第2話 隣の芝は青く見える
大学4回生の当時、俺は就活に大苦戦していた。
今にして思えば、取り柄といえば少し良い学歴くらいのもので、特にやりたい事も決まってないし志望動機もふわふわしている奴だと見抜かれていたのだろう。
それに気づかない俺は中途半端に高いプライドと卑屈さだけを胸に色んなの会社の面接を片っ端から受けていた。まぁ、全滅だったんだけどね。
そうやって貴重な大学生最後の年度を浪費していた時、1人の先輩に母校の教師をやらないかと誘われた。俺よりも2年上の先輩もそこで教師をしており、就活に苦戦している俺を見兼ねて声をかけてくれたのだ。
幸いにもケチな俺は高い学費を払っているのだからと、無駄に教職課程を取っていた。
時期的に教員試験の勉強もギリギリだったが、そこは先輩が協力してくれた。
そして一番の障害と言える採用面接も、それまでの苦戦が嘘だったかの様にすんなりと通った。
そうして先輩に勧められるがまま、この学園の教師になったわけなんだが‥。
こんなことになるなんて知らなかったよ!?
確かになんかおかしいなとは思ったよ。
あの先輩、在学時は悪魔のような人だったのにその時はやけに優しかったし。
でもその時の俺は、雨に打ちのめされる捨て犬みたいな心境で、純粋にこの人にも優しさとか人の心があるんだなって思って少し感動していた。
これがこの様ですわ。
いや、別に教師が嫌だとかそういうつもりではなくて‥。
ただ‥受け持ち一発目でこのクラスはあんまりじゃないでしょうか??
軽く意識を遠い過去へと飛ばしていたが、その間もクラスのうるささは変わらない。
教壇に立って天井を見つめ、ただ自分の無力感を味わう。
青春コンプレックスが盛大に刺激されて泣きたい気持ちをグッと堪えるのだ。
そうだ!こんな時こそ相棒の力を!
そう思い、うちなるもう1人の僕へとバトンタッチをしようとした‥が、
(すまねぇ、ドジ踏んじまったみたいだ)
肝心の相棒は生徒達が放つ青春オーラによってボロ雑巾にされていた。
(相棒!!あれだけあいつらを正視するなと)
そうだ奴らのラブコメ全開、青春全開1ページを直視してはいけないのだ。
もう自分には一生手に入らないと考えると癒えようのない乾きに襲われるからだ。
あれはファンタジーだ。
魔法とかドラゴンとかと一緒。
可愛い幼馴染も義妹も、オタクに優しいギャルも現実には存在しない。
だって奴らはドラゴンだから!!
だからダメージなど食う必要などないのだと自分に言い聞かせる。
そうだ。
相棒がいなくても俺にはこの強烈な自己防衛暗示-通称AFフィールドあれはファンタジーがあるんだぁ!
「不来方先生、ちょっといいかな?」
そう言って教室の外で手招きしているのは引き攣った笑みを浮かべる教頭先生だった。
「不来方先生も初めて受け持つクラスで大変なのは分かります。でも担任なんだからしっかりして下さい。先生がそんなんじゃ、この名門鹿王院学園を信頼して入ってきてくれた生徒や生徒を預けてくれた保護者の方々にも申し訳が立ちませんよ、良いですか、うちは名門‥」
駒井教頭先生に廊下に連れ出された俺は注意を受けていた。
AFフィールドはこう言う時はクソの役にも立たない。
教頭先生、顔は怖いし少し選民思想的だけど本当に良い人なんだよな。
そんな人に優しく怒られるって時として怒鳴られるより心にくるものがある。
「はい、申し訳ございません。今後はこのような事が無いように注意いたします」
「まぁ、大学からの先生には色々と難しいこともあるかと思いますから、何かあったら抱え込まずに相談して下さい。私に言いづらかったら、先生の大学の先輩でもある八尋先生にでも、彼女はウチのOGの中でも‥」
「はい!その際は教頭先生に真っ先にご相談いたします!」
あの悪魔に相談?冗談だろ?
その辺の犬にでも相談したほうがまだマシ反応が得られるだろう。
「そ、そうですか‥真っ先に私に‥。ま、まぁ本当に抱え込まずに、お願いしますね。じゃあ先生もそろそろSHRの時間もありますし」
俺の熱意が伝わったのか、教頭先生はそう言って俺を教室の方へと促し、足早に去っていた。
教室に入ると先程とは打って変わって、誰もがしっかりと着席し会話も控えていた。
そして、どこかバツの悪そうな顔でこちらを見ている。
こういうところは可愛いんだけどな。
「じゃあ、ちゃっちゃっとホームルームやるぞー」
仕方がないなと軽く苦笑し、そう言うとクラスの中に微笑ましい活気が出始める。
こうして俺の教師2年目の朝が始まる。
———-
——-
—-
—
-
高校教師の1日というのは忙しい。
SHRが終わったと思えば、すぐに授業に行かなければならない。
そうやって、あれこれ駆けずり回ってるうちに昼を迎えるのだ。
「疲れたー」
机に突っ伏しながら心の声が漏れた。
慌てて隣の席を見るが、そこには誰もいなかった、セーフ。
もはや飯を食うのも面倒臭い。
なんか適当なものはないかと引き出しを漁っていると、いつ買ったか分からないクッキータイプの栄養食があった。
もうこれで良いか。
そう思い箱を開けようとしていると
「不来方せーんせ、お昼はー?」
腹の立つ口調で、こちらの顔を覗き込んできたのは俺をこの地獄に叩き落とした張本人だった。
「せん‥八尋先生‥今食ってますよ」
「いま先輩って言いかけたー呼び慣れてないのおもろ。社会人の自覚ないんだー、そんなんじゃ転職上手く行かないよぉ?あれそういえばこの間、紹介した会社どうだった??言うてみ言うてみ」
「だる‥しばくぞ」
あっ‥つい本音が。
「ふーん、先輩にそんなこと言うんだ‥もう紹介するのやめようかな」
「あっ、ごめんなさい。八尋先輩にはいつも大変お世話になっております。えぇそれはもう、先輩あっての私ですから」
やばい。
この人、大人気ないから臍を曲げると本当に面倒臭いことになる。
それを大学生の時に嫌と言うほど経験した。
そしてこういった際のポイントとしては先輩というとこを強調することだ。
この人は先輩と呼ばれることに酷く拘る。
多分、見た目は良いのに、こんな性格してるから後輩に尊敬とかされなかったんだろうなぁ。
なんて悲しい化物なんだ。
「そうだろうとも、不来方は私がいないとダメだよな。気分が良い!飯奢ってやるから学食に行こう!」
「わ、わぁ嬉しいなぁ」
そうして、俺の気持ちを一切汲んでくれない化物は、俺の腕を掴んで意気揚々と食堂へと向かった。
食堂について俺たちは混雑する中を抜けていき、教職員用のテラス席に陣取った。
「何にしようかなー。不来方は何食べたい?」
先輩は慣れた手つきでスマホでメニュー表を眺めながら、俺に聞く。
「えーじゃあいつものAランチで」
「えーそっちは私が食べたいからダメ。Bランチね」
何で聞いた?てかお前が食べたいの関係なくないか?
女王様すぎる先輩の発言に腹が立つが、奢ってもらう手前何も言えない。俺は黙って頷くしかなかった。
注文が完了し、手持ち無沙汰になった先輩と俺は他愛の無い雑談をして空腹を誤魔化す。
「ねぇねぇ、不来方。このインナーカラーどう?良くない?」
そう言って先輩は自身の髪をかき上げて見せてくる。
ミディアムくらいに延ばされた黒髪には、暗く落ち着いたネイビーベースに鮮やかなパープルの差し色が入っていた。
正味聞かれてもよく分からない。
インナーカラーとか先生が良いのか?とかは今更だ。
ウチのクラスはクレヨン全色揃えたのかなってくらい色鮮やかな頭の奴ばっかだし。
「良いんじゃないすか‥知らんけど」
「お前モテないだろ」
真顔の美人に言われると、たとえそれの中身がモンスターだと分かっていてもダメージがある。
この人、気にくわない事があるといつもこうだ。
言って良いことと悪い事がある。
学校で習わなかったのかよ、こんなのが先生とか世の中間違ってるよ。
「不来方、お前もあれを少しは見習え」
先輩が呆れ顔で指を差した先には、ウチのクラスの瑞木要にその幼馴染の南井茅。
代表的なラブコメ馬鹿達だった。
「あれ、不来方のクラスの子でしょ」
「はい、ウチの問題児達です」
ちなみにいつかしばくリスト5位です。
不動の1位はお前だ。
「食堂でお弁当とはね見せつけてくれるねぇ」
俺達の視線の先には、お弁当を広げ隣に並んでそれを突き合う2人の姿があった。
ガラス越しとはいえ教師2名から注目されているのに2人に気づく素振りは全く無い。
完全に自分達だけのラブコメ空間に入っていた。
「ふふ、要ったら顔にご飯粒つけてるよ。もう本当にズボラなんだから‥とか言ってるんだろうねぇ」
「‥茅ってば皆んなが見ている場で恥ずかしいよ‥とか言ってるんでしょうね」
覗き見している生徒に勝手にアフレコを始める俺達。
誇張ではなく本当にそんな感じのやり取りを瑞木達が繰り広げていた。
義妹の瑞木綾がこの場にいたらもっと修羅場かつラブコメ全開だったんだろうなぁ。
「青春だねぇ」
「そうですね」
もう手に入らない宝物を見せつけれた悲しき青春コンプレックスの化物達は暗く沈む。
俺はさておき、先輩も何で沈むのかって?
この人、容姿のせいで色々誤解されるけどちゃんと友達が居ない。
そんな奴が青春を拗らせていないハスがないだろう。
俺もあんな幼馴染が欲しかった‥。
どうして、俺の目の前にいるのがこんな化物なんだろう。
まぁ、それはお互い様か‥。
傷を舐め合うだけの人間が近くにいるだけでマシだ。そう思おう。
まぁ、汚すぎてスグに化膿するんですけどね。
こうして可哀想な大人達の昼餐はいつも始まる。
◆◇
「ねぇ要、見てよ」
茅に肘で軽く突かれる。
何事だと顔を上げると、そこにはテラス席で仲良さそうに昼食を食べる2人の教師の姿があった。
「不来方先生と八尋先生って本当仲良いよね。大学も一緒だったらしいし、付き合ってるのかな?」
興味津々といった様子で茅が2人を眺める。
確かに、あの2人にはただの先輩後輩というには少し違和感がある。
何というか、2人ともお互いに心を許し合ってる感じがするのだ。
担任の不来方先生は正直、何を考えているのか分からないところがあるし、八尋先生はフランクだけど他人にはどこか一線を引いている感じがする。
そんな2人はお互いがいる時だけ、そんな雰囲気が消えて自然体でいるみたいだった。
「茅、あんまり先生のこと詮索するのは良くないよ」
「えーでも、要は気にならないの?」
「まぁ‥気にはなるけど」
「でしょう?いいなぁ私もあんな大人の関係性みたいなの憧れるなぁ」
大人の関係性か。
僕達も大人になったらあの2人みたいなれるのかなぁ。
ラブコメ学園の教師です。最近、転職サイトに登録しました。 雛田いまり @blablafi
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