第14話


 ルイと共に学園生活を送るようになってすぐのこと。私が騎士団の訓練所から訓練を終えて屋敷に帰ると、食堂の方から気品ある声が聞こえてきました。使用人たちはいつものようにルイに媚を売ることなく、静かにしています。



「ルイ? 帰っているのですか?」



 心配になって食堂を覗くと、そこにはセレナとフォル、バロ、ファンクスがいました。主人公を除くメインキャラが揃い踏みですね。これは、リアを招待するべきでしょうか。なんてね。



「兄様! おかえりなさい!」


「はい、ただいま帰りました」



 抱き着いてきたルイを抱き上げて頭を撫でてやります。これは毎日のルーティンのようなものですから、欠かせません。


 それでもその貴重な時間を短めにして、ルイを降ろしてから皆さんに向き直りました。流石に国内トップクラスの地位の方々ですからね。ないがしろにはできません。



「皆さま、お初にお目にかかります。ルイの兄、ノアマジリナ・プルーシュプと申します」



一応恭しく礼をするとフォルとセレナは礼を返してくれました。一方、バロはフンッと鼻を鳴らして、ファンクスは軽く手を挙げてひらひらと手を振ってきました。



「お久しぶりですね。ファンクス様」


「だから、ファンクスで良い。ノアの方が先輩だしな」


「分かりました。ファンクス」



 ファンクスと会話をしている最中にも感じる刺々しい視線。パッと振り向けば、案の定バロがこちらを睨みつけていました。



「昨日ぶりですね、バロ様」


「ああ。お前、今日も訓練していたのか?」


「はい。学園から帰る前に寄るのが日課ですので」


「ふん。そうやって父様に取り入ろうとしているところが気に入らねぇ」



 あー、はいはい。要するに、騎士団長がバロよりも私を贔屓しているように感じていきり立っているということでしょう。実際、騎士団長は日々訓練に不真面目な息子について嘆いていますし。


 ゲームのストーリーでは周囲に凄い凄いと持て囃されて、乗せられるがままに訓練に力を入れていた根っからの脳筋くん。けれど今は出自よりも努力であると騎士団長が大々的に言うものだから、バロにスポットライトが当たりません。


 私と比べられて劣等感を抱えてしまっている、という点では、ゲームのストーリーにおけるルイと似ていますね。今のルイは劣等感よりも一生懸命さが際立っていますから、この点は逆転しているようです。



「ノアさん。初めまして。第一王子のフォルストリット・ワナ・アルノリアです。学園では後輩に当たりますから、是非フォルとお呼びください」



 にこやかに王子様スマイルを振りまいていただいて有難いですね。どのルートでもセレナを捨てて主人公への愛に生きることになりますから、セレナを傷つけるなんてと思いながらも手放してくれてありがとうと言いたいところです。



「ありがとうございます。フォル様」


「ふふ、ファンクスが呼び捨てなのですから、私もフォルで良いですよ?」


「分かりました、フォル」



 どこの庶民が王子様を躊躇なく呼び捨てにできるのでしょうね。私はできますけど。なんなら様を付けない方が呼びやすいですけど。



「お初にお目にかかります。セリューナ・ジラージと申します。以後お見知りおきを」



 立ち上がって制服のスカートをちょんっと持ち上げてお辞儀をしてくれます。その仕草の一つ一つが美しく洗練させていて、彼女が王子の婚約者としてどれほど熱心に教育を受けているのかが見て取れます。



「よろしくお願いいたします。セリューナ様」


「私のことも是非、セレナとお呼びください」


「はい、セレナ」



 ふわりと微笑むその笑顔が愛おしいです。つい私も笑みが零れると、ファンクスが私の袖をクイッと引きました。そして耳元に口を寄せて囁きました。



「可愛いだろ? うちの妹は」


「ええ。そうですね。とてもお美しく、可愛らしい方だと思います」



 私もコソコソと言葉を返すと、ファンクスはご満悦な様子でにっこり笑いました。その姿に何を話しているか察したらしいセレナが愛らしく頬を染めました。



「もう、お兄様ったら。ごめんなさいね、ノアさん」


「いえいえ。私も本心から思っていますから」


「まあ。ありがとうございます」



 セレナは照れ笑いを浮かべると、はんなりと微笑みます。こういう大和撫子のような笑みがこの西洋風の世界観に存在している辺りが日本作の異世界系乙女ゲームらしいですよね。



「ノアさん。セレナが愛らしいことは認めますが、私の婚約者ですからね」


「ふふ、分かっていますよ。セレナはフォルに愛されているのですね」



 二人は私の言葉に頬を染めました。あー、この笑顔を今すぐにでも私のものにしてしまいたいですね。なんて、時機を待ちますがね。逃すよりは機を待つ方が良いでしょう。


 なんて。少々心配なのは、ストーリーに改編が起こり過ぎているところです。この時点でルイとバロの性格にも変化が起きていますし、魔王の出現についても話が出てきません。この変化がどんな未来を導くのやら。


 それに、この時点で主要キャラたちとここまで近い距離になることも大きな変化です。本編では圧倒的モブキャラだったノアがこんなキラキラした人たちといるだなんて。不思議なことですね。



「失礼いたします」



 そのとき、食堂の入り口にリオンが顔を出しました。その手にはバインダーのようなものに挟まれた数枚の紙。



「ノア様、使用人面接の受験者が集まりました」


「もうそんな時間でしたか」



 リオンに募集を掛けてもらっていたルイ専属の使用人に応募してきた者たちの面接を、今日行う予定になっていました。面接担当は私とリオン。ルイのことはメケにお願いしてあるのですが。



「おい主、来たぞ」


「来てくれましたね。ありがとうございます」



 タイミング良く現れたメケ。そのガタイの良さに会ったことがあるバロ以外はビクッと肩を跳ねさせました。その反応にメケは満足気にしているからまあ、良いでしょう。



「ここの護衛はメケに任せますね」


「ああ。承知した」



 メケは素直に部屋の隅で護衛の任務を始めます。室内に緊張した空気が流れていますが、まあ、慣れるまでのことでしょう。



「ルイ、私はお仕事をしてきますね。みなさんと楽しい時間を過ごしてください」


「はい、兄様。頑張ってくださいね」


「ありがとうございます」



 ルイの頭を撫でてから、私は会場となる応接間に向かいました。今回応募があったのは全部で五人です。リオンと相談して、現在勤務している使用人たちの給与を父様たちが支払っていた額よりも上乗せしました。


 新しく雇う人たちに対しても基本給を上げていることで、元貴族の平民の家であってもこれだけ集まってくれました。有難いことですね。



「五人の内、武術の心得がある者が三人、他の二人も他の屋敷での勤務経験が豊富な方々ですね」


「なるほど。前職の退職理由についてはどうですか?」


「難がありそうな方が二名、残り三名はスキルアップのための転職のようですね」



 スキルアップの転職、というのであれば良いですね。ただ、難がありそうな人はじっくり考える必要がありますね。それでも結局はその人を実際に見てみないことには分かりませんからね。



「さあ、行きましょうか」


「はい、ノア様」



 リオンがドアを開けてくれたので、私は会場に入りました。そこにずらりと並ぶ応募者たち。メケには敵わないけれどガタイの良いお兄さん、細くしなやかな身体つきの凛としたお姉さん。それからムッシュと呼びたくなるようなおじ様とザマスと言いそうなおば様、腰の曲がったおじいさん。


 さて、武術の心得がある三人とは、誰でしょうね。


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