第3話
騎士たちはぞろぞろと食堂に入ってきます。泣きそうになったルイを庇おうと動こうとした瞬間、騎士たちの剣先が私に向けられました。
これはこれは。命知らずですね。なんて思いますが、私もまだ訓練をまともにしていない状態です。最低限の自衛や攻撃は能力値で押し切る天才プレイでどうにかなりますが、それ以上の力はありません。
「どうなさいましたか?」
「ノアマジリナ・プルーシュプ」
「はい。私です」
私に話しかけてきたのは、銀色に輝く鎧をまとった騎士団の中でも一等身体が大きな銅鐸男。兜で顔は見えませんがオーラが強者のもの、そしてどっしりとしたフォルムが銅鐸そのものです。けれどこの人は見たことがありませんね。私以上のモブキャラでしょうか。
とはいえ騎士団は国に仕える最強の剣士と魔術師を抱える部隊です。戦時下には志願兵の筆頭に立って周囲を鼓舞しながら一騎当千を掲げて敵陣へ突っ込む脳筋と、卓上で完璧に推測して駒を動かすインテリだらけの集団と言い換えることができます。
侮ること勿れ。その言葉がよく似合うその他大勢のモブキャラ集団です。
銅鐸男は私に向けていた剣を下ろします。そして私にズカズカガシャシャンと近づいてくると、私を鎖で縛り上げました。顔が見えないって怖いですね。感情が読めません。
「ノアマジリナ・プルーシュプをセトマジリナ・プルーシュプ及びルーナ・プルーシュプ殺害の容疑で連行する」
「お待ちください! ノア様はそのようなことをなさる方では」
「リオン。大丈夫です」
私は私を庇おうとしたリオンを制止します。ここで私を庇えば、彼まで共犯を疑われてしまうでしょう。特に彼はこの屋敷の使用人で唯一私に忠誠を誓う者。他の使用人にあることないこと言われる可能性を否定できません。
「リオンが私を信じて待っていてくれるのであれば、私はどんなことにも耐えられますよ」
「私は」
リオンは言葉に詰まります。そして目元に浮かんだ涙をグイッと拳で拭いました。
「もちろんノア様を信じてここでお待ちしております」
私はリオンに微笑みました。彼ほどの忠義者はこの世界でもそう出会えるものではありません。私はゲームの仕様だなんだとは関係なく、彼を必ず守ろうと心に決めました。
「にいさま」
拘束されてしまっては、不安げに涙を瞳いっぱいに溜めている弟を抱き締めることもできません。私はルイに微笑んで見せます。
「ルイ。自分が確認した事実だけを信じるのですよ」
「はい、にいさま!」
ルイはしっかりと頷いてくれました。よく聞く話です。真実は百通り、事実は一通り。私がゲーム内のルイが好きになれなかったのは、彼の自分の信じたいものを信じたいように信じるネット住民的な考え方でした。
私の弟であるならば、そんな偏った考え方で他人を、特に兄である私を陥れるような人間にはならないで欲しいですから。
「それでは、行って参りますね」
私はリオンとルイに微笑みかけてから騎士たちに引かれも押されもせず、自らの意思で歩きます。リオンとルイにとって私が正直に見えるように、そして私を虐げる使用人たちの前で弱みはなるべく見せないように。
騎士たちが乗ってきた馬車に揺られて私は王城へ移動します。平民は逮捕されると大抵街の外れに建てられている砦のような塔へ収容されます。けれど貴族は国王の元へ連れていかれることになっています。
貴族は国民の手本であれ。その理念の元に、貴族を選定している国王が責任をもって貴族を管理している姿を見せるためです。能の無い国王の時代には貴族は全員無罪、もしくは全員真偽に関わらず死刑になる、馬鹿げた制度だと思いますが。
「降りろ」
指示の通りに私は馬車を降りました。目の前には王城。父セトマジリナ・プルーシュプが名誉男爵であっただけのいわゆる成金貴族の我が家には縁の薄い場所です。まあ、私はゲームの中で何度も目にしましたけれど。
「歩け」
背中を蹴り飛ばされて歩かされます。そんなことをしなくても歩きますよ。むしろそういう態度が反感を買うと考えられないのでしょうか。なんて。そこまで思考が至らない方と争えば私もこの銅鐸男と同程度の存在になり下がりますから。何も言いませんよ。
歩いていると、庭園が視界に入る。確かこの庭園で攻略キャラである第一王子フォルストリット・ワナ・アルノリアが我が愛しのセレナへプロポーズをするのでしたね。あれは今から半年前の話です。私がこの世界に転生した時点で先回りは不可能です。
ちなみに王族、貴族の不倫や略奪は現行法では王都の中央広場に磔にされて、死なない程度に火炙りにされる刑です。見物客がたくさん詰めかけて石を投げられるもので、平民たちがとても楽しみにしているイベントです。
私はそんな末路にならない自信がありますが。それでも一生逃亡生活も辛いですし、セレナをそんな目に遭わせることはしたくありませんから。私は彼女が婚約破棄されるその日を待ちます。
そういえば、王子が主人公と付き合っているからと婚約破棄をしたのは略奪になりますよね。主人公が平民だったから罪にならなかったのでしょうか。それでも第一王子は糾弾されて然るべきだと思いますが。
全く。運営側さんはどうにもストーリー設定の詰めが甘いです。……私もその一味でした、ごめんなさい。
なんて内省しながら歩いていると、応接間へ通されました。豪華絢爛な一室に銅鐸男と二人で閉じ込められる閉塞感は想像を絶しています。けれど私は隙を見せぬよう背筋を伸ばし続けます。
確かゲームストーリーでは、ここで殺人の容疑は物証なしとして片付けられてそのまま釈放されます。けれど実家では殺人犯として扱われて逃げるように森の中の魔王場へ向かうのです。
ストーリーを思い出して今後の動きを検討していると、応接室のドアがノックされました。顔を上げると、そこには見覚えのある人物が立っていました。
「お迎えに上がりました」
美しく一礼するこの騎士。兜を取ったその顔つきは攻略キャラの一人、バローシュ・ベルナイべを大人にした姿そのままです。それもそのはず。彼はバロの父であり、この国の騎士団長を務める武勇と知略に長けた方ですから。爵位は騎士爵。
「お初にお目にかかります。ベアトル・ベルナイベ騎士団長様」
「そのような挨拶は不要です。貴方がノアマジリナ・プルーシュプ殿ですね?」
「はい」
「国王陛下が謁見を望まれております。こちらへ」
銅鐸男とは対照的に、騎士団長は恭しく私に接してくださいます。けれどその瞳に浮かぶ警戒はかなり強いようです。私のような齢八歳の子どもをそこまで警戒するなんて。有能ではあるのでしょうね。
ですが。私は彼の姿を見てふと思いついたのです。私がセレナを娶るために必要なこと、その一つを。私は両親の死に様を思い出します。無残なほど引き裂かれた痕は思い出したくなくても脳裏に浮かびます。
私にはあれほどまでに両親を引き裂くことができないことをこの騎士団長に印象付けることができれば。彼ほど国王からの信が厚い従者はそういません。
「あっ」
私はわざと騎士団長の前で自身を拘束する鎖に引っかかってつんのめります。あれ、これ、本当に危ないのでは。そう思ったのは、拘束されているせいで両手を着くことができないことに気が付いた、たった今です。床と顔面衝突もあり得ます。
咄嗟に目をぎゅっと閉じましたが、想定していた衝撃はありませんでした。恐る恐る目を開ければ、私の身体は騎士団長の腕の中。
「あ、ありがとう、ございます」
「……いや」
私を立たせた騎士団長は自らの手を、そして傷痕が目立つ私の袖口から覗く手首を見つめていました。作戦成功でしょうか。
両親と使用人による虐待の影響で痩せ細った身体。そして同様に、ではなく魔術の訓練中の爆発事故で怪我をした手首。この身体になった怨みがあると取られるでしょうか、それともこの身体ではあんな犯行は無理だと判断されるのでしょうか。
私の命運は彼に握られました。
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