第12話
そこには騎士団長がいました。
「ノア、昨日ぶりだな」
「はい、騎士団長。このような場でお会いできることを光栄に思います」
「全く、固いな、お前は」
騎士団長は私の頭をガシガシと撫でると、フッと笑いました。私は騎士団長のその雑な手つきが好きです。太郎の父の手に似ているということもありますが、ノアとしても、父に頭を撫でられたことがなかったので嬉しくて堪らないのです。
「そちらの方々は?」
「こちらは私の弟のルイです」
「ル、ルイマジリナ・プルーシュプです」
ルイは学んだ通りにきっちり礼をしました。緊張してガクガク動いていますが、合格点でしょう。
「この二人は私の使用人です」
「そうか。よろしくな」
そう言った騎士団長の目がメケに止まりました。騎士団長がジッとメケを見つめていると、メケは不快そうに眉間に皺を寄せました。失礼なことを言わないように手で制すと、メケは不満げにしながらも頷きました。
「彼が、どうかしましたか?」
「ん? ああ、いや。ただとても強い御仁であろうと思ってな」
メケはこの一言にすっかり機嫌を直したらしく、大人しくなりました。騎士団長はまだメケを観察しています。魔力が漏れている様子はありませんし、メケが悪魔族であることがバレているというわけではないと思いますが。
「こんな御仁が騎士でないというのはもったいないな」
「我の主はノアだけだ」
「はっはっはっ、そうかそうか。だが、主人を呼び捨てにするのはいただけないな」
「ふん。主の命であれば検討しよう」
メケがふんっと鼻を鳴らすと、リオンは頭を抱え、騎士団長は苦笑いを浮かべました。周囲の貴族の目もあります。メケの個性だと見逃していましたが、ここは注意した方が良いかもしれません。
「メケ、二人のときは良いですが、人前では様を付けましょう」
「承知した」
メケは思った以上に素直に返事をしました。リオンが一瞬苦々しい顔をしましたが、周囲の目を考えて表情を引き締めてくれました。とても優秀な側近がいて頼もしいです。
「とても素直で従順な使用人だな。いや、護衛も兼ねているのか?」
「ええ。帯剣していなくても相当な実力がありますから、屋敷で体術の稽古もつけてもらっています」
「ほう、体術にも長けるか」
正確には屋敷ではなく魔王城ですが。私の屋敷という意味では大差ないから問題ないでしょう。
「我が息子にもノアのようにひたむきに鍛錬に取り組んでもらいたいものだ」
「ご子息、ですか?」
ここではまだ会ったことがないから、私は何も知らない顔をします。
「ああ、こいつだ。ほら、バロ。挨拶しなさい」
騎士団長の影からひょこっと顔を覗かせた切れ長な三白眼が印象的な短いオレンジ髪の少年。警戒心を抑えきれないまま私を窺うように見ると、ぺこっと小さく頭を下げました。
「バローシュ・ベルナイベだ。よろしく」
ぶっきらぼうな口調に騎士団長の拳が落ちました。ゴチンッと鈍い音がして、バロが涙目になりながら父である騎士団長を睨みつけました。
「何をするんですか、父様」
「年上の人間への礼儀はきちんとしろ」
逆に騎士団長に睨みつけられたバロは不機嫌にそっぽを向こうとしましたが、騎士団長がガシッと頭を掴んで私の方に向けさせた。
「すまないな、ノア」
「いえ。私は両親亡き今、平民の身ですから」
「それでもだ。騎士の訓練を受ける者であれば上下関係ははっきりさせねば」
騎士団長は眉間に皺を寄せてバロを見ました。バロは身を竦めながら私を睨みつけてきます。おやおや。敵意むき出しですね。
「騎士団長、それでしたら先に騎士の訓練を受けているのはバロ様では?」
「いや。バロが訓練を始めたのはつい最近の話だ。ノアの方が先に訓練を始めている。だから先輩はノアだ」
そういうことですか。これでもし私が騎士団入団試験を受けて一発合格をしたとしましょう。騎士団への入団資格は十四歳以上ですから、年上の私が明確に先輩となるでしょう。
そうなればバロはさらに私を毛嫌いするでしょうね。ですが、それがどうした、という話です。バロも攻略キャラの一人ですから。バロルートではセレナの婚約破棄は発生しませんが、高潔なセレナを毛嫌いしていた男です。
セレナの真面目さと将来の妃であるという責任感が保たせる気高さ、そして他の者たちへも良いマナーを促そうという彼女なりの優しさが嫌われる原因となりました。現代でいうモラハラやロジハラといったところでしょうか。
真面目な人間が馬鹿を見る社会は馬鹿げています。しかし間違ったことほど大きな声で叫ばれるものですから。正しさほど糾弾される社会など衰退するしかないでしょうに。まあ、私はもうこの世界に転生しましたから。現代日本がどうなろうが、知ったことではありません。
「ほら、バロ」
「……バローシュ・ベルナイベと申します。よろしくお願いいたします」
「ノアマジリナ・プルーシュプと申します。以後お見知りおきを」
つっけんどんに言うバロに私は恭しく一礼しました。騎士としてという視点を抜きにすれば、私はバロより身分が低いですからね。体裁は大切です。
「まったく。すまないな。これから教育も厳しくしよう」
私には何も言うことができませんから、深く一礼をしました。そのとき、パッと会場の電気が消えました。瞬時に私の背後にメケが控えましたが、次の瞬間にはスポットライトがステージを照らし出しました。
そこに立つ絹のような白髪と真っ白なドレスに珠のようなお肌が輝くセレナがいました。ああ、麗しいです。あの美しさを、すぐにでも私のものにしてしまいたいと願ってしまいます。
「我が愚息、フォルストリット・ワナ・アルノリアが麗しい婚約者を迎えた。それがこの、公爵令嬢セリューナ・ジラージだ。皆の者、祝福を!」
国王の言葉に皆が杯を掲げます。そして沸き上がる熱狂に、フォルとセレナが照れ臭そうに微笑み合いました。その姿に胸がギシッと痛みました。あの笑顔を失わせるあの男の傍にこのままセレナを置いておいて良いのでしょうか。
私は奥歯をギリッと噛み締めました。けれど、今のお互いを想い合っている二人を引き離してしまえば、セレナはただ私を恨むだけでしょう。セレナとの幸せな結婚生活を願うならば、今はあの男に任せる他、ありません。
「主、どうした?」
メケが小声で囁いてきました。私は何も言うことができず、ただ首を横に振りました。今はただ、耐えるときです。幸せな生活のために、今できることをするしかありません。
「この国では一夫多妻なのか?」
「いえ。一夫一妻ですよ?」
メケの言葉に私は首を傾げました。
「メケたちは一夫多妻なのですか?」
「種族によるな。一妻多夫なものもいる」
「因みに、魔王は?」
私の問い掛けにメケはニヤリと口角を持ち上げました。
「魔王は望むままに望むものを求めれば良いのだ。女も、富も、名声も。主が望むものは全て我ら配下が用意してみせる」
怖いと思えば良いのでしょうか、それとも頼もしいと思えば良いのでしょうか。全く、恐ろしい者たちが配下となったものです。心強いといったらありません。
「私は一人の女を愛していますよ」
「ほう? 攫ってきてやろうか?」
「いえ。時機を待ちます。そのときが来たら、協力してくださいね」
「ああ。主の望みを叶えるため全力を尽くすと誓おう」
メケは自信たっぷりに笑うと私から少し離れました。こんなところでする話ではありませんが、私たちを気に留める人などおりません。全員の視線がスポットライトを浴びるセレナとフォルに注がれていました。
私はセレナのその笑顔を心に刻み、ジュースを飲み干しました。
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