第16話
料理長と料理人は縛られたままジタバタ暴れます。けれどメケが睨みを効かせるとビクッと震えて大人しくなりました。
「さて、目的は王子や高位貴族の暗殺、そしてその罪を私に擦り付けること。間違いありませんか?」
私の言葉に、料理長と料理人はニヤリを笑いました。けれどやっぱりメケが睨むとビクッと怯えます。
「お、お前など、捕まってしまえば良い! と、当主はルイ様なんだ! それなのにお前が当主面しやがって!」
「そ、そうだそうだ! 出来損ないのくせに! 本当は旦那様たちを殺したのもお前なんだろ!」
口々にやいのやいのと言われて辟易してしまいます。彼らが不満を持っていることは分かっていましたが、ここまで露骨に嫌がられると私も全く傷つかない、とは言えませんね。
ここで何を言っても、興奮している彼らには聞く耳を持ってはもらえないでしょう。それに、私の言葉など聞きたくもないでしょうから。
「ひとまず、貴方たちは解雇します。そして騎士団へ引き渡します」
「き、騎士団だと?」
「ええ。お二人は第一王子や公爵家のご子息、ご令嬢、騎士爵家のご子息に対する殺人未遂の罪に問われることでしょう」
「ふ、ふん! お前のようなガキの言葉を誰が信じるというのだ!」
料理長はまだ罪を誤魔化す自信があるのか、ニタニタ笑います。どこからそんな自信が湧いてくるのでしょうね。
「少なくとも、標的となった第一王子たちは証言してくださるでしょうね。ここで見たことの全てを」
「くっ……」
少し考えれば分かることだろうに。少々哀れむ気持ちすら湧いてきます。彼らの思慮の浅さといったら、呆れてしまいます。
「それで? 罪を認めますか?」
「ふ、ふん! 認めるものか! 全てはお前のでっち上げだと証言してやる!」
「そ、そうだそうだ!」
料理長も料理人も震える声で言い張ります。威勢だけは良いのですから呆れてしまいます。これ以上の話し合いは時間の無駄でしょう。
「メケ、彼らをひとまず地下牢へ運んでください」
「ああ」
メケは二人に近づくと、手刀で気絶させました。そして手袋を外すと黒い角と黒い翼が露になります。魔力を流して本棚に備え付けた扉を開くと、二人を肩に担ぎあげて魔王城へと向かいました。プルーシュプ家の屋敷に地下牢なんてありませんからね。
メケが魔王城へと向かった間に、私は食堂へと戻りました。そろそろ夕陽も沈みかけるころ。フォルたちも帰宅の準備を始めていました。
「皆さま、お帰りでしょうか?」
「はい、兄様。みなさん、お家の馬車が迎えに来てくださるそうですよ」
「そうですか」
それならば、バロを迎えに来た従者に手紙を渡せば騎士団への連絡が完了するでしょうか。いえ、やはりこちらから出向くべきでしょうかね。誠実さに欠ける行為が彼らを有利にしてしまっても困りますし。
どうするべきかと考え込んでいると、隣に誰かが立ちました。鼻を掠めたソープの香り。ファンクスでしょうか。そう当たりをつけて顔を上げた私は、その人物の姿に肩と心臓が跳ねました。
「セ、セレナ? どうしましたか?」
思わず裏返ってしまった声に関しては見逃していただきたい。このスチルとは比べ物にならないような美しすぎる姿を目と鼻の先に見て緊張しない人などいないでしょう。
「驚かせてしまいましたか?」
不安げに揺れる瞳が私の瞳を覗き込んできます。その白っぽい灰色の瞳に吸い込まれそうな気がして、私は息を飲みました。
「……いえ。大丈夫ですよ。何かありましたか?」
勤めて冷静を装って問い掛けると、セレナは小さく微笑んでくれました。その控えめに風に揺れる花のような美しさたるや。尊いものです。
「先ほどの件ですが、もしも騎士団への報告が必要なようでしたら、私から進言いたしましょうか?」
「よろしいのですか?」
願ってもない申し出に驚くと、セレナは微笑みながら頷きました。
「もちろんです。もしもノアさんの従者の方が気が付いてくださらなければ、私たちは命を落としていたかもしれませんもの」
悲し気に眉が下がり、私は胸が締め付けられました。この勉強熱心で素直な少女は、こうして平気なふりをしながら苦しさをひた隠しにしているのだと思うといたたまれません。
「お言葉に甘えさせていただきますね。騎士団長への報告書を急ぎ作成しますので、少々お待ちいただけますか?」
「分かりました。お兄様、良いでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。セレナがしたいようにして良いんだぞ」
ファンクスは可愛くて仕方がないと言いたげなデレデレした顔で頷きました。そうでした、ファンクスが惚れこむととことん甘やかすタイプであることを忘れていました。それでもまさかここまでとは驚きです。
「それでは、報告書を作成して参りますので、私は一度失礼いたします。ルイ、リオン。フォルとバロ様のお見送りをお願いしますね」
「はい、兄様!」
「かしこまりました。フォルストリット様、バローシュ様。玄関までお送りいたします」
一礼して、私は食堂を後にします。そして私室へ戻ると、ちょうどメケが魔王城から戻ってきたところでした。扉を閉めると、すぐに手袋を嵌めて魔力と角、翼を隠します。
「お疲れ様です」
「ああ。とりあえず、目と耳は塞いで地下牢に放り込んできた。我が種族の中でも腕利きのものを入口に配してある。脱走は不可能と考えて良い」
「そうですか、心強いです。ありがとうございました」
メケは頷くと、ソファにドカッと座りました。私は疲れた様子のメケを横目に、デスクで騎士団長への報告書の作成を急ぎます。
「主」
「どうしましたか?」
不意に呼ばれて、私は顔を上げました。メケはぐだっとソファに身を預けたまま、ぼーっと天井を眺めているようでした。
「あの者たちを即座に殺さない理由はなんだ? 罪人など、切り捨てれば良いものを」
メケは心底不思議だと言わんばかりに深く息を吐き出しました。私もどうして即座に殺さないのかという質問に対して明確な答えをすぐに導くことはできませんでした。なんとなく、それは違うと思うだけ。
「そうですねぇ……」
私は報告書をさらさらと書きながら考えます。どうしてその場で罪人を殺してはいけないのでしょう。
「よく言うのは、反省させるため、でしょうか」
「反省? それをしない人間がいるから再犯があるんだろ?」
「そうなんですよねぇ」
そうなんだけど、そうじゃなくて。その言葉に続く言葉が見つけられませんでした。自分がいかに常識を疑わない人間なのか痛感させられて、少し落ち込みました。
「人間とは、愚かなものだな」
「そうでしょうか」
「ああ。信じる気持ちなど、なんの役にも立たないというのに」
メケが天井に向かって吐き出した言葉に、私はやっぱり、そうじゃないと思うことしかできませんでした。
「主は、人間と魔物の中間のような思考をしているように思う」
「そうですか?」
「ああ。信じると決めたものをとことん信じ、信用できないと判断したものは全く信じないだろ? だからルイの命に関わるようなことはオレとリオンにしか命じない。違うか?」
それはそうだろう、と私は思いました。それが人間らしさと魔物らしさの中間にあると感じるのは、きっとメケが魔物の中で生きて、今人間を間近に見ているからでしょう。私も魔物たちと交流を深めるうちに、その気づきを得るかもしれません。
報告書を書き終えて、私はそれを手にセレナとファンクスが待つ食堂へ向かいました。私が食堂に入ると、二人は残ったお菓子を食べていました。そんなに気に入ってくれたのかと思うと胸が躍ります。
「こちら、報告書です」
「頂戴しますね。必ず騎士団長へお届けいたします」
「よろしくお願いします」
セレナがちょこんとお辞儀をしてくれたから、私も礼を返します。すると、ファンクスは紅茶で口の中のお菓子を流し込んで咳払いをしました。
「では、私たちも帰りますね」
「はい。あの、もしもまたお菓子を食べてくださるなら、またいらしてください」
「ああ。是非来よう」
「私もまた食べたいです。ノアさんのお菓子、とっても美味しいですから」
「いつでもお待ちしていますね」
私は二人を玄関まで案内し、二人を乗せた馬車が見えなくなるまで見送りました。ジラージ兄妹の胃袋ゲット、でしょうか?
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