃げ切れる訳がねえ。」

 鉱夫たちは人ごとじゃねえぞと、難しい顔で頷き合っていた。


 父の働いている坑道は南だと言っていた。不安は拭えない。大丈夫、大丈夫。伯父は自分にそう言い聞かせて夜道を急ぐ。長屋通りに入ると走り出し、そのままの勢いで扉を開けた。

「おいおい、そんな乱暴に開けるな。壊れるだろ。」

呆れ顔の父がそこにいた。伯父はほっとすると泣き出してしまった。


「突然泣き出すから何事かと思ったよ。」

伯父は酒場で聞いた一件を家族にすると、父はすでにその話を噂程度には聞いていたらしい。そしてそのまま、今後も鉱山で働くのは危険なのではないだろうかという話になった。

 しかし「危険なのは最初から分かっていたことだ。それに畑しかいじってこなかった俺に、他に何ができるっていうんだ。」第一に契約の問題もある。危険手当として前金も受け取ってしまっているし、その金で今のこの長屋に越すこともできたのだ。

「それともまた逃げるか?」

その言葉にアデリアは肩を震わせた。伯父は妹の手を握ると父を非難がましく見た。

「すまん。そういうつもりではなかったんだ。」

素直に謝る父に肩に母が手をのせると「わかってるわ。」と言った。

 

 その時だった。扉を強く何度も叩き、「すいません、すいません」と声が聞こえる。

 母がお隣さんの声だわ。と言い席を立った。

扉を開けると憔悴しきった中年の女性が「うちの人が戻らないんです。」と、泣き出しそうな小さな声だった。

「たまに飲んで遅くなることはあったんですが、ここまで遅くなることは今までなかったので、心配になっていつもご一緒されてる方々の家を回ったんです。」

そうしたら、どの家も戻ってきていないと言う。


 父が中に入るように言い、少し考えてからを伝えた。

 そしてその話自体もどこまでが本当かわからないと言った。

 鉱山の所有者は領主、つまり貴族だ。鉱夫を見殺しにした話などして、家族が巻き込まれたらたまったものではない。

そもそも、この話が本当だと決まったわけではないのだ。

 冷たいようだが、家族を守るためだと割り切るしかない。

父は母に目配せすると、隣人を丁寧に追い返した。家族の誰一人として父を非難する者はいなかった。


 翌日父が鉱山へ行くと、大勢の鉱夫が大声をあげ領主を非難していた。おそらく昨日の一件が鉱夫たちの耳に入り、明日は我が身と危機感を抱いたのだろう。父は直感的に、これは不味い事になると思い、すぐにその場を離れようとした。

 しかし、僅かに遅かった。

「全員その場を動くな!」

背後から鉱夫たちを囲むように衛兵が押し寄せていた。更に騎馬隊が、前方の鉱夫たちを問答無用で切り倒し始めた。まさかの完全武装である。敵対勢力として扱われているのだ。

 こうなってしまっては動くなと言う方が無理である。阿鼻叫喚と化した群衆は我先にと逃げようとするが、衛兵がそれを許さない。走り出した者は容赦なく切り捨てられた。徐々に囲いを縮めてくる衛兵に対して、鉱夫たちは降伏の意を示しその場にひれ伏した。


 鉱山での騒ぎはすぐに街中の噂になった。鉱夫たちは反乱者として捉えられ、現在は騎士団の訓練場に、まとめて拘束されてるとのことだった。

 伯父たちも父が捉えられたと聞き、冷静ではいられなくなってしまった。それでも父が反乱者と呼ばれるようなことをするとは思えなく、いずれ帰ってくるに違いないと互いに慰め合った。

 

 ところが夕方になる頃状況が一変する。騎士団の領館前の広場に鉱夫たちが解放され始めたのだ。解放された鉱夫は、家族を見つけると互いに駆け寄り抱きしめ合っている。反乱の意思なしとして大勢の帰宅が許されたが、その中に父の姿が見えないのだ。

 解放された者の中に父の知り合いを見つけ、母は駆け寄った。するとその鉱夫は「関わらないでくれ」と言って迎えに来た家族を引き連れ、逃げるように走って行ってしまった。

 二人目三人目と声をかけるが、皆腫れ物を扱うような態度である。

 母はすっかりと蒼白になってしまい、立っているのもやっとという状況だ。

 酒場で何度か見かけたことがある鉱夫に伯父が声をかける。

 父の名前を出すと、やはり気まずそうにその場を立ち去ろうとするが、意気消沈した家族を見て気の毒に思ったのか、小さな声で話し始めた。


 その内容はとても納得のいくものでは無かった。

小鬼の一件により行方不明になった家族が、深夜に集まり情報を持ち寄った。その際に父から聞いた話を隣人が、小鬼の襲撃にあったことをその場で告げたのだ。おそらく他の者も似たような噂は聞き及んでいたのだろう。すぐに支坑を封鎖した話にまで辿り着き、その場にいた全員が怒りをあらわにした。彼らはそのまま、其々の知り合いに声を掛け合い、賛同した鉱夫たちと共に、領主への異議申し立てとなったのだ。そして朝、事件は起こり先陣を切った鉱夫たちは騎馬隊によって斬り殺された。

 それでお終いにはならなかった。二度と鉱夫たちが馬鹿な真似をしでかさないように、見せしめが必要だと領主は考えたのだ。そしてその見せしめに選ばれたのが父だった。


「根も葉もない出鱈目を喧伝した」として明日の昼に広場で処刑されるという。話すことはもう無いといった態度で、鉱夫は足早に去っていってしまった。

 つまり全ては噂話であり、全ては無かった事にするつもりなのだ。

 母は走り出し、解散を見届けていた役人に縋りついた。

「あの人はそんな大それた事が出来る人ではありません」と泣きながら、訴えるが邪魔だと跳ねつけられるばかりだ。

 

 その時だ。握っていた妹の手に力が入る。怖がっている妹を少しでも慰めようとすると、その顔は今までに見たことのない、おそろしいものだった。

 目を見開き、視線は父が囚われているという騎士団の訓練場へと固定されていた。

 「あそこに父様がいるのね。大丈夫。すぐに取り返してくるわ。」

 役人は子供が何を馬鹿なことをと思うが、伯父と母は違った。妹が、アデリアが何をしようとしているのか想像できてしまったのだ。

 「やめろ!何の為にここまで来たと思ってるんだ!父さんを助けても、また何処かに逃げなきゃいけなくなるんだぞ。」全部お前を守る為だぞと伯父は言うが母は違った。

 「アデリア。家族の誰が居なくなっても私は嫌よ。父さんは必ず助けるわ。」

 異様な雰囲気を感じ取った役人は、慌てて衛兵を呼びに走り出した。


 「アデリア。任せていいのね。」

母は村を出た時よりも真剣な表情だ。取り返しのつかないことを始める自覚があるのだろう。

 「任せてちょうだい、母様。お兄ちゃんは母様を連れて先に街を出て。父様と一緒にすぐ追いつくわ。」

 私たちは邪魔にしかならない、そう言うと母は伯父の手を握り、荷物を取りに長屋へと走りはじめた。


 アデリアは自らの身体をし始める。

父様に聞かされた竜の物語。兄の大好きな英雄の物語。その強者たちを想い、自らを重ねる。

 母様たちが街を出るまで少しにやろう。こちらに向かってくる役人と数人の衛兵が目に留まる。

 衛兵たちは小娘一人に何を大袈裟なとでも言いたそうな顔だ。アデリアは彼らの頭上、はるか上空に太陽を想像した。

 夕方の赤く染まった空を、アデリアの作り出した太陽が眩い光で塗り替える。その異常な熱と輝きに衛兵たちは恐れ慄いた。

「魔術だ!魔術師がいるぞ!探せ!」

 衛兵の一人が叫ぶ。まさか目の前の少女がその太陽の主だとは思わない。彼らは反乱勢力による攻勢と思い込み、辺りの者に剣を向け始めた。今朝方の簡単に人が死ぬ様を見ていた鉱夫たちは悲鳴をあげ逃げ惑う。辺り一帯は騒然となり最早収集がつかない。

 

 その様子をアデリアは可笑しそうに口角を上げる。その目には翳りがかかった。

 アデリアが掲げた手を握り締めると、上空の太陽が弾け散った。

 それは爆風となって周囲の人々に襲い掛かり、堪らずその場に人々は倒れ込んだ。

 アデリアが両手を大きく広げて下から勢いよく振り上げると、地面がまるで津波のように迫り上がる。すると倒れた衛兵たちを覆うように、石畳が半球体の牢獄を作り上げて封じてしまった。衛兵たちは喚きながらその牢獄を叩き壊そうとするが、びくともしない。

 「父様が牢獄から出られたら、あなたたちも出してあげる。」振り返りもせずにそう言うと腰を抜かして動けなくなった役人に歩み寄る。

 「私の父はどこにいるの?明日の昼に処刑される予定の男よ。」

 役人は石畳を這いつくばるように逃げ出すが、アデリアに背中を踏まれ動けなくなる。まるで重石を乗せられたようだ。

 「知らない。本当に知らないんだ。けど移動した様子は無かった。騎士団の領内にいるはずだ。」

 役人は頭を抱えその場をなんとかやり過ごそうとする。

 「そう。じゃああなたに案内して貰うわ。」

アデリアはまるで重さなどないように、小太りの役人を掴みあげると肩に担いだ。

 「あまり動かないでくれる。それと変なところを触ったら殺す。」一三歳の少女の出せる凄みではなかった。役人は必死に何度も頷き、わかったと言った。


 アデリアに担がれた男は、逃げないことを約束してどうにか自分の足で歩くことを許された。この役人はポランと名乗り、自分はただの下級官吏であり、大切なのは自分の命だと言った。アデリアは、つまらなそうに返事をすると「逃げたら殺すだけだから」と言った。

 

 騎士団の領館には簡単に入る事が出来た。反乱勢力が未だ領館前の広場にいると思っている衛兵や騎士団は武器を取り、表に出てしまったのだ。


 「頼みがある。あんたの父親が見つかったら、俺も一緒に連れて行ってくれ。」

 不信感をあらわにしたアデリアにポランは慌てて弁明を始めた。

 「遅かれ早かれ、俺があんたの手引きをしたことはバレる。そうなれば、あんたの親父さんに代わって吊るされるのは俺だ。」

 ポランは既に腹を括ったようで、打算的な姿を隠そうとしなかった。

 「あなたの態度次第ね。しっかりと協力してくれれば悪い風にはしないわ。」

 アデリアの素っ気ない態度に不安になるが、今は従うしかない。

 「先ずは地下の牢獄に行こう。普段は何人か詰めてる筈だが、今の状況なら誰もいないかもしれない。」

 こっちだと先導するポランの後をついてアデリアは地下へと向かう。すると、立ち止まったポランが、少しだけ寄り道をしたいと言い出した。

 「ふざけてるの?それとも何か罠に嵌めようとしてる?試してみてもいいけど、あなたは必ず死ぬわよ。」

 「今更そんな真似はしないよ。この後逃げるにしても先立つモンが無けりゃ往生するだけだ。」

 この先にある財務官たちの執務室に金蔵があるという。

 「鍵がかかってるんじゃないの?」

アデリアは内心、私なら壊せるけどね。と思うが口には出さない。

 「へへ。俺はこう見えても若い頃はかの大迷宮で、鍵開けのポランとちょっとは知られた男よ。」と自慢げに語り始めた。

 急にチンピラのような喋り方を始めた小太りの役人に可笑しくなったのか、その話は父を助けてから道中ゆっくり聞くわ、と機嫌良さそうに言った。ポランも自分の命が繋がったことを知り安堵した。


 執務室には数人の財務官が残っていたが、アデリアにあっという間に拘束されてしまった。

 金蔵の鍵は財務長が持っている為ここには無いと言う。

腕の見せどころと張り切るポランを呆れ顔でアデリアは見ていたが、その腕に嘘は無かった。

 

「流石に全部は持って行けませんよ。それに金貨は目立ちすぎる。」

そう言うといくつかの皮袋に銀貨を詰めて奪った背嚢にしまった。

 「金貨はダメなの?」

アデリアの素朴な疑問に、ポランは真面目に答える。

 「銀貨百枚で金貨一枚。普通の店で金貨を出しても釣りは用意できません。それに私らみたいな平民が金貨なんざ出したら怪しまれますよ。」

 意外とお嬢様なんですね、と揶揄われたアデリアはおさげを掴んで、むっと頬を膨らませた。

 でも気持ちはわかります。そういうとポランは数枚の金貨を布の切れ端で包み、長靴を脱ぐように言った。

 「足首に巻いて下さい。他所の街に入る時にもしかしたら確認されるかもしれませんが、まず大丈夫でしょう。」

 アデリアはふふと、嬉しそうに笑ってお礼を言った。

ポランは意外そうな顔し、て「どういたしまして」と笑った。

 

 もう寄り道は無しよ、と言うアデリアの言葉に従ってポランは地下の牢獄へと急ぐことにした。

 「良かった。やっぱり誰もいませんよ。」

ポランそれでも慎重に辺りを伺うとゆっくりと牢獄を一つ一つ見て回った。すると奥の方から声が聞こえる。

 

 「誰かい゙るのか?居たら返事をじでぐれ、お願い゙だ家族に合わぜてぐれ。」

 「父様!」アデリアは叫ぶ。声がおかしい。父の普段の声ではない。焦るアデリアは声の場所を探す。

「ぞの声はアデリアなのが?本当にアデリアなのが?」

 アデリアは駆け寄ると格子を握りしめる父に衝撃を受ける。


 「父様、その傷は?あいつらにやられたの?」

それは一目で拷問の痕だとわかった。顔には大きな火傷と口を真横に裂いた傷が残っていた。服で隠れているが身体にも傷があるに違いない。あちこちに血が滲んでいる。

 「あいつら許さない!」アデリアが叫ぶ。

 「父様少し下がって。今これをどけるから。」

アデリアが格子を握り締めると、時が急激に進むように朽ちて消えた。

 「なあ、それって魔術なのか?」

怯えるポランは一歩後ずさった。

 アデリアはポランを睨むと「あんたもここで消える?」そう言い手を伸ばす。

 「やめろ!俺の協力はまだ必要だぞ!お前が何者でもいい!俺は俺が大切だ!」

正直なポランにアデリアは少しだけ冷静さを取り戻す。

 

 「ここから街の外へ出るにはどうしたらいい?」

アデリアは父に肩を貸すとゆっくりと牢獄から連れ出した。

 「急ぐ気持ちはわかるが、親父さんを先になんとかした方がいい。ここは騎士団だ、間違いなく回復薬が何処かにある。」ポランはアデリアを落ち着かせようと優しい声で語りかける。少し考える素振りを見せると、ポランはとりあえず訓練場に行こうと歩き出す。

 訓練中に死人を出さないために高価な薬が常備されている筈だと言う。そして、もしかしたらいい物も手に入るかもしれないと悪い顔をした。

 

 「正直に答えて欲しい。もし、騎士と鉢合わせしたら勝てるのか?」ポランはアデリアの異常な力は目の当たりにしている。しかし、人を直接傷つけたところを見ていない。

 「言い方が悪かったな。人を殺せるか?騎士は手加減して躱せるような相手ではないぞ。」

 いくら力を持っていようとも、まだ子供だ。そう簡単に人を殺せるわけがない。

 ポランは俺の命も賭かってんだと小さな声で呟いた。

 「大丈夫よ。私たち家族を傷つける奴に遠慮は要らないもの。」

 そこに俺の名前も足して欲しいね、と思うが口には出さない。

 「信用するよ。俺のことも信用してくれて構わない。必ず街の外まで案内するよ。」

 そこを曲がれば訓練場だとポランは言った。

 

 人の気配だ。ポランはアデリアに止まれと合図を送る。

 「誰かいる。二人、いや三人だな。見たことがあるぞ。ありゃ領主様の護衛騎士だ。」

強いの?と聞くアデリアに並の騎士では束になっても勝てないと教える。どうする?逃げるか?そう聞く前に声がかかる。


 「そこにいるのは誰だ?顔を見せろ。」

高圧的な、命令することに慣れた者の声だ。

 ポランの顔が一気に青くなる。震える声をどうにか抑えアデリアに伝える。

 「領主様だ。領主様ご本人がいらっしゃる。」

アデリアは、今にも這いつくばりかねないポランを見下ろすと「気分悪いわ」とだけ言った。この小太りの役人を少しは見直していたのに、この後に及んで「様」、「領主様」と宣ったのだ。更に面白くないのは、これだけ酷い目にあった父までが平伏してしまいそうだったからだ。


 「ほんっとうに気に入らない!先ずは、あの恥ずかしいピカピカの鎧二人をペシャンコにしてあげる!」

そう言うとアデリアは振り上げた両腕を一気に振り降ろした。

 「何奴!」

叫ぶ護衛騎士は、突然姿を表したアデリアに驚くが少女とわかると剣を下ろしてしまう。

 「潰れて!」アデリアのかけ声に合わせて護衛騎士の鎧が軋む音を立てる。二人の護衛騎士は堪らず膝をつく。

 騎士達は理解できない攻撃に対して素早い対応をしてみせた。

 力を振り絞って背後に飛び退くと、瞬時に二手に分かれて怪しい術を使う少女を敵と見定めた。

 アデリアは笑った。人差し指をすっと横に線をなぞるように払う。一人の護衛騎士の鎧に一筋の傷が走る。

 「馬鹿な!」慌てて立ち止まるが傷は肉体まで届いたようだ。砕けた胸部の鎧から血が噴き出る。膝をつき腰の皮袋から小さな小瓶を取り出した。それを一気に煽ると流れる血があっという間に止まった。

 「よかった。持ってるのね傷薬。」

アデリアは嬉しそうに指をパチンと鳴らした。小さな火球が幾つも生まれると二人の騎士を囲むように浮遊する。

 「手練れだ!ザパン様を連れて逃げろ!」

先程の傷を負った騎士がもう一人の騎士に逃げろと叫んだ。

 「逃すわけないでしょ。」

アデリアの言葉に合わせて、領主に駆け寄る騎士に火球を次々に当てていく。

 最初の火球に抵抗はしたものの、次々に襲いかかる火球になす術もなく、騎士は口から煙を出し息絶えた。

 

 それを見た領主は悲鳴をあげた。

「この役立たずが!簡単に死におって!おいお前!早くその小娘を片付けろ!」

 完全に炭化した仲間を見て騎士は何か呟くと床に剣を投げ捨て、「降参だ」と両手をあげてしまった。

 「き、騎士が降参など許されるもかっ!戦え、戦って私を守れ!」そう喚くのは領主だった。


  戦いを見ていたポランは開いた口が塞がらなかった。

「おいおいおい、あんたの娘は何者なんだよ!」

「普通の娘です。親思い゙の優じい゙娘です。」苦しそうに喋る父を見たポランは頷くと「少し待ってな」と言ってアデリアに駆け寄る。

 

アデリアは静かに領主に歩み寄ると手を上げた。

「お前だろ?全ての元凶は?」

おそろしい程の冷たい声に領主は黙り込んでしまう。

 領主はまだ利用価値があるかもしれない、そう考えたポランはアデリアの攻撃をやめさせる。

 「アデリア。先ずは薬だ。」そう言うと騎士に向かって薬が必要だと言い、渡せば助けると約束をした。

 「何の薬だ?傷薬でよいなら好きなだけ持っていけばいい。」そう言うと、視線で壁に掛かった棚の場所を教える。

 アデリアが急ぎ扉を開けると、そこには小瓶が詰まっていた。

 「連続で飲ませるなよ。一度に何本も飲んでも効果は出ない。」約束は守れよと、最後に小さく付け足した。

 薬は劇的な効果をもたらした。口の裂傷は完全に塞がり、火傷の痕は僅かに残るだけだった。

 「おい!私を無視するな!何なんだお前達は!」

真っ赤な顔で地団駄を踏む領主を、その場の全員が冷たい視線を送った。


 「私に手を出してみろ!それはつまり、私を領主に命じた国王陛下に異を唱えることと同じだぞ!」

 常に安全な場所にいたこの男は、この期に及んで自らの言葉を絶対だと思い込んでいた。

 「自分が私の父に何をしたのか忘れたの?鉱山で見殺しにされた鉱夫達は?そこの騎士を殺したのは確かに私よ、けどね、あなたを守ろうとして死んだの。何かかける言葉はないの?」

「そんなことは知らん!そこの男のことも鉱山のことも、評議会がやったことだ。」

 領主は身体を震わせると騎士に叫ぶ。

「今なら許してやる!剣を取れ!取って戦え!」

騎士は仲間の遺体に目をやると静かに目を伏せた。

「我々にも死に方というものがあるのです。死んで罵倒されては浮かばれませぬ。」

「貴様!覚えておけよ!親族まとめて処刑台に送ってやるからな!」

 ポランは残念そうに首を振ると、これは利用どころじゃないなと諦めた。

「急いだ方がいい。外の騒ぎが小さくなってきているぞ。」

 アデリアは頷くと手刀を横に薙いだ。

 

 床に落ちた領主の首を黙って見つめている騎士にポランが声をかける。

「あんたはどうするんだい?一緒にくるかい?」

「何であんたが仕切ってんのよ。ところであんたが言っていた、いい物って何よ。」

「大したもんじゃないよ。騎士様、ちょっと相談があるんだがね。」

 騎士は少し迷っているようだが、ここに残れば家族にも責が及ぶかもしれないと同行を決意した。

 アデリアは私を恨んでる?と聞くと私たちは二人がかりで負けたのだ。悔しいとは思うが恨んではいないと言った。


 一行は騎士を先頭に堂々と表門から街を出ることができた。

 

 「馬鹿馬鹿しいけど効果的だったわ」

アデリアはポランに向かって笑いかける。

 衛兵の兜を脱ぐとポランはニヤリと笑った。騎士はアデリアの明らかに大きさの合わない衛兵の姿を見ると、門兵は何を見てるのだと溜息をついた。

 父は早く母と兄に会いたいと足取りは早めている。

「合流した後はどこに向かうのかね。」

 騎士は私はもう騎士ではない、ナズルと呼んでくれと言い皆に挨拶を始めた。堅苦しいが悪い男ではないようだ。

 「迷宮だ!大迷宮の街へ行こう!俺の故郷だ!」

ポランは太った身体を揺すって叫ぶと北を指さした。

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