調律者は休みたい

のんびりした緑

調律者は休みたい

 転生

 それは死した魂が浄化され、新たな魂となって生まれ変わる事を指す。


 だがそれとは別の神々を悩ませるモノがある。

 それが異世界転生

 先ほどの転生とは違って魂の浄化を行わず

 記憶を引き継いで別の世界に肉体を再構築し

 出来上がった肉体に魂を定着させる行為。

 その際に神の力を混ぜ込んで人智を力を凌駕した存在になるのがほとんどだ。


 その力を振るわないのなら特に気にしないが

 多くは振るってしまい、世界の理を滅茶苦茶にしてしまう。

 ミスリルの採掘や最上級の魔物を討伐

 本来なら滅ぶはずの箇所を防衛。

 人類にとってはありがたい事でも、世界にとってはガンでしかない。


 そこで世界を作る創造神はある仮の姿を生み出した。

 それが調律者


「あーだる、今回で何回目の転生者だよ・・・ったく」

 そうぼやきながら、雲に近い草原が広がる高地へ向かう一つの人影

 だがその身のこなしは人と思う物は誰もいないであろう速さで

 人の形をしたものが崖を駆け上がっていく。

「よっと・・・見つけた、アレか」

 登った先に倒れている人の姿があった。

 ここスンジャラデ高地で倒れて、人の形を保っているのは良くて死体

 悪くて喰種グールになった存在だ。


「やはり生きてるか。対話できるタイプならそのままお帰りの手筈は整えるが」

 そう呟くと倒れた人が起き上がってきた。生きていた。

「・・・ここが・・・異世界!」

「喜んでる所で悪いが、お帰り願おうか」

「!?だ、誰だ!?」

 誰もいないと思っての呟きに反応する存在が、帰れと言った事で

 倒れていた細身の青年が警戒を露わにした。

「私か?私は調律者」

 黒いローブに作業着のような黒い服。

 だが全身黒というわけではなく

 嫌味にならない程度の金の装飾を張り巡らされた衣装。

 細身の体で顔の造形も美しく、ストレートな黒の長髪も相まって

 不思議な雰囲気を出している。

「え、あ、美人・・・じゃなくて!帰れってどういう事だ!」

「そのままの意味だ、転生者」

 一瞬で自身の存在を看破された事で更に警戒を強める青年。

 いつでも動けるように調律者の動きを注視していると調律者は語った。

「ちゃんとした手順でこちらに来るのならともかく」

 そして次に続く言葉に殺気を含めて言い放つ。

「不正手段でこちらにきたのなら排除する。どちらか選べ」

 二者択一。調律者は選択肢を青年に言い渡す。

「このまま私に消されるか、元の世界に帰るか」


「ふふ・・・」

「何がおかしい」

「第三の選択肢!お前をここで倒す!」

「・・・残念だ」

 残念そうにしながら調律者は青年の不意打ちをかわし宙に浮かぶ。

 不意打ちをかわした先がどうなったかと言えば

 細身の青年が出したとは思えない剛腕を繰り出されており

 クレーターを作っていた。

「今なら許す、お前が元の場所に帰れ!」

「・・・土足で人の庭を踏み躙る者が、許しを請う所か帰れだと?」

 今の言葉が引き金となったのか、怒りを露わにする調律者

「残念だが、今すぐにでも消えて貰う」

 手を伸ばし、パーからグーに変えた途端

 どこからともなく黒に金のオーラを纏った鎖が青年を捕らえる。

「な!?くそ、こんなもの!・・・!?壊せない!?」

「当たり前だ。たかだか神程度の力を持った存在が

 破壊と創造の神の力に適うはずが無かろう?」

「は、破壊と創造・・・!?」

 青年は圧倒的な格上相手に挑発していた事に気が付き、顔が青くなる。

 そして救いの手を自ら手放した事に絶望した。

「だが私は優しい、今ならもう一度チャンスをやる。」

 言外に次は無いと思え、そう含みを持たせた二者択一を出してきた。


「このまま私に消されるか、元の世界に帰るか」


「か、帰ります・・・」

 圧倒的な強さを見せつけられ、抵抗する意思をへし折った事で

 青年、いや転生者は元の世界に帰る事を選んだ。

「最初から帰るを選べばこんな目に遭わずに済んだものを・・・」

「・・・ごめんなさい、元の世界の俺、

 根暗で陰キャだから、ここで派手に活躍しようって思って」

「それで世界が滅茶苦茶になる事を想定しなかったのか?」

「いや、人類に味方するつもりだったからそんな事!?」

「それだよ、人類に偏ってそれ以外が滅茶苦茶になるというのが分からないのかね」

「え、でも」

「でもではない。悲劇も喜劇もそれ全てが世界が織りなす出来事だ。

 君が悲劇を取り除きたい気持ちは分からんでもない。

 だが君の活躍で他が悲劇しか起きなくなる」


 転生者が行おうとした事を窘めるように

 しかしそれによって起きる事を諭すように伝える調律者。

 偏りが酷ければ他も酷くなっていくと

「・・・っホントに、ごめんなさい・・・」

「ふむ、悪意があって転生した訳じゃなさそうだし。

 どれ、お前の元の世界の肉体を治そうではないか」

「・・・え!?」

「大方肉体が死んだから転生したとかだろう。

 私なら再構築で蘇らせられる。肝心な魂自体はここにあるのだからな」

 不可能を可能にする蘇生を行うと調律者は語る。

 本来ならしないが、魂がまだこの世界に定着しておらず

 肉体も死んで間もない今ならば可能と、青年に告げた。

「あ・・・あ・・・!?」

「元の世界へお帰り」

「あ・・・あ・・・ありがとうございます神様!ごの御恩は忘れません!」

「そう思うのなら次は正規手段でコチラに訪ねに来ておくれ」

「はい!」

 顔を青くしていた青年は一転、パッと笑顔になり。

 人魂に姿を変えて元の世界に帰っていった。









「・・・ここは?」

「お兄ちゃーん!」

「昭人ー!」

「馬鹿な・・・奇跡が起きたとでも言うのか・・・」

 見慣れない部屋で昭人という存在は目を覚ました。

 起きた事で泣きじゃくる妹と母親は感極まって昭人に抱き着いた。

 一方で医者はあり得ない事が起きて狼狽している。

 完全に肉体は死んでいたと断言できていたのに、だ。

「昭人君、差支えがなければ何が起きたか教えてくれたまえ」

「えっと・・・そうですね。

 帰れと言われて目を覚ましたらこうなってましたかね」

 詳細を言わず、ただ帰れとだけを伝える。

 彼・・・彼女?調律者は土足で庭を踏み躙るなと激怒し

 次は正規手段で来いと言っていた。

 一瞬でも異世界に転生できたと、異世界が存在すると答えたらどうなるか?

 異世界の事を知り、期待を胸にわざと死して向かう事案が

 次々と発生してしまう事を危惧した。

 抵抗したにも関わらず助けてくれた調律者の負担になると考え、昭人は隠した。





「さて、件の転生者の引き金は貴様か」

「くそが・・・!?」

「悪いが人の庭を荒らす首謀者に選択肢は与えん。死ね」

 先ほどの青年に見せた慈悲は一切無く

 ズタボロになり存在が曖昧になりつつある神に調律者はトドメを刺した。

 神が持っていた力を全て奪い取り

 因子も、過去現在未来、並行世界に存在する自身の存在を消滅させられた。



「あーだるい、今回はまあまだマシだけど、話し合いに応じるタイプがきてくれよ」

なんで初手抵抗なんだとぼやきながら調律者は次の転生者の元へ向かう。

 逃せば世界が狂うからだ。致し方なしとはいえ、こう思わずにはいられない。

「私に休暇をくれ君たち」


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