第60話 あんぱんと牛乳
「ねえねえ、リエルくん」
「なに?」
リエルたちは物陰に隠れながら、響と朱音の行動をじっと観察していた。
「どうして私たち、モッグを外から眺めてるだけなの……」
「だって、中に入ったらバレちゃうでしょ?」
「それはそうだけどさ……」
「それにほら、これ」
椿芽が手に持っているあんぱんと牛乳を目をやり
「どーしてあんぱんと牛乳……?」
「こういう探偵ものって、こういうのが定番でしょ?」
「それは古臭いよお……」
椿芽は泣きそうな顔をしながら、仕方なくあんぱんをかじる。
お昼時になり、響と朱音は動物園を出て近くにあったモグドナルドへと向かった。店内のイートインスペースで仲良さそうに食事をしているのが、ガラス越しに見える。
一方のリエルたちは、モグドナルド周辺にあったコンビニで済ませたパンと牛乳を手に持ちながら、響たちを見張れる位置に陣取っていた。
椿芽があんぱんをかじるたび、どこか物悲しげな雰囲気が漂うのは気のせいではない。
「あ……」
「何かあった?」
椿芽が突然声を漏らし、目元が鋭くなる。
「朱音ちゃんがひーくんに……あーんしてる……」
「……」
気づいた内容が、どうしようもなくしょうもなかった。
「ぐぬぬぬ……ひーくんめ……鼻の下伸ばしてえ……」
「あはは……」
「私たちは、あんぱんなのに……」
「あはは……」
椿芽の声は次第に低く、けれど怒りの熱を帯びていく。
「ひーくんめ……ひーくんめ……ひーくんめ……ひーくん――」
「ちょっと椿芽、落ち着いて!!!」
響たちの甘い雰囲気を目の当たりにし、どんどんボルテージが上がる椿芽。暴走寸前の彼女を見かねて、リエルは慌てて止めに入った。
「リエルくん……私たちも入るよ……」
「ダメだって!!」
椿芽はじりじりとモグドナルドの入り口に向かって歩き出そうとする。その目は朱音に「あーん」されている響に完全にロックオンしている。
「大丈夫、バレないように隅っこの席に座るだけだから!」
「いやいや、絶対目立つでしょ!?なんでそんな自信満々なの!?」
椿芽の暴走をなんとか止めようと、リエルは必死に彼女の肩を掴む。しかし彼女の決意は固いようで、一歩、また一歩とゆっくり進んでいく。
「椿芽、落ち着いて!目立ったら響に怪しまれるってば!」
「でも朱音ちゃんがひーくんにあんなことやこんなことを……ぐぬぬ……」
「『あんなことやこんなこと』って大げさすぎ!!ただの『あーん』だから!!」
頭を抱えながらも必死に説得を試みるリエル。だが、完全に暴走状態の椿芽を止めるのは至難の業だった。
◇◇◇◇
なんとか椿芽を静止したリエルは、モグドナルドから退店した響たちの後を追う。
響と朱音は近くの雑貨店やゲームセンターをぶらつき、軽く遊んだあと、駅の方向へ向かって歩き出した。
「ふぅ、さっきは本当に焦ったよ……」
「でも、ひーくん、結構楽しそうだったね……ぐぬぬ……」
椿芽は複雑な表情を浮かべつつ、響と朱音の後をついて行く。
リエルはポケットからスマホを取り出し、現在時刻を確認した。前回、事件が起きたのは16時だったが、今はまだ少し余裕がある。
響と朱音は駅で電車に乗り込み、数駅移動した後、静かな住宅街の近くで降りた。そこからさらに歩いていき、とある一軒家の前で立ち止まる。
「ここ……」
リエルは小さく呟く。
「朱音ちゃんのお家かな?」
「そう……みたいだね……」
椿芽の問いにリエルが頷く。しかし、響と朱音は家の前で特に話し込むわけでもなく、あっさりとその場で解散する。朱音が家の中に入るのを見届けると、響は元来た道を引き返し始めた。
「あれ、こっち来ちゃうよ!」
「隠れて隠れて!」
リエルと椿芽は慌てて近くの物陰に身を潜め、響が通り過ぎるのを待つ。
幸い、響は2人の存在に気づくことなくその場を後にした。
「危なかった……」
「ひーくんが鈍感で助かった……」
2人はほっと胸を撫で下ろし、遠ざかっていく響の背中を見送る。
響の姿が見えなくなった後、リエルは意を決して朱音の家の前まで歩き、改めてその建物を見上げる。
「ここだ……前回、事件が起きた場所で間違いない……」
リエルの記憶にある事件現場と一致していた。
「でも、そうだとしたら……なんでこのタイミングで2人は解散したんだろう……?」
前回の時間軸の出来事では響も朱音の家にいるはずなのに響はそうそうに引き返し状況が大きく変わっている。
「未来が……変わっちゃったのかな……」
リエルは深い疑問を抱えながら、考え込む。朱音の家の前でただ立ち尽くすリエルに椿芽が声をかける。
「リエルくん、リエルくん」
「ん……?どうかした?」
椿芽が小声でリエルを呼び、何かを気にしている様子だ。
「あそこに変なおじさんいるよ」
「え……?」
椿芽が指差す方向を見ると、中年くらいの男性が物陰からこちらを覗いていた。男性はリエルたちに気づかれたことを察したのか、慌ててその場から立ち去ろうとする。
「怪しい……ストーカーか何かに違いない……」
リエルが眉をひそめて呟くと、椿芽が少し呆れた表情で口を挟む。
「私が言うのもなんだけど、さっきの私たちも同じことしてたよ?」
「追いかけるよ、椿芽!」
「え!?ちょ、ちょっと待ってよ……!」
男性が逃げ出したのを見て、リエルは躊躇なく駆け出した。それに慌てて椿芽も続き住宅街の中を駆け抜ける。
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