第6話 魔女と呼ばれた少女

 「時間があまり無い。黙って聞きなさい。」

普段からは想像もできない、司祭様の強い物言いに両親は完全に固まってしまった。アデリアが母の袖を引っ張るが反応は無く、呆然と立ち尽くしていた。


「お前たちの娘、アデリアは魔女だ。」


 魔女という言葉に不吉な、よからぬ雰囲気は感じるが、家族の誰にも魔女がなんなのかわからなかった。

 質問は受け付けないと司祭様が手をかざす。

「魔女とは世の理りを乱す者。お前たちにもわかるように言うとアデリアが使っていた不思議な力を持つ者のことです。」

「アデリアの手品のことか?あんなもの子供遊びだろう。」

 父が堪らず口を出す。

 司祭様は残念そうに首を振る。

「お二人を呼びに行かせてる間に、アデリアに見させていただきました。あれはです。」

「魔法?アデリアは魔術なんて教わっていないぞ。」

 父がそんな金あるもんかと呟いた。

「それが問題なのです。術を用いずに魔法を使うことこそが魔女という証明なのですよ。」


 母がアデリアを背中に隠すと小さな声で大丈夫よと言った。

「魔術師は己の内にある魔力を術式によって魔術へと形に変えますが、魔女は己の外にある魔素をによって魔法へと形に変えます。」

「司祭様。あんたが言ってることは、私たちには理解できないよ。アデリアの何がいけないって言うんだい。」

 母はどうしたらいいのかわからないのだろう。今にも泣き出しそうだった。


「己の内にある魔力が有限であるように、己の外……つまりはこの世界の魔素も有限です。魔素とはこの世界の全ての根源たる力なのです。魔女は魔法を使う度にその魔素を消費していくため、魔女がいる土地では畑は痩せ細り、草花は枯れるでしょう。それだけではありません。力を失った水は飲むこともできませんし、雨もいずれ降らなくなるでしょう。後に残るのは荒れ果てた大地だけです。」

 父の手から帽子が落ちる。

「司祭様。どうすればよろしいのでしょうか?」

 アデリアは話は理解していないようだが、両親の様子から自分がとんでもない事をしてしまったのだと思った。

「悪いのは私だけでしょ?父様も母様も関係ないわ。」

 アデリアはちらりと私の方を申し訳なさそうに見た。一人は怖いから、一緒に怒られて欲しい時の顔だ。


 「本当に時間がないのだ。昨日の夜に噂を聞いた修道士の一人が、隣街の神殿に報告に行ってしまったのだ。私の立場ではそれを止めることはできなかった。」

早ければ今夜のうちにも異端審問官が到着すると言う。

 話の大きさに父も母も狼狽えるばかりだ。

「お前たちが生き延びるにはこの村を出て、どこか遠くに逃げるしかない。」

 審問官が村に到着したら、間違いなくアデリアは魔女として処刑されるという。そして私たち家族も魔女であることを認めるまで拷問されるだろうと。


 父が、畑を捨ててどうやって生きるのか?逃げると言ってもどこに逃げるのだ、と怒りをあらわにした。

司祭様は少しでも早く村を出た方がいいと言って父にお金の入った皮袋を手渡した。

「多くはありませんが旅費にはなるはずです。川沿いは駄目です。馬に乗った審問官たちは川沿いに村へ来ます。」

 有無を言わさずといった司祭様の態度に、私たち家族は頷くことしかできなかった。

 

 

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