第15話
私は面接を終えると、ドカッと椅子に深く座りました。行儀は悪いですけど、前世では仕事終わりはこんな感じでソファで寛いでいましたね。
「お疲れ様でした、ノア様」
「はい、リオンもお疲れ様です」
座り直して、手元の書類をもう一度確認します。結局武道の心得があったのは、ムッシュと呼びたくなるようなおじ様とザマスと言いそうなおば様、腰の曲がったおじいさんの三人でした。
ガタイの良いお兄さんは武道経験なしの筋トレマニア、凜としたお姉さんは夜の蝶でした。とはいえ、経験者である三人の内、おじいさんはもう動けないとのこと。おじ様とおば様は前職で問題を起こしてクビになり、再就職先を探しているらしいです。
「あまり良い条件の方には会えませんでしたね」
「そうですねぇ」
私は書類をジッと見つめてため息を吐きました。実際に見てみても、あまり良いとは思えませんでした。
「少し城へ出かけてきますね」
「それなら、メケと交代してきましょうか」
「そうですね。一度ルイたちのところへ行きましょうか」
私とリオンはルイたちの元へ向かいました。食堂ではお菓子がたくさん振る舞われていましたが、セレナたちは困ったように見るだけでそれに手を付けようとはしていませんでした。
「皆さま、どうなさったのですか?」
「あっ、兄様!」
ルイはぴょんっと椅子から降りると、私に抱き着きました。
「ルイ、何があったのか、説明できますか?」
「実は、使用人たちがお菓子を用意してくれたんです。ですが、メケが毒入りだから食べるな、と」
「そうでしたか」
ルイを降ろしてメケを探すと、メケはお菓子を持ってきた使用人たちに睨みを効かせていました。
「メケ、仔細の説明をお願いします」
「どうもこうも、ルイが言った通りだ。あの菓子には毒が盛られている。臭いで分かる」
「なるほど」
普通であればこの言葉をすんなり信じることはしないでしょう。ですが、私はメケが嘘を吐く必要がないことを分かっていますから、すぐに信じました。
更にメケたち悪魔族はとても鼻が良いのです。その鼻の良さで毒の臭いを嗅ぎ分けて種族の滅亡を防いでいると言います。
「メケ、この毒と同じ臭いがする使用人は誰ですか?」
「こいつとこいつだ」
メケが指さしたのは、料理長と料理人でした。我が家の食事の全ても支え続けてきてくれた二人が指差されたことに私は内心驚きました。けれどそれを顔には出さず、二人の前に立ちました。
「毒を盛りましたか?」
「ち、違うんです! そんなことはしていません!」
「……では、ルイがあのお菓子を食べても良いですか?」
「そ、それは……」
料理長はガクッと項垂れました。案の定、狙いはルイではないようです。ルイをおだててばかりの彼らですから、ルイを殺したいわけがないのです。
「何が狙いですか」
私が聞くと、料理長と料理人は口を噤みました。私がジッと見下ろしていても口を割らないので、私はため息を吐きました。
「まあ良いでしょう。予定変更です。リオン、この場を任せますね。メケは彼らを私の部屋へ。私はお菓子を作り直してきますね」
私が指示を出すと、すぐにリオンとメケは動き出しました。本当に優秀な側近たちです。
「皆さま、嫌な思いをさせて申し訳ございません」
「いえ……大変、ですね」
フォルは顔を顰めています。きっと王家でもこのような暗殺事件はよくあるのでしょうね。我が家にはメケがいるからなんとかなりましたが、これでもしフォルが死んでいたら。
ああ、なるほど。私は彼らの目的が分かりました。ここでフォルたちが死ぬことになれば、私の責任にして排除できると考えたのでしょう。ルイが死ぬ可能性があったこと、ここで起きる全てのことは当主であるルイに責任があること。そんなことも考えられないなんて、愚かなことですが。
「兄様、お菓子作れるんですか?」
「ええ。簡単なものでしたら作れますよ。少し待っていてくださいね」
私は厨房へ向かいました。我が家の料理人は捕らえた二人だけですから、他に頼れる者はいません。私は手早く作れるもの、と考えて二種類程度作り始めました。
チョコレートと薄力粉だけで作るロッククッキー、そして薄力粉と砂糖、バターで作るスノーボール。すぐにできるものばかり、材料も少ないから味の保証もありません。それでも、毒は入っていませんから。
「舌の肥えた皆さんにお出しするものではありませんけどね」
私は苦笑いをしながらお菓子を完成させました。味見をしてみましたが、美味しいけれど、高級なお菓子にはもちろん敵いませんし、料理のプロが作るものの足元にも及びません。それでも、やれるだけのことはやりました。
「皆さま、お待たせしました」
紅茶を飲みながら談笑している皆さんの元にお菓子を置くと、ルイがキラキラとした目で見てくれます。自信はありませんが、これだけ喜んでくれることは嬉しくてついつい照れてしまいます。
「皆さまが日頃口にするものとは似ても似つきませんが」
そう言って下がると、最初にフォルが手を伸ばしました。フォルはロッククッキーを口にすると、目を見開きました。
「これは、チョコレートか?」
「はい、チョコレートで味付けしています」
「あの高級品を躊躇なく使うとは……」
フォルは全く別のことに感動しているようですね。私からすればチョコレートでお菓子を作ることは定番中の定番です。ですがこの世界では少し違うようですね。
「あら、これ、ほろほろして美味しいですね」
セレナの言葉にセレナの方を見ると、口元が粉糖で白くなっていました。スノーボールを食べてくれたようですね。
「ありがとうございます。セレナ、これを使ってください」
ハンカチを手渡すとハッとして、少し恥じらいながら私のハンカチを受け取りました。
「ありがとうございます。お借りいたしますね」
ああ、私のハンカチがセレナの口元を拭います。こんなに可愛らしくて良いのでしょうか。
「洗ってお返しいたしますね」
「いえ、そのままで大丈夫ですよ。お手を煩わせるわけにもいきませんし……」
「これは最低限のマナーと心得ています。それに、感謝の気持ちも込めさせてください」
セレナはふわりと微笑みました。流石は淑女の鑑ですね。
「分かりました。ありがとうございます」
ここは素直に受け取りましょう。彼女の優しさをこの身に感じられる喜びを楽しみながら。
「うん、本当に美味しいな」
「甘さ控えめなのか……」
「僕はそこが良いと思います!}
バロはルイの好みに合わせて甘さ控えめにしたことが気に入らないようですが、私としてはルイとセレナが一番ですから。ちなみに、セレナはお菓子は好きですが甘党ではありません。しょっぱいお菓子の方が好きだと私は知っています。
「兄様にこんな特技があったなんて、知りませんでした!」
「特技と言えるほどのものではありませんよ。ですが、喜んでいただけたのであれば何よりです」
口元を粉糖塗れにしたルイの口元を拭ってやります。こういう世話をするのは私が良いですが、ルイの世話役を早々に決めなくてはなりませんね。それに、新しい料理人を雇うことも検討しなくてはなりません。
「ノア様」
「分かりました。すぐに向かいます」
メケが呼びに来てくれたので、私は微笑んで皆さんに一礼しました。
「私は今回の件について少々用事を済ませて参ります。リオン、ここはお任せします」
「かしこまりました」
その場をリオンに任せて、私はメケと共に自室へ向かいました。自室には、料理長と料理人が縛られていました。
「助けてくれ! 何も知らないんだ!」
料理長は冷静さのかけらもなく叫び続けます。私はその声がルイたちに聞こえないように、自室のドアを閉めました。
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