第17話


 来客と騒動から数日。無事に料理長と料理人を騎士へ引き渡し、諸々の手続きを終えた私はその足で騎士団の訓練所にやってきました。



「騎士団長!」



 騎士たちとは離れて事務仕事をこなしている騎士団長に声を掛けると、騎士団長は顔を上げてニッと笑ってくれました。



「おお、ノア。来たか」


「はい。今日もよろしくお願いします」


「ああ、もちろんだ。なあ、後で時間良いか? 話がある」


「分かりました」



 少し真剣な顔で言われて、内心はドキドキしています。けれど悪い話をするような様子でもないので、私は訓練に向かいました。


 訓練は剣と体術の二つです。元々は剣の稽古だけをつけてもらっていたのですが、私がメケと体術の訓練をしていることを知った騎士団長がメニューに追加してくれました。


 とはいえ、騎士団で学ぶことができる体術はメケから学べるものよりも少々劣ります。ほとんど復習をするように訓練を行います。けれどこれにも意味が全くないわけではありません。復習も大切ですし、騎士団のレベルを確認するためにも不可欠です。


 体術の訓練を終えると、息を荒くしている体術の訓練教官アロウィス・グラッグ第三部隊長と共に剣術の訓練に向かいます。私はまだ体力に余裕がありますが、周囲に合わせて荒く息をするふりをしておきます。


 これ以上騎士として名を上げるようなことになれば、どんな未来が待っているか分かりません。それに、魔王城へも行きづらくなりますから。


 いや、待ってください?


 私はふと足を止めました。バロのゲーム内での立ち位置は父である現騎士団長を凌ぐ可能性を秘めた騎士でした。そしてその腕が評価され、フォルの護衛である近衛騎士となりました。それと同じく、バロに次ぐ実力者がセレナの傍にいたはずです。


 うっかりしていました。バロルートではセレナが映っているスチルがないからと、あまりプレイしていなかったからでしょうね。



「おい、ノア? どうした? 疲れたか?」



 アロウィスに呼ばれてハッとしました。慌てて笑顔を取り繕うと、アロウィスは心配そうに眉を顰めました。



「まったく、ノアは頑張りすぎなんだよ」



 突然肩を組まれて頭をガシガシと撫でられました。親父にもこんなことされたことないのに、と心の中の模部太郎がぽかんとしています。ノアなんて父親に触れられた記憶すらほとんどありません。



「週に五回学校に行って、帰りに訓練所で訓練をして、帰っても訓練だろ? 屋敷の仕事も幼い弟に代わってやっていると噂に聞いたが、ノアだってまだ学園の初等生だろ」



 アロウィスはそう言って私の肩をガシッと掴んで向き合うと、ジーッと瞳を覗き込んできました。アロウィスの瞳は薄い緑色。その優し気な印象と人柄がよく合っていると思いました。



「ノアだってたまには休まないと倒れるぞ。まあ、俺より全然体力あるけどな。訓練終わりに本気で息を切らしているところなんて見たことねぇし」



 アロウィスは私の偽りを見透かしているかのように悪戯っぽく笑いました。



「実力を隠すことは悪いことじゃない。とくにノアみたいに騎士団に所属できる年齢じゃないようなやつはな。他の騎士や騎士団に入りたい連中に何をされるか分かったもんじゃないしな」



 いや、私は確かにあまり目立ちたくないですが、それは何かをされる不安ではなくてですね? などと説明するわけにもいかず、私はただ頷いた。



「素直でよろしい。ノア。騎士団に入ったらその実力を隠すなよ? ノアなら、騎士団長だって夢じゃない」



 そう言い切ったアロウィスは私の肩をバシバシと叩いて肩を組むと、剣術の訓練場まで離してくれませんでした。


 別に、騎士団長にはなりたくない。魔王が何をやっているんだという話だから。だけどセレナの護衛、近衛騎士にはなりたい。


 ジッと考えながら剣術の訓練所に向かうと、長い髪を一つに結った少女が私の前を通り過ぎていきました。見覚えのない風貌に思わず目で追うと、アロウィスがこそっと耳打ちしてくれました。



「彼女はルイーザ・クルック。今年騎士団に入ったばかりの新人だ。剣の腕がとんでもなく良くてさ。騎士団長も彼女の剣を認めて直接稽古をつけることがあるくらいだ」


「そうなんですね」


「いやいや、そうじゃねぇだろ?」



 アロウィスは苦笑いを浮かべました。私がきょとんとしていると、アロウィスは私の肩をガシッと掴みました。



「ノアが騎士団に入ったら、間違いなくライバルになるのはルイーザだ」


「いや、でも他にもいらっしゃるじゃないですか。例えば、騎士団長の息子さんとか」


「あぁ、バロッシュのことか……」



 アロウィスは苦笑いを浮かべました。バロの評価はゲーム内ではこの時点で既に高かったはずですが。やはりあまり良くはないのでしょうね。



「バロッシュはダメだな。基礎訓練すら怠っていやがる。基礎のキの字も身に着けようとしない奴に務まるほど、騎士団は甘い場所じゃねぇよ」



 アロウィスは眉間に皺を寄せるといつになく厳しい声で言いました。それだけ騎士団に対して強い思いを抱いているということだと思うと、その厳しさこそ温かさだと思いました。



「期待しているんだ。頑張れよ、ノア」



 剣の訓練所に入る直前、アロウィスはそう言って私の肩を叩いていきました。私はその力強さにアロウィスの気持ちが込められているようでたじろぎました。


 私は自分が何を目指すべきなのか、頭がグラグラと揺さぶられる心地がしました。魔王? 騎士団長? セレナの護衛?



「ノア! 早く来い! 訓練始まるぞ!」



 アロウィスに呼ばれて駆け足で訓練所の中に向かいました。するとすぐに騎士団長と副騎士団長のイーヴァ・ガイストルガがやってきた。



「これから剣術の訓練を行う」



 騎士団長の言葉に私たちはピシッと背筋を伸ばしました。イーヴァはこちらをじっくりと見回すと、はたと私に目を留めました。



「今日の相手はノアくんにお願いしようかな」



 イーヴァは私に向かって歩いて来ると、にこやかに微笑みました。イーヴァは九歳の私と比べれば大きいですが、騎士団員の中では最も小柄で細身です。ですがその繊細な指先から放たれる矢は不可避と言われるほどの名手です。


 先を読み、相手が矢が届くときにそこにいると予見して矢を放つのが基本です。イーヴァはその能力に長けています。そしてまた、隠密行動にも長けています。


 副騎士団長でありながら、隠密部隊長を務めている理由にも納得がいく腕前は、日ごろの気配の薄さからも分かります。別に生来気配が薄いわけではありません。訓練の賜物です。



「ノアくんは体術の訓練もしていたよね? 基礎練習が終わったら総合演習といこうか」


「よろしくお願いします」



 私が一礼すると、イーヴァは満足げに笑った。



「ふむ……では、俺の相手は……ルイーザ、頼む」


「はい!」



 アロウィスに教えてもらったばかりの新人騎士、ルイ―ザ。その動きが気になるところではあるけれど、相手がイーヴァであればよそ見は不可能です。残念ですが、彼女の観察はまた今度としましょう。



「はじめ!」



 騎士団長の声に、訓練所に統一されたリズムで声が響く。



「えい! やあ! とう!」



 まずは基本の素振りのルーティーンワークを繰り返します。それから二人組で撃ち合いの基本を繰り返します。それから休憩を挟むことなく次の訓練、模擬演習に移ります。


 この時間には他のペアの訓練を妨害しなければ何をしても良いのです。時間が始まった瞬間、イーヴァの気配がふっと立ち消えました。


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