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扉を開閉する一連の動作は、重厚な音と張り詰めた空気の残響を生み落とした。
ルーがビロードの絨毯に靴跡をつけるに伴って、レコードが巡り出し、クラシック音楽が館内を包み込む。
まるで僕たちの訪れを承知しているような仕組みに、僕は本館らしさを見出した。
音色の隙にぴったりと嵌まるルーの靴音が、その足取りを軽やかなものとしているのがわかる。彼女の後ろ姿は、僕に新たな大人という概念を与えた。若やいでいて頑是ない、触れるのを躊躇してしまいそうなもの。
夕食を取るため、持ち場を離れている使用人たちによって、辺りはしごく静かだった。壁に伸びる影の速度が、時間の流れを表しているように思えてならない。落としていた顔を正面に直すと、館内の実に豪奢な造りが僕を出迎えた。
カーテンや絨毯は別館にないきめや輝きを有しており、装飾品の数も倍を凌駕する並びようである。花や風景の絵画も壁紙の上に所狭しと並べられ、そこはかとなく暗い本館に色をもたらしていた。
ルーについて歩を進める中で、特に装飾の映えた一角が目にとまった。
それは二つの通路が交わる分岐であり、壁には家紋の刺繍が施された旗が架けられていた。両端には家紋が映えるようにと花瓶が置かれ、アンゼリカの白い束が盛られている。吊るされたシャンデリアの灯りに煌々と照らされた旗は、金地の糸でこうしたためられていた。
ブレンターノ。
屋敷の主人は、ブレンターノという姓の者なのだろうか。
ブレンターノ。
僕は口をその音の形にしてみせた。
図書館で歴史の本を探せば、その名を掴むのは容易いだろう。
僕は恐ろしい真実に歩み寄ろうと向けられた心のあり方を、先刻の鳥たちと重ねた。
選択肢なんていう概念のない世界で息づいている、無知からなる純が酷く似ている。
それにしても、アンゼリカの花を目にしたのはいつぶりだろうか。
教会にいた頃、任期の長い修道士たちが、あの花で薬用酒を作っていた。アンゼリカの固い茎を捌いたり、香りを引き立てるためにシロップを落としたりする様子に惹かれて、やたらに作業場のそばを往来し続けていたのだ。
そんな一日が、この人生にあったりもした。教会のみんなは今どうしているのだろう。今年もアンゼリカの薬用酒を仕込む季節が近づいてきた。作業場はあの花の豊かな香りで満ちているのだろうか。薬用酒を作ってみたかった、という思いで成された追想から顔を挙げると、そこはもう自室の前だった。
ルーが扉を開けてくれ、部屋に入る。ルーは僕に就寝前の挨拶をと、頭を下げた。
慌ててお辞儀を返す。こういう扱いには、きっと一生慣れないだろう。ルーがドアのぶに手をかけた。そうだ、彼女はまだ夕食を取れていないんだ。それを思慮すると、この口の固い結び目も簡単に破くことができた。
「あの、今日は本当にありがとうございました。僕のせいでまだご飯も食べれていないなんて」
ルーの瞳が僕を捉えている。僕は彼女の視線から逃れようと俯いた。
「私はバロンさんが美しいこと、知っています。半刻ほどしたら湯浴みに別の者が伺いますから、よろしくお願いしますね。ではおやすみなさい」
そう残してルーは去った。出際の彼女は、無性に優しげな横顔をしていた。
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