五
僕のような人が、月日の過ぎ去りにおいて早さを感じることも時にはある。明日は年に一度の感謝祭が催される日だ。ここ一週間、教会は外部からの客を招くのに、日夜働き詰めの信徒たちで溢れていた。無論、僕もその例に漏れず、多くのグラスを磨き、カーテンの毛玉を終日とったりする毎日だった。前日となりそれも落ち着いた今、僕は祈祷室の床に膝をつき神に祈りを唱えている。すると、エイベル先生の手が僕の肩に置かれた。顔をそちらに向ける。いつもに増して訝しげな顔をしたエイベル先生は、僕の瞳に恐怖の色を落とした。
「ここにいたのか、熱心なんだな。」
そんなことを言われるとは意外で、僕はたじろいだ。
「は、はあ。」
困惑の音を漏らす。
「明日の祭りについてなのだが、十二時に鳴らす鐘を君に任せたい。頼まれてくれるか。」
エイベル先生は僕の返答を待つこともなく、立ち去りたい様子だった。通常、鐘を鳴らすのは上級生の仕事である。人手が足りないのだろうか。僕はただ、必要とされたという事実に歓喜した。一帯の無言が尾をひき出すと、彼は僕に背を向けてしまった。
「僕、頑張ります……。鐘ならしたいです。」
慌ててエイベル先生に言葉をかける。
祈祷室の寂寞は暫しの含みを持った後、進められた彼の歩みによって絶たれた。
エイベル先生の背が曲がり角を機に消えたことを確認して、僕は廊下に身を出した。上機嫌を隠しきれぬ僕は、いつもより軽い体を揺らし、自室へ向かう。
「いたっ。」
後頭部に鈍い痛みが走る。僕が痛む箇所を抑え床にまろび込むと、辺りが分かりやすい嘲笑に包まれた。振り向きたいけれども、惰弱な僕にその果敢さはない。
「鐘如きで何良い気になってんだよ、お前。自分がなんで鐘なんか任されたのかわかってんのかな、こいつ。自分の顔見てみろ。」
僕の横を無数の足が通り過ぎて行く。数人がその靴跡を、僕の体節々に残した。彼らの足音がいくら遠のこうとも、冷笑は僕の耳孔を叩き割って、心の底に迫り続けるのだ。それからずっと時間がたって、僕はようやく自室に戻ることができた。今は布団に身を休めているが、数時間前のことといえ、自身がどのようにここまで来たのかまるでわからなかった。沈みゆく夜の中、僕は僕を殺したくなる。そして、それを受け入れられない本能とやらが、苦しみに拍車をかけるのである。馬鹿みたいに舞い上がる自分の、その首を、いくらでも絞めてやりたい。簡単な罠に落ち、もがく滑稽な自身を黙認するというのは、実に耐え難い所業だ。どこまでも磨かれることはないのに、ところどころ朽ちて皮が剥がれ、傷をかぶりやすくなっただけの物体。正しくそれは僕だ。
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