第11話
リアと友人になってからというもの、私は学園の図書館でリアと共に学ぶことが日課になりました。そして放課後には騎士団の訓練所で訓練を受け、帰宅すると魔王城の整備や魔物たちの間にある問題を聞きました。そんな日々の中、夕食は必ずルイとともに食べました。
そして、両親の死から一ヶ月。周辺貴族の手引きで大々的にパーティーが開かれ、遺言が開封されました。
「プルーシュプ家当主を、ルイ・プルーシュプとする」
最後の一文が読み上げられたとき、戸惑ったのはルイだけでした。不安げに私を見上げて、今にも泣き出してしまいそうな顔をします。私はただその言葉を受け入れてルイに微笑みかけました。
「分からないことがあれば共に解決しましょう。私は誰がなんと言おうと、ルイの味方ですからね」
「はい、にいさま」
ルイはホッと息を吐くと、私に手を伸ばしました。私がその手を握り返すと、周辺貴族たちは不満気な声を漏らしました。けれど私は気にすることなく、ルイを優しく抱き締めます。
「必ずルイを守りますからね」
ルイの手に不安げに力が入ります。私はその背中をそっと撫でてやりました。
それぞれの心の中にある野望や欲望が渦巻くまま、両親の遺言はルイの手に渡りました。そしてそのまま、パーティーは終了しました。
「にいさま、ルイは、これからどうすれば良いのでしょうか……」
小さな身体を震わせながら不安げに呟くルイ。私はルイをそっと抱き寄せました。
「私とともに学んでいきましょう。これからも、自分で確かめたものを信じるのですよ」
「はい、にいさま」
ふわりと微笑んだルイの頭を撫でて、私はその温もりを確かめました。私が守りたいものは、まだ奪われてはいません。ですが、いつルイに嫌われるかも分かりません。
その日の夜、屋敷に手紙が届きました。差出人は国王、第一王子の婚約披露パーティーへの招待状でした。招かれたのは当主であるルイですが、私も同行するようにとの指示がありました。
「にいさま、ルイはパーティーなど初めてなのですが……」
「大丈夫です。私も初めてですから。一緒にマナーの勉強をしましょうか」
「はい、にいさま!」
パーティーに向けたルイの衣装の手配は使用人たちに任せて、私の分はフェレンが用意してくれることになりました。屋敷の者に私の衣装を頼んだところで、碌なことにはならないでしょうから。
「同行できる使用人は各人二人まで、とありますが、いかがいたしますか?」
一つ一つ準備するべきことを確認してくれているリオンから聞かれて、私は考え込みました。今はルイの警護をリオンに任せていますが、リオンは私の側近です。これからもずっとルイの警護をさせるわけにもいきません。
パーティーまでに新しい人を雇い入れるには時間が足りません。大切な弟を守ってくれる人ですから、適当には選びたくありませんし。
「今回は私がルイから離れないことにしましょう。護衛はリオンとメケとします」
「メケですか……」
リオンは渋い顔をしましたが、素直に頷きました。
「確かに、それしかありませんね。今後の人材登用についても検討しておきます」
「よろしくお願いしますね」
そうしてパーティー当夜。ルイは煌びやかなスーツ、私はシックな少々大人びているスーツを身に纏いパーティー会場へ向かいました。私は二度目の馬車ですが、ルイは初めての馬車に目をキラキラと輝かせます。
そして会場へ着く頃にはすっかり馬車酔いをして大人しくなりました。
「ルイ、大丈夫ですか?」
「にいさま、気持ち、悪いです……」
ルイは真っ青な顔で私の手を掴みました。その背中を擦ってやります。それを見ていたメケがフンッと鼻を鳴らしました。
「この程度で、軟弱な人間だな」
「おい、メケ。ルイ様はノア様の弟君だぞ」
「知らん。我の主はノアだけだ」
「だから呼び捨てはダメだと何度言えば分かるんだ」
やいのやいのと喧嘩を始めた二人に苦笑いをしてしまいます。
「ほら、喧嘩をしないでください。リオンはお水を。メケは周囲の警戒をお願いします」
「かしこまりました」
「承知した」
リオンが馬車に積んである荷物から水を取りに行ってくれました。それを飲ませると少し落ち着いたようで、ルイの頬に赤みが戻ってきました。
「ありがとうございます」
「行けそうですか?」
「はい、にいさま」
私はルイの頭をさらりと撫でて、王宮へと向き直ります。続々と集まる貴族たち。名誉男爵の父が亡くなって、私たちは爵位があるわけではありません。それでも招待されたのは私へ用事があるからでしょう。
「急ぎましょうか」
より高い位の人々が来る前に入場しておかなければ不敬とみなされてしまいます。ルイの手を引いて王宮に入ると、既に多くの方がいました。視線を避けるように会場の端へ移動するとき、白く艶やかな髪を持つ少女の後ろ姿を見かけました。
胸がドキリと高鳴り、思わずそちらへ誘われるように足が動きました。しかし、その隣に現れた赤髪の少年に足が止まりました。二人は幸せそうに笑い合い、カーテンの裏に消えていきました。
「ノア様?」
リオンに声を掛けられてハッとするまで、私は動くことができませんでした。美しい白髪の少女、公爵令嬢セリューナ・ジラージ。私の愛しのセレナです。
そして赤髪の少年こそ私の恋敵、というか敵。第一王子フォルストリット・ワナ・アルノリア、愛称はフォル。現国王の愛息子です。私の愛しのセレナを口説いておきながらあっさり振って傷つけるくそ男様でございます。
「いえ、なんでもありません」
待っていてくださいね、セレナ。貴女が自由の身となったとき、私がその幸せを補償する婚約を結びますから。
会場の端で会場をぐるりと見回していると、学園で見たことがある青髪の少年を見つけました。セレナの兄、公爵令息ファンクス・ジラージ。リアと同じ学年で、セレナを溺愛しているところは褒めてあげたいところです。
とはいえ、ファンクスがその才覚を認められてフォルの摂政とならなければセレナとフォルが出会うこともありませんでしたからね。この状況を作り出した元凶は彼です。
「にいさま、おやつ、食べたいです」
控えめにくいくいと手を引かれて、私はルイに微笑みかけました。
「ええ。構いませんよ。取りに行きましょうか」
ルイに手を引かれてお菓子を取りに向かいます。ルイは一つ一つに目を輝かせては食べたそうな顔をします。
「ルイ、お腹を壊してしまいますから、三つ、選びましょうね」
「はい、にいさま」
ルイの周りの人間たちはルイの健康については何も考えていませんから。ルイ自身に健康について意識させるように誘導していかなければなりません。
「おい、主、これが食べたい」
ケーキやお菓子には目もくれず、肉をジーッと見つめるメケ。こういう場では普通、使用人は食事ができないものです。とはいえ、彼に我慢させることは無理なことだと分かっています。
「メケ、それを取っておいてください。端に行ってからなら食べても構いませんから」
「承知した」
メケが肉を山盛り取り終わるころ、うんうんと悩んでいたルイもお菓子三つを選び終えたようでした。マカロン、オレンジのカップケーキ、チョコケーキ。なかなか良いチョイスですね。
「ノア様、お飲み物はいかがいたしますか?」
「ルイにりんごジュースを。私は紅茶をいただければ」
「かしこまりました」
ノアがドリンクを持ってくれたので、私はルイの手を引いて再び端に戻ろうとしました。
「ノア」
その時、後ろから声を掛けられました。聞き馴染みのある声に、私は振り向きました。
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