僕のような人が、月日の過ぎ去りにおいて早さを感じることも時にはある。

明日は年に一度の感謝祭が催される日だ。ここ一週間、教会は外部からの客を招くのに、日夜働き詰めの信徒たちで溢れていた。

 無論、僕もその例に漏れず、多くのグラスを磨き、カーテンの毛玉を終日とったりする毎日だった。


 前日となりそれも落ち着いた今、僕は祈祷室の床に膝をつき神に祈りを唱えている。

すると、エイベル先生の手が僕の肩に置かれた。顔をそちらに向ける。いつもに増して訝しげな顔をしたエイベル先生は、僕の瞳に恐怖の色を落とした。


「ここにいたのか、熱心なんだな」

 その声音から思うに、僕はまた彼の悪夢の中で死んだのかもしれない。

「は、はあ」

 困惑の音を漏らす。

「明日の祭りについてなのだが、十二時に鳴らす鐘を君に任せたい。頼まれてくれるか」

 エイベル先生は僕の返答を待つこともなく、立ち去りたい様子だった。通常、鐘を鳴らすのは上級生の仕事である。人手が足りないのだろうか。僕はその背景がなんであろうとも、断るつもりなど起きなかった。ずっと前から高楼に登ってみたかったためである。一帯の無言が尾をひき出すと、彼は僕に背を向けてしまった。

「僕、頑張ります……。鐘ならしたいです」

 慌ててエイベル先生に言葉をかける。

 祈祷室の寂寞は暫しの含みを持った後、進められた彼の歩みによって絶たれた。 


 エイベル先生の背が曲がり角を機に消えたことを確認して、僕は廊下に身を出した。

上機嫌を隠しきれぬ僕は、いつもより軽い体を揺らし、自室へ向かう。


「いたっ」

 後頭部に鈍い痛みが走った。

僕が痛む箇所を抑え床にまろび込むと、辺りが分かりやすい嘲笑に包まれる。振り向きたいけれども、惰弱な僕にその果敢さはない。


「鐘如きで何良い気になってんだよ、お前。自分がなんで鐘なんか任されたのかわかってんのかな、こいつ。自分の顔見てみろ」

 僕の横を無数の足が通り過ぎて行く。数人がその靴跡を、僕の体節々に残した。

彼らの足音がいくら遠のこうとも、冷笑は僕の耳孔を叩き割って、心の底に迫り続けるのだ。

 それからずっと時間がたって、僕はようやく自室に戻ることができた。

今は布団に身を休めているが、数時間前のことといえ、自身がどのようにここまで来たのかまるでわからなかった。


 沈みゆく夜の中、僕は死んでしまいたくなる。

そして、それを受け入れられない本能とやらが、苦しみに拍車をかけるのだ。

 その晩、僕は寝台の中央で思った。

死からくる茫洋な不安を感じずにいるためには、自身に希死念慮を湧かせることが最もな良薬であるのではないかと。


 簡単な罠に落ち、もがく滑稽な自身を黙認するというのは、実に耐え難い所業である。どこまでも磨かれることはないのに、ところどころ朽ちて皮が剥がれ、傷をかぶりやすくなっただけの物体。

 それを佯死と片付けてしまう僕が、実に生きているのかは分からないが。

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