第10話
私が魔王としての君臨に成功し、側近二人を味方につけた翌日。こう考えると一日が非常に長かったことを感じますね。とにかく、私は学園へやってきました。
この国では七歳で王立学園の初等部に入学し、十五歳の高等部卒業まで在籍することになります。私も去年入学して、今年初等部二年生になりました。
学園では身分関係なく学ぶことができ、王家や貴族の人間に対しても不敬罪が適応されない唯一の環境です。とはいえ報復されることがあるのでその校則が機能しているのかと言われると怪しいのですが。
ちなみに友人と呼べるような人はいません。私は成績こそ上位に保っていますが、交友関係というものは築くことができませんでした。入学前には神童と囃し立てられ、けれど入学後には落ち目となり虐待に合っていましたから。そんな人と友達になりたがる奇特な人はいませんでした。
私の居場所は大抵図書館にありました。そこでは私が何をしていても咎める人はいませんでしたし、誰も声を掛けてきませんでしたから。そして何より、私は一度読んだものは全て暗記できる能力がありますから。
ルイやセレナが入学してくるのは来年。私はそれまでに学園でやれることを全てやっておかなくてはなりません。全てはセレナとの結婚後の平穏な日常のため。私はここから、さらに学ばなければ。
学ぶべきことは領地経営から魔術、剣術、体術、それから薬学などなど。学べることは全て学んでおきましょう。
「今日は経営についてにしましょうか……」
小さく呟きながら本棚の周囲をぐるりと回ります。すると、そこに一人の深緑の髪の少女が蹲っていました。
「あの、大丈、夫……」
思わず肩に手を置いて声を掛けてしまいました。しかし、彼女の手には本が開かれていました。どうやら隊長不良で蹲っていたのではなく、本を読むために蹲っていたようです。
「邪魔をしてしまいましたね。申し訳ありません」
「い、いえ、私こそ、申し訳ありません」
振り返った少女はあどけない顔立ちをしていて、胸元のリボンは黄色。初等部一年生のようです。
「なぜ、こちらで読書を?」
私の問い掛けに、少女はびくりと肩を震えさせました。彼女の胸に抱えられた本は、商業の基礎についての本でした。私も以前、興味本位で読んだことがあります。
「私、商家の生まれ、なんですけど、実家は大した商店を構えていなくて、それで、私が後を継ぐことなく潰れるだろうと、いじめられて……」
少女のゆるくふんわりと二つ結びにされた深緑の髪がふるふると震えます。まったく、知り得ない将来のことを嘲笑っていじめるなんて愚かなことをするものがいるのですね。
ぽたっと零れた少女の涙。私は少女にハンカチを差し出しました。こんな小さな少女の泣き姿は少々胸が痛みます。
「キミ、お名前は?」
「ハウトリア・ニコニです。王都の東外れにあるニコニ商会の娘です」
少女は目元をハンカチで拭いながら答えました。私はその答えに目を見張りました。なぜなら、彼女も『Set up! New Story』の登場キャラだからです。
ハウトリア・ニコニ。彼女はお淑やかな立ち居振る舞いが印象的で、常に微笑んでいることから人気を得ていました。彼女はルイの婚約者として登場し、誠実にルイを支えていくキャラになります。
ですがそれは表の顔。裏の顔はかなりな策略家で、実の兄である私を虐げるルイを嘲笑していました。さらに魔術師の家に嫁ぎながらも、夢である商人としての人生を諦めることなく実直に努力を重ねているキャラでした。
「私はノアマジリナ・プルーシュプと申します。ノアとお呼びください。私は両親と同じく魔術師をしています。ハウトリアさんはよく図書館にいらっしゃるのですか?」
「はい。ここでは静かに勉強ができますから」
「そうですね。とても良い環境です。私もよくここに来ますから、またお会いすることがありそうですね」
私が微笑むと、ハウトリアは俯いてしまいました。おや、これは少々警戒させてしまいましたか。彼女との縁は持っておきたいからと、焦ってしまいました。
彼女はルイルートを辿っていてもいなくても、ルイの主人公への好感度が七割を超えることがトリガーとなって婚約破棄イベントが発生します。彼女から婚約破棄を申し入れると、ルイが主人公に告白するイベントを誘発するというシステムでした。
最も婚約者への愛情の薄いキャラクターではあるのですが、表面上では愛しているからルイには幸せになって欲しい、という顔をしています。腹黒いですが、天使のような微笑みには誰もが騙されていくのです。
そしてルイへの愛が乏しい彼女の想い人が誰か。それが私なのです。今ちょうどそのイベントの発声中なのですが、私とハウトリアはこの図書館で出会い、共に勉学に励みます。その中で生まれる小さな恋心が大きくなっていく、という流れです。
主人公サイドに立つキャラクターではありませんから、恋愛をする気がなくても良いお付き合いをしておくことに越したことはありません。私にとって、商業の面で大きな助けとなってくれる方ですから。
ここばかりはピュアで純粋なラブストーリーなので、私のお気に入りでもあります。とはいえ、ハウトリアの幼少期のスチル解放は本編終了後。私もあまり見慣れてはいなかったので気が付くのに時間が掛かってしまいました。
「あ、あの」
ハウトリアは何か言いかけて、顔を赤くして口を噤みました。緊張しいで照れ屋さん、そんな印象です。私は微笑んで、ただ待つことにしました。
「はい、なんでしょう」
ハウトリアはもじもじしながら口を開いたり閉じたり。けれどこんな沈黙は可愛いものですよ。メケの沈黙に比べれば動きがあるので見ていて可愛いですし、きっとあんなには待たせないでくれるはずです。
「あの、時々、一緒に、本を、読みませんか!」
小さな声。けれどとても気持ちの籠った勢いのある口調でした。私はその小さな勇気が微笑ましくて、思わず笑みが零れました。
「はい、もちろんです」
私の答えにハウトリアは深緑の瞳を収めた垂れ目をキラキラと輝かせてくれました。この子は本当に可愛らしいですね。
「あの、ノア様」
「ただノアでも良いんですよ」
「で、でも……」
「学園に階級は不要です」
ウインクして見せると、ハウトリアはふわりと微笑みました。ノア様と呼んでいただくのは正直物凄く萌えるのですが、いけない感情を抱いてしまいそうなので控えていただきたいです。幼女から様付けで呼ばれる背徳感はたまりません。
「ノ、ノア、さん」
「ふふ、はい」
「ノアさんはどんな本を読まれるのですか?」
「私は色々読みますよ。今から読もうとしていたのは領地経営についての書籍ですし、今ハウトリアさんが持っている本も以前読んだことがあります」
私がそう言うと、ハウトリアは目をくりくりと見開きました。零れ落ちそうな深緑の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥ります。
「とてもお勉強がお好きなんですね」
「はい。学ぶことは嫌いではありません」
ハウトリアはふわりと微笑んで頷きます。きっと彼女も、好きなことを学ぶことは一切苦ではないのでしょう。この小さな少女の胸に抱えられた熱いもの。私は可能な限り、その炎を絶やさないためのお手伝いができればと思います。
「あの、ノアさん」
「なんでしょう」
「私のこと、リアって、呼んでください」
頬を染めた姿がどれほど私を萌えさせてくれると思っているのでしょう。熱く込み上げてきたものを押し殺して、私は微笑みます。
「わかりました。リア」
リアは嬉しそうにぱぁっと笑みを浮かべます。私は止めどなく沸き上がる背徳感から視線を逸らしました。
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