第4話
なんてね。
私がそんな他力本願なことをするわけがないでしょう。他にも策はあります。最高のシチュエーションを手に入れるための策が。
謁見室へ入室すると、私はマナーの本で学んだ通りに跪いて首を垂れます。そして国王の入室を気配で感じ取ります。他の気配は、摂政の気配でしょうか。そして私の背後に控える騎士団長。他の気配はありません。
「面を上げよ」
轟くような声に導かれて顔を上げます。目の前には、何度かストーリーに現れたこの国の国王でありフォルの父であるフリード・ワナ・アルノリア。そしてその義弟であり摂政のガロン・シュラートフィシュ。
生の存在感は凄いとよくライブへ言ったファンの方が言ってますが、まさにそんな印象です。私は心臓がドクリと音を立てたのを感じました。
「其方が、両親殺し、だと?」
国王は私と目が合った瞬間に首を傾げました。摂政も同様に首を傾げています。私は最大限弱々しく見えるよう、怯えたふりをして身体を震わせます。幸い、この謁見室は豪華に着飾っていない私には寒いくらいの冷房に似た魔術が行使されています。
「ふむ……其方、名を申せ」
「ノアマジリナ・プルーシュプと、申します……」
私が怯えた声を出すと、国王は悲しげに眉を下げました。ストーリー通り人情派の方です。
「そんなに怯えなくて構わないよ。ノアマジリナ、其方は本当に両親を殺したのか?」
国王は穏やかに問いかけてくれます。私は縋るように見つめながらブンブン首を振って見せました。
「いえ、違います! 目が覚めるとあの神殿にいて、両親がすでにあんな……ち、血塗れで、倒れて、いたんです……」
震える身体を抱き締めます。この部屋、寒すぎて震えが止まりそうにないのですが。
「そうか……それは、怖かっただろうな……」
国王は私があまりにも震えている姿を見て自分も痛みを共有しているかのように辛そうな顔で頷きました。震えは寒さから来ていますが、あの光景は、確かに恐ろしいものでした。スチルとリアルは、あんなにも違うのですね。温度、臭い、音。全てが生々しいあの感覚。現代日本人には耐え難いものでした。
「虚偽ではないだろうな?」
摂政がジトリと私を見下ろしてきます。私が身を縮めると、国王は咳払いをしました。
「そう威嚇するでない。怖がっているだろう?」
「失礼ながら、陛下は皇太子殿下が誕生されてから甘さが目立ちます」
摂政が眉を顰めて言うと、国王は心当たりがあるのか肩を竦めました。フォルはルイと同い年ですから、さぞ可愛い盛りでしょう。
「ではこの子どもをどうすると言うのだ?」
「状況を考慮したとしても、国外追放にすべきです」
「それは……こんな小さな子どもには酷ではないだろうか」
摂政の言葉は殺人の罰としては軽いものでしょう。けれど私のような子どもには打首よりも一人見知らぬ土地で生きる方が苦しいに違いありません。ましてやこの世界には奴隷制度も蔓延っているのですから。
「仮に彼の言葉が本当なら、無実の者を罰することになるのだぞ?」
「疑わしきは罰せず、ですか? それが我が国の貴族の腐敗を産んでいるではありませんか」
日本らしい法律。けれどそれを逆手に取って好き勝手に振る舞っている貴族がいるのもまた事実です。私の両親もその類の人間で、証拠がなければ良いと平気で罪を犯します。現に私は贄として殺されかけましたから。
「摂政よ、この子どもを見せしめにでもするつもりか?」
「ええ、子どもへも厳しく接する姿勢を示すことができれば、貴族たちもきっと……」
おかしいですね。私は証拠不十分でさっさと無罪放免というシナリオだったはず。いえ、分かりませんね、ここは証拠不十分にて無罪放免という一文で片付けられたシーンですから。
私は無罪放免を言い渡される瞬間を待って、ぼーっと摂政と国王のやり取りを聞き流します。ここになんの意味があるのか分かりませんし。だってストーリーにも関わらないじゃないですか。
ああ、お気付きの通りです。私は説明が長くて面倒になるとストーリーをスキップしていくタイプでした。そのせいで次の動きが分からなくなることも多々ありましたが、面倒なんですから仕方ないですよね。
「騎士団長よ、其方はどう考える? この子どもに殺しは可能か?」
話の展開が変わった気がして、再び話に聞き耳を立てます。すると私の後ろからカチャカチャと鎧の音が聞こえて、私の前に騎士団長が跪いた。
「進言します。私は現場へも赴きましたが、彼には到底不可能な殺害方法でした。よって、彼による犯行ではないと判断します」
「ふむ……」
国王は考え込むと、摂政の方を見ることなく私を見下ろしました。
「ノアマジリナ・プルーシュプ。其方は無罪放免とする」
「陛下!」
「摂政。其方の意見は後ほど聞こう。騎士団長よ、彼を邸宅までお送りせよ」
「承知しました」
私は騎士団長と共に礼をして国王と摂政の退室を待ちます。しばらくして二人の足音が遠退くと、ポンッと肩を叩かれました。
「家までお送りします。馬車へどうぞ」
「はい……わっ」
あまりに長い時間座っていたせいで、頭がくらりと揺れました。そのせいでふらつくと、また騎士団長が受け止めてくれました。その表情は悲しげで、私の肩を優しく掴みます。
「君は、これまでどんな苦労をしてきたんだろうな……」
呟かれた独り言は苦しげでした。誰かのために痛みを感じることができる彼に心を傾ける騎士たちの気持ちがわかる気がします。
この気高くも穏やかで聡明な騎士団長の息子が、あんなにもプライドだけが高い脳筋男だなんて。それだけは信じ難いことですが。
馬車へ乗り込むと、騎士団長は騎士たちに指示を出して御者をさせます。馬車の中には騎士団長と私だけ。きっと気遣ってくれているのでしょう。
静かな馬車の中。騎士団長は窓の外を警戒しつつ、時折私に視線を向けてきます。私はその視線にぎこちなく笑い返しました。他にどうするべきか、分かりません。
「親を亡くして、辛いか?」
騎士団長の静かな声。階級を気にしていないような声は、この場をただの大人と子どもが話す場所にしてくれます。私も肩の力をフッと抜きます。この聡明な大人の前で、戯言は不要。そんな気がしました。
私はジッと考えました。あの人たちが親であるという記憶も、大切にされていたときの記憶もあります。けれど、あの人たちから受けた仕打ちの苦しみに、身体中が喜んでいるように思えてなりません。
「……嬉しい、です。もう、あんな思いをしなくて良いですから」
「そうか」
騎士団長は複雑そうな瞳を私に向けます。私はジッと馬車の床の木目を見つめました。木目に人の目があるようで、おぞましく見えます。
「一つ辛いのは、ルイから、弟から親を奪われてしまったことです」
「不思議なものだな。親だけでなく使用人たちも弟君を可愛がり、キミを虐げていたと報告を受けているのだが」
騎士団長は悲し気に眉を下げます。私はその表情にどこか安らぎを覚え、はにかみました。
「ルイは、天真爛漫で、可愛くて。私はただ、あの子が大人たちのせいで物の良し悪しが分からなくなったり、健康を害されることが心配なんです。あの子は私を慕ってくれていますから」
「そうか」
騎士団長はたったそれだけの返事を返しました。その声は重たく、私にはそれだけで彼が私の想いを受け止めてくれたのだと理解できました。
「ノア、望みがあれば手助けしよう。きっとキミがこれまで通り生家で暮らすことは難しいだろうから」
騎士団長の言葉に、私は頷きました。私も分かっています。あの家には、もういられません。というより、あの家を出て、早急に魔王城で力を蓄えなければならないのです。
けれど、これはまたとないチャンスではないでしょうか。今後セレナを嫁に迎えたとして、その後に魔王討伐イベントは発生するでしょう。それを見据えると、魔力を得た私に足りないのは剣の腕と知識。彼はその内、国内最強の剣の腕を有しています。
「騎士団長、私に、剣を教えてください」
私の言葉に、騎士団長は一瞬目を見開きました。そして柔らかく笑うと頷いて、私の頭をガシガシと撫でました。太郎のころの記憶、祖父の武骨で逞しい手を思い出しました。
「分かった。今日からお前は俺の弟子だ。騎士団への出入りを許可しよう。俺の元で剣を学び、身を守る術を得よ」
騎士団長の瞳がキラリと光ります。私は騎士団長が差し出した手を握り返しました。全てはセレナと無事に結婚し、平和な生活を維持するために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます