第5話 アデリア

 「ノイギアとサラナの娘アデリアに問う、一切の術式を用いずに理りを変化させるとはまことか?」


 普段はとても優しい司祭様が、妹のアデリアにとても厳しい顔を向けている。

 既に六十に近い年齢であり、年々痩せ細っていく姿に村民も心を痛めていた。

「司祭様、怒っているの?それに、司祭様のお話は難しくてよくわからないわ。」

 妹はスカートをギュッと握りしめると、不安そうに私の方を見た。私、悪いことは何もしてないわ。そう訴えかけてきているのがわかった。

 司祭様は困った顔をすると、少しだけ普段の優しい顔に戻られた。

 「アデリアは魔術というものを知っているかい?」

 「知ってる!父様が寝る前にお話ししてくれる物語に出てくるわ!」

「そうか。では魔術師が呪文を唱えたり、道具を使ったりするのも聞いたことがあるね。」

アデリアは興奮すると、お兄ちゃんがこっそり真似してるのよ、と言っておさげを揺らしながらクスクス笑った。

「魔術師というのはね、術式を使って魔術を使うからこそ、そう呼ばれます。何かの手助け無しに世界の理りを変えることは出来ないのです。」

 妹は小さく頷くがおそらくわかっていない。おさげを顔の横で弄り始める。困っている時の妹の癖だ。

「アデリア、正直に答えておくれ。手品などではないのだね?誰かに魔術を教わったり、呪符をどこからか持ち出したりしていないね。」

 泣きそうな顔の妹を私は慌てて抱きしめた。

「司祭様。誓っていいます。アデリアは物を盗んだりしません。」

 呪符はとても高価で、村長の家にあるかどうかという代物だ。

司祭様は覚悟を決めると、礼拝所の外で待っている両親を呼んでくるように私に命じた。


 物置小屋の軒下にできた僅かな影に隠れるように、夏の日差しから逃れていた両親を見つけると、大きく手をふって呼び寄せた。

「司祭様はなんだって?アデリアは何かしたのかい?」

 母が不安そうに聞いてくるが、正直私にもわからなかった。

 小心者の父は落ち着かない様子で帽子を弄っていた。

 私はつくづく父に似たのだなと思う。

「司祭様の様子だとあまりいい話じゃないみたい。でも司祭様は多分アデリアの味方だよ。」

 味方という言葉に少しだけ母が嬉しそうにした。

 

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