助け舟

 少年にとってスーツの放った言葉たちは気にしていないと言えば嘘になるが、どうでもよかった。しかし、自らの無力さを痛感させられ、打ちひしがれていた。


 新人が店のメンツを崩してしまったという事実は少年には重すぎた。


 「すいません。お客様の対応代わっていただけませんか?」


 母の日ということもあり、予約分の花束を結いている店長はせわしなく手を動かして作業をしていた。


 「入ったばかりでごめんね。だけど、ちょっと忙しいんだけど…。どうしてもって感じだよね?」

 「すいません、僕の力不足のせいで。」

 「そんなことないよ。わかった。じゃあ、できる範囲でいいから私と仕事代わってくれない?」

 「すいません」

 「いいわよ。そんな謝んなくていいから。」

 「すいません」


 店長は少しため息をついた。


「じゃあお願いね。」


少年は声にならない声でまた「すいません」と言う。頭を下げっぱなしで、すたすたと歩いていく華奢な足が、スーツのもとへと去っていった。


 今までいた世界では、少年は自身のことを優秀なほうだと思っていた。特に優れるわけではないが、何をせずとも勉強でも、運動でも平均以上であった。

少年にとって、バイトを雇っている店の店長なんて存在は、少年よりも劣っている存在であり、こうはなるまいと反面教師になる存在と思っていた。


 だがここでは、どう見たって劣っているのは少年のほうだ。

 

 花を見るのが好きなだけ、花の生きているような、人に生きるエネルギーを与えてくれるような姿に心ひかれただけ。それは動機に足りるが、働くのには怠惰であった。


 バイトに就いて三回目、あっさりと世間の少年に対する評価が低いことが少年の中で確実なものとなった。


 「ああ…、このバイト辞めよ」


 短絡的だが、切実なものであった。


 「ここは自分に合ってないだけ…。」


 少年は、そんなことで正当化をしようとする自分を惨めとも思った。

 

 スーツが「あの子、ちょっとねぇ」と少年に聞こえないよう店長に呟こうとするのが、少年の汚されたばかりの自尊心を捕える。


 少年はこれ以上堪えられないと思い、そっぽを向く。目の前にあったのは、店長の手によって結われた、少年の好きな花たちの姿であった。

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