第58話 探偵ごっこ


「……」


 リエルは悟から送られてきたメッセージを見て、無言でスマホに『死ね』と返信する。


「だから、あれほど言ったのに……」


 大きく溜息をつき、スマホをポケットにしまうと、リエルの視線は再び元の場所に戻った。


 その目の先にあるのは――響の家だ。


「はあ……事の結末しか分からないから、こんな面倒なことをしなきゃならないんだよ……」


 呟く声には、少し苛立ちが混じっていた。


 リエルは悟を送り出した直後、すぐに響の家へと向かった。そして今は、少し離れた物陰からその様子を伺っている。


 下手に接触するわけにはいかない。下手をすれば未来が大きく狂ってしまう可能性があるからだ。前回のリエルは悟の家でのんびりと本を読んで過ごしており、響との直接的な接触は微塵もなかった。


 そんなリエルが今回、少しでも響に近づいてしまえば、どんな未来が待っているか分からない――それこそ取り返しのつかない事態になる可能性だってある。


「……そう伝えたはずなのに、悟の奴……!」


 リエルは歯をギリギリと噛み締めながら、悟への怒りを抑えきれずに漏らす。


 それでもリエルは視線を逸らさない。響の家の動向を、まるで何か異変を見逃すまいとするかのようにじっと見続けていた。


 ◇◇◇◇


 リエルはしばらく響の家を観察していたが、特に何も起こらない。


「これ……響はもう家にはいないとか……」


 一番最悪のパターンを想像してしまい、リエルはじわりと冷や汗をかく。


 ――と、そのとき。


「ちょいちょい」


「――!?」


 突然、背後から肩を叩かれたリエルは驚き、慌てて振り向いた。


「わあ……びっくりした……」


 肩を叩いた人物――


「椿芽……?」


「そうです!椿芽さんです!」


 何が誇らしいのか、椿芽は腰に手を当てて胸を張っている。


「どうしたの?」


「いやいや……それ、こっちのセリフですー」


 確かにその通りだとリエルは思う。だが、それにしても――どうして椿芽がここにいるのか?


「しっかしリエルくん……どうしてうちの前の電柱の影に隠れてるの?」


「え……?」


 椿芽に言われて初めて、自分が隠れていた電柱の近くにある家の表札に気づく。そこには【天野】と書かれていた。


「えーと……」


 リエルは気まずそうに目線を泳がせながら、響の家の方をちらりと見る。


「あっちはひーくんのお家だよね?」


「は、はい……」


「もしかして探偵ごっこ!?」


「うん、まあ、そんなところ……」


 探偵ごっこと言われると妙に違和感を覚えるが、大きなズレがあるわけでもない気がする。


「でも残念……」


「え……?」


「休日のこの時間帯のひーくんは、まだ夢の中〜」


「はあ……」


 一瞬ドキリとしたリエルだったが、椿芽のその言葉に少し安堵する。流石は幼なじみ、響の生活リズムをしっかり把握しているらしい。


 そんなやり取りをしていると、響の家の方から突然玄関のドアが開く音がした。


「――!」


 驚いたリエルは、椿芽ごと電柱の物陰に隠れる。


 響が家から出てきたのだ。


「も〜なんで隠れるのさ!」


「探偵ごっこだもん!」


「あ、そっか」


 リエルと椿芽は物陰で小声でやり取りしながら、家から出てきた響の様子をじっと伺う。


 響は誰かと電話をしているようだった。


「わかったって! うん、今から向かうから!」


 少し焦った様子で、響はリエルたちが隠れている方向とは反対に走り出そうとする――そのときだった。


「とりあえずもう少し待っててくれ、朱音!」


「――!?」


 響の声が徐々に遠ざかっていく中、最後に聞こえた“朱音”という名前に、椿芽の表情が一瞬で変わる。


「リエルくん……」


「な、なに?」


「おうよ」


「え……?」


「ひーくん追うよ、探偵ごっこやるんでしょ?」


 椿芽の表情はどこか怖く、その勢いに圧されるようにリエルは震えながらも頷く。


「は、はい……」


 そうして、椿芽に引きずられるようにしてリエルは響を追いかける事になった。

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