第二章 

 「バロンさん、頼まれていた小説を置いておきますね」

 革張りのソファの背面に膝を抱いて、本を広げていた僕は、時計に視線をやり答えた。

「もうルーがくる時間だったの?本ありがとう」

 就中めぼしく思っていた一冊に手を伸ばす。


「バロンさんったら、一年前の頃は嵐の夜も外に出ようと必死だったのに。今じゃ籠城につけられてますよ」

 ルーは顔の横で両手を振り、僕に対する呆れを露わにしてみせた。しかし彼女が僕に向けるそれは満たされたもので、エイベル先生が吐くため息のような鋭さを持してはいなかった。


「ありがたいことに僕が何かに熱中している間は、ルーが鳥のお世話をしてくれるからね。お祈りは部屋でもできるし……」

 この邸宅に身を置いてニ年余りの歳月が過ぎた今、僕とルーはかなり打ち解けていた。ルーが多くを語ることはなかったが、その言葉端々にブレンターノ家を憎む熱が落ちているので、染まっていない僕が心地良さをもたらせていたのかも知れない。


「ですがバロンさん、最後に外出したのはいつでしたか?もう一週間は出てないんじゃ」

 ルーが床に散らばった用紙や本を、甲斐甲斐しく元の位置に整えていく。

「うん、一週間は外に出ていないかも」

 ルーが片付けないようにと、赤い背表紙の本を僕の方に引き寄せる。


「やはりそうなんですね。それとなぜ、ソファに座らず背合わせになって床にしゃがみ込むのですか?床は硬いでしょうに」

「この体勢が一番良いだけだよ。それに寄りかかる場所もあるし。何より落ち着いていられるから集中できるんだ」

 僕はソファの背面に手を当ててみせた。ルーは片付けに勤しんでいた手を止め、僕を一瞥した。ルーから発されるだろう言葉を察して、目を逸らす。彼女の謦咳に言葉が続いていく。


「バロンさんなりのこだわりなのですね。でもせめて太陽の光くらいは浴びて頂かないと。さあ、本を持って西の廊下にでもお行きなさい。あそこなら大きな窓もあって、たっぷり陽が浴びれるでしょうよ」

 本を手渡された僕は、そそくさと立ち上がった。半ば強引に促され、自室の外に出た僕の肺は一週間ぶりの外気に染みた。

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