第1章 第2話
レギュラー獲得には守備も打撃も走塁も一定以上こなせる選手が求められる。とりわけ守備を重視する東浦大清水では打撃力よりも守備力が求められている。
「宮前! セカンドに移れ!」
「はい!」
宮前がセンターからセカンドへとポジションを移動する。
その点で言えば、県内でも一番と言えるほど守備が上手い宮前はレギュラー確実である。宮前は特待生として入部したわけではないが、入部当初から守備に磨きをかけ、上の代でもベンチ入りしていた。打撃については「宮前がヒットを打てば、雪が降る」と言われるほど一年生のときは壊滅的であったが、最近は打率二割程度にはなってきた方だ。
「榎田! さっきからボールの入りが遅え! もっと全力で走れ!」
「はい! すみません!」
榎田の守備力はチームでも下の下だ。二試合に一度はエラーをしてしまう彼の守備はまるで信頼に値しない。
「ほらもう一本だ!」
カーンという木製バットの音と共に左中間にライナー性の打球が飛び、レフトにいた榎田がセンターとの間を抜けないようにと必死に走る。スリーバウンドするところで何とか打球を掴み、身体を回転させてボールを駆けつけたショートに投げる。送球したボールはショートの頭上を抜けていった。
「榎田ぁ!」
またコーチの怒号がグラウンドに響き渡る。
「バッティングだけ出来ても仕方ねえだろ! まずはそのポンコツな守備をどうにかしてくれ」
「はい! すみません!」
粗雑な守備の代わりに、榎田には大きな身体を生かした打撃があった。ホームラン数は通算十本と多くはないが、当たったら飛ぶという評判が榎田の存在意義であった。ただ、レギュラーメンバーとなるには程遠かった。
一週間前、夏の甲子園出場を賭けた地方大会、いわゆる『夏大』で三年生は敗退した。夏大のシード権を争う春の大会で準優勝を収めたが、三回戦目で優勝候補の菊島高校と対戦し、二年生エースの鵜飼に完封に抑え込まれた。優勝候補だったにも関わらず、あまりにも早い夏の終わりに全員が動揺していたが、一ヶ月後に迫った秋の大会に向け、敗戦した次の日からキャプテンに有吉、エースに黒田を置いて新チームは動き出した。
練習が終わると、明日から始まる夏休みの予定表が選手たちに配られた。週に三日は練習試合が入り、再来週のお盆前には伊豆合宿が控えていた。
「予定表見たかよ榎田。今回の夏休みのオフさ、たったの二日だぜ。本当最悪だよな」
榎田はグラウンドの脇にあるトンボ掛けにトンボを立てかける。
「三日は欲しかったよね」
「だよなぁ。二日なんて行って帰ってきたらもう終わりじゃねえか。友達と遊べる暇もねえよ。親とは割といつでも会えるし、何すればいいんだか」
「……だね」
夏大に出たという実績は友達にも親にも自慢できる。逆にベンチ外という戦力外通告を他人言ってみれば、「ああ、そうか……」と話題に触れにくい空気になってしまうことを榎田は知っていた。大金を叩いて野球留学をさせてもらっていることを理解しているからこそ、榎田は家に帰りたくなかった。その点、夏大にもレギュラーとして出場した宮前が羨ましく、ときに恨めしく思えた。
あと一年もあるが、あと一年しかない。
焦りと不安を襲うのは榎田だけではない。強豪校と呼ばれる高校の高校球児にとって、夏大で活躍することが最大の目標であり、それが責任であり、それが全てである。
榎田はそんな焦燥感に襲われているにも関わらず、宮前は榎田に話しかける。
「どうした? 元気ないが……あ、もしかしてデートに誘えなかったこと後悔しているんだろ?」
「違うよ。ただ、練習に疲れただけさ」
穂乃果との関係について茶化して笑う宮前の笑顔を見て、榎田は背中で組んだ腕を強く握った。
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