第59話 都会の中の動物園


響を後ろからこっそりと追いかけるリエルと椿芽。響は最寄り駅まで来ると、改札の向こうで一人の女の子と合流した。


「朱音……ちゃん……」


 リエルの隣で様子を伺っていた椿芽が、さっきよりもさらに嫉妬心を露わにしたような雰囲気を醸し出している。


「あ、2人とも駅の中に入っていくよ」


「私たちも乗るよ!」


 椿芽が勢いよく言うと同時に、リエルも慌ててその後を追った。


◇◇◇◇


「どこに向かってるのかな……?」


 電車に揺られながらリエルは小声で椿芽に尋ねる。


「うーん……」


 椿芽は額に手を当て、むむむ、と何か考え込む素振りを見せている。


「あ、響たち降りるみたい」


 前方で響と朱音が席から立ち、降車準備をしているのを見たリエルが声を上げる。


「ここの駅……」


「……あっ!」


 響たちが降りた駅を見て、椿芽は何かを思い出したようにポンと手を叩く。


「動物園!」


「椿芽!椿芽!早く降りて!」


「あ、あわわわ……」


 電車が発車しそうなタイミングで、椿芽を急かすリエル。ギリギリのタイミングで降りた2人は、慌てながら改札の方へと向かう。


「でも……こんなところに動物園なんてあるんだね」


「不思議だよね〜。大都会のはずなのに」


「うん、ほんとに……」


 改札を出て少し歩くと、目の前に広がる都会のオアシスのような空間。大きなビルが立ち並ぶエリアの近くにあるとは思えないほど緑豊かな公園と、併設された動物園がその場所にはあった。


「なんか……静かでいい場所だね」


「ね〜」


 そう言いながら、2人は響と朱音の後を追い、再び足を早めるのだった。



 ◇◇◇◇


 ちょっと歩くと、動物園の入場口が見えてきた。


「ここね〜なんとね〜」


「うん」


「入場無料!!」


「へ〜」


 椿芽が得意げに言うが、リエルの反応は薄い。


「なんだよ〜リーズナブルな動物園なのに、リエルくん冷たいねえ……」


「それは謝るけど……」


「もう2人とも中に入って見えないよ……」


「ありゃ……」


 朱音に対する嫉妬心をあれだけ見せていたはずの椿芽だったが、今はすっかりほんわかモードでマイペースだ。その姿にリエルは少し苦笑する。

 もちろん、これが椿芽のいいところだと分かっているのだが、一緒に行動していると妙に気が抜けてしまう。


「しかし動物園か……朱音の家とかじゃなくて……」


「朱音ちゃん家がどーしたの?」


「あ、ううん、気にしないで」


「そかそか。それじゃ、引き続き探偵さんするよ!」


 椿芽が明るく言うと、リエルは少し苦笑しながら頷いた。


「予想と違うな……」


 リエルは前回の出来事を思い出しながらも、響たちの行き先が予想外だったことに戸惑いを覚える。それでも椿芽の後に続くように動物園の中へと足を踏み入れた。


 ◇◇◇◇


 響と朱音は、動物園の中を仲睦まじそうに歩きながら、いろいろな動物を見て回っていた。朱音が指を指しては響に楽しそうに話しかけ、響もそれに応じている様子は、第三者から見ても普通の高校生カップルそのものだ。


「うーむ……」


 リエルは物陰からその光景を見ながら小さく唸る。


 リエルが知る限り、校外学習以降、朱音の積極的すぎる行動に響が振り回されている印象が強かった。だが、今の様子を見る限りでは、響自身も朱音のアプローチに慣れつつあり、少しずつ距離を縮めているように見える。


「2人の仲が良くなるのは……まあ、いいことだと思うけど」


 リエルはぼそりと呟いたものの、表情はどこか複雑だった。


「前の時間軸の出来事を考えると、これ以上は少しまずい気もする……」


 朱音がもし、響の「力」を狙っているのだとすれば、ここから先の展開は厄介だ。彼女が本気で響を利用する意図を持っているなら、距離が近くなればなるほどリスクが大きくなる。


 だが、一方で……。


「……本当にただの巻き込まれ事故って可能性もゼロじゃないし」


 リエルは自分の考えが偏りすぎていないか自問する。朱音が人間として、ただの普通の女の子で、あの事件に偶然巻き込まれただけの被害者だった可能性もある。


それなら、今ここで下手に動いて2人の仲を引き裂いたり、邪険に扱ったりしてしまえば、後々響に不信感を抱かせかねない。


「どうする……このまま黙って見守るべきか、それとも……」


「って、椿芽!そんなにうろちょろしないで!バレちゃうから!!」


「はっ!?すいやせん!!」


 パタパタとあっちへこっちへと動物を見て回っていた椿芽は、リエルに釘を刺されてようやく動きを止め、目を丸くしながら申し訳なさそうに謝る。


 リエルは深いため息をつきつつ、ポケットに入れていたスマホが震えていることに気づいた。画面を確認すると――悟からのメッセージだった。


『リエル、そっちはどう?』


 悟もこちらの様子が気になっているのだろう。おそらく自分がやらかした分、リエルに迷惑をかけていないか心配しているのだろうと察する。


『こっちは大丈夫だよ』


 簡潔にそう返信すると、ほぼ同時に悟からすぐに返事が返ってくる。


『そっか』


 短いやり取りだったが、これだけでも悟の焦り具合がうかがえた。


「……って椿芽!!またふらふらしてる!!」


 スマホをしまった直後、再び椿芽がどこかへ向かおうとしているのが目に入り、リエルは慌てて声を上げる。


「すいまやせん!!でもほら、レッサーパンダが……!」


「ちょ、待て!」


「だって可愛いじゃん!」


 椿芽は指をさして目を輝かせている。その先には、愛らしく丸まって寝ているレッサーパンダの姿があった。


「いや、それは分かるけどさ!まず落ち着いて!響たちを見失ったらどうするの!」


「うー……分かったよ、落ち着くね」


 不満そうに唇を尖らせる椿芽だったが、リエルの説得を受けてしぶしぶその場に留まった。


 ――ほんの数秒だけ。


「わっ!リエルくん!あっちのキリンさんも見たい!」


「ちょ……!」


 結局、動物好きの椿芽はフラフラとまた別の動物を見に行こうとし、リエルは頭を抱える羽目になった。


「もう……だから言ってるのに!」

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