第4話 不思議な力

 モモには思い出せない記憶が沢山あった。忘れたのではない、思い出せないのだ。まるで誰かが意図的に、何かを隠すように、記憶に靄をかけているようだった。その靄の先に、とても大切な記憶や思い出があることは、何となくわかっていた。


 夢の中ではモモはいつも女の人に手を引かれていた。その人の言う通りにをすると、その通りになった。火を操り、水を操り、風を操った。大地は踊るように姿を変え、雷を呼び起こした。空だって飛べる。だって夢だから。

 女の人は笑う。夢なんかじゃないわ。だって××××××。

何?聞こえないよ。また笑う。笑い声はよく聞こえる。とても安心出来る声だ。私は××××。私の大切な××××××××。

 待って。まだ聞きたいことがあるよ。

 今は××××。待ってるわ。××××で。必ず××××××。


 目が覚めると何も覚えていない。懐かしい気持ちだけが胸に残る。顔を触ると涙の跡がある。


 ある日突然、頭の中にかかった靄の一部がまるで風に流されるように消え去っていた。伯父の家にきて五年が経っていた。


 靄が晴れるとそこには鈍く光る何かがあった。頭の中のそれを、モモは掬い上げた。光が全身に染み渡ると、モモは自分の力を思い出した。忘れていたことが不思議なくらいに、モモにとって当たり前の力だった。


 ささやかな力ではあるが、不思議な力だ。アリッサも面白がってくれるに違いない。何日か雑木林で隠れるように練習をした。使い方はすぐに思い出した。


 大切なのは想像力よ。


 誰かの声が聞こえた気がした。優しい声だ。


 風を操り手の届かない木の実を落とす。すぐには食べられないので持ち帰って乾燥させる。

 水を出して飲む。井戸の方がおいしいが、冷たい水を出せるようになると評価は逆転した。


 離れた場所に礼拝所の少女を見つける。隠れるように逃げる。


 向こうも気がついたらようで何か叫んでいるが、何を言っているかわからない。あれから礼拝所には一度も行っていない。


 十五歳になったアリッサは、以前のようにモモと手をつないで歩いたりはしない。

 モモはそれを淋しいとは思うが、仕方のないことだと理解出来る年齢だ。

 時々、目のやり場に困るモモを、アリッサは笑って許しているが、伯母は眉を顰めている。


 近所に住む中年女性が、やさぐれた声でモモに言う。「家族でもいなくなる時は、急にいなくなるもんだ。後悔のないようにしな。」

 優しそうには見えないこの赤髪の女性に、一度だけどうして親切にしてくれるのかと聞いたことがある。

 いつも咥えている煙管をふかし、瞼を閉じる。

 兄が突然姿を消してしまったのは、自分の所為だと二十年近く経った今でも後悔していると言う。

 そしてモモが兄によく似ていると笑う。姉の後ろにすぐ隠れて、気が弱くて喧嘩も弱い。

 そっくりだ。と言ってまた笑った。

 別れる時に、乾燥した杏を口に入れてくれた。甘くて美味しい。この人とは目を見て話が出来る。本当に不思議だ。


 モモはアリッサの気をどうしても引きたかった。少しでいいから昔のように抱きしめて欲しかった。色々考えたが、水で猫を形づくり歩かせることにした。

 可愛く出来たらきっと驚き、喜んでくれる筈だ。

 

 残念なことに、肝心のアリッサが伯母に連れられて、何処かに行ってしまったようだ。仕方がないからというわけではないが、先ずは伯父を驚かせようと、ちょっとした手品のつもりで火打石も使わずに、竈門に火を熾した。

 本当に軽い気持ちだった。しかし、伯父の反応は悲鳴に近いものだった。慌てて周りを見渡し、誰もいないことを確認すると、伯父は真剣な表情で今後この力は絶対に使ってはいけないと言った。小柄な伯父が尚のこと小さく見えた。


 他に何が出来るのかと聞かれ、正直に答えた。なんとなく嘘は言わない方がいい気がした。

少量だが水を作れること、土の形を変えられること、重い物を持つことも出来ると言った。

「アリッサは知っているのか?」

「ううん。知らない。」

「そうか。絶対に教えるな。母さんにもだぞ。」

モモは不満であったが、先程の真剣な表情を思い出すと、どうして?とは聞けなかった。


 モモ自身は見たことはないが、世の中に魔術師と呼ばれる人たちがいることは知っていた。モモが大好きな冒険譚にも登場する。いつか自分も、物語のような旅に出ることが出来たらいいのにと憧れもした。この力はその一助になるかもしれなかったのだ。

 項垂れるモモに、伯父は優しく語りかける。

「お前には妹のようになって欲しくないんだ。アデリア……お前の母さんも同じ力を持っていたよ。」

「母さんが?」

「そうだ。やはりお前ぐらいの歳には不思議な力で、周囲を驚かせていたよ。」懐かしむような、少し哀しげな表情であった。

「不思議な力を使う子供がいると、すぐに村中の噂になった。」

 この街から南に、何日も馬車に揺られ、徒歩で山を超えた更にその先にその村はあり、母と伯父はそこで産まれ育ったと教えてくれた。

 「私たちはその力の意味を知らなかったんだ。噂になって間もなくすると、村の神殿から使いがやってきて、司祭様が呼んでいると言ってきた。」

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