第21話 気づけたこと
食堂に戻ると、フレドリックさんはまだ厨房に立っていた。
なにやら真剣な表情で鍋をかき混ぜ、味見をしては頭を捻っている。
私が戻ってきたことにも気づかず、集中していた。
休憩も取らず、ずっと作業していたのだろうか。
「フレドリックさん」
「うわっ、え、びっくりした」
声をかけるとビクッとして私を見る。
そういえば初めてここに来た日もそうだったな。すごい集中力だ。
「お昼は食べられましたか?」
「あー、食べてない」
「ちゃんと食べないとだめですよ。それ、夕食のスープですか?」
「ああ。しっかり煮込みたくて朝から仕込んでたやつ。悪くはないんだけど、なんか、味がしっくりこないというか、納得いかなんだ」
「私も、味見していいですか?」
フレドリックさんはお皿に少しスープをよそい渡してくれる。
私はそれを一口飲むと口の中でしっかり味わう。
「んー、そうですね。このままでも十分美味しいですが、私ならこれにジンジャーを足しますかね」
「ジンジャー、スープ……」
「せっかく野菜の旨味が活きたスープなので、それを損なわないような、それでいて香りがしっかりと立つものがいいかなと。それに最近寒くなってきましたし、騎士の方たちに温まっていただきたいですしね」
「なるほど。入れてみよう」
また真剣な表情に戻り、スープに粉末にしたジンジャーを入れていく。
鍋をかき混ぜ香りをかぐとお皿によそってすすっった。
「うん……美味しい。なんか、ほっとする味だ」
「フレドリックさん、お昼食べてないんですよね? スープたくさんありますし、食べちゃいましょうよ。私も食べたいですし」
「ええ?!」
私は二人分お皿にスープをよそうと、厨房から出てテーブルに置いた。
フレドリックさんにも座ってもらい、一緒に食べはじめる。
「美味しいですねぇ。食欲をそそる香りに、体の芯から温まるような、優しい味です」
フレドリックさんの作る料理は本当にどれも美味しい。
このスープもただ野菜を煮込んで味をつけただけでなく、水を入れる前に野菜を一旦炒めて旨味を凝縮させてから煮込んで作っていた。
ちょっとした手間を絶対に惜しまないところをすごく尊敬している。
「アネシスさんはさ、何を考えて料理を作ってるの?」
「え? それはもちろん食べてくれる人のことを考えてますよ」
「そう、だよな。……だから俺はだめなんだ」
フレドリックさんのスプーンを持つ手に力が入る。
こんなに素晴らしい料理の腕を持っているのにだめだなんて、そんなに悲しい顔をするなんて、彼はいったい何を抱えているのだろう。
「フレドリックさんがだめなんてことありませんよ。いつもとても美味しいお料理を作ってくださいます」
「美味しいだけじゃだめなんだ」
「え?」
「親父に、お前の料理は美味しいけど、食べて気持ちよくないって言われたんだ」
「それは、どうしてでしょうか……」
「わからない。わからなくてむしゃくしゃしてる時にここの前料理長に一度王宮を離れて騎士食堂で働いてみないかって言われたんだ」
それで、ここに来たんだ。どうしてフレドリックさんのような方が騎士食堂に来たのだろうかと思っていた。
でも、食べて気持ちよくないとはどういう意味なんだろう。
美味しいお料理は人を笑顔にできると思うし、その実力が十分にあるはずなのに。
「来月、国王皇后両陛下の成婚三十周年の食事会があるんだ。俺も一品任せてもらえるはずだったけど外されたんだ。俺の料理を両陛下に出すことはできないって」
「そんなことが……。お父様から理由は聞いていないのですか?」
「自分で気づかないと意味がないってさ」
それは、そうなのかもしれない。
けれど、料理にたいしてこんなに真剣で一生懸命に向き合っているんだ。
フレドリックさんならきっとできるはず。
「フレドリックさんは、食事会、もう諦めてらっしゃるのですか?」
「諦められるわけないよ。ずっと考えて練習してきたんだ。でも、親父に認めてもらえない以上どうすることもできないんだ」
「良かったら私、お手伝いします。一緒に考えます。だからもう一度お父様にお願いしませんか?」
「でも……いいのか?」
「はい! フレドリックさんにはとてもお世話になってるので私にできることはお手伝いさせてください」
「アネシスさん、ありがとう……」
フレドリックさんが任されていたのは前菜だったそうで、まずは作る予定だったものを食べさせてもらうことにした。
後日、同じものを作ってもらい、試食した。
「両陛下とも卵料理が好きだからキッシュにしたんだ。味も見た目も問題ないと思うんだけど……」
「確かに、なにも文句のつけどころがないほど完璧な仕上がりだと思います」
本当に美味しかった。生地はしっとりサクサクで卵はふんわり、スパイスの味が引き立っている。
これでだめだと言うのなら、味とは関係なく特別な何かが必要ということだろうか……。
「両陛下は卵料理の他に何か好きなものはありますか?」
「他に好きなものか……。お二人ともあまり好き嫌いはされないからな。ワインは好きだけど食事会で出すワインはもう決まってるし、あんまり参考にならないかも」
「そういえば、お二人ともお花が好きじゃありませんでしたか? 王宮の花壇のお手入れも時々お二人がされてるって聞いたことがあるような」
「まあ、よく王宮の庭園を散歩してるのを見かけてたけど。花は関係あるかな……」
「お花、お花……。お花! いいかもしれません――」
◇ ◇ ◇
「できた……!」
「すごい! とっても綺麗ですね」
「料理にそのままの花を使うなんて思いつかなかったよ」
私は両陛下の好きなお花を使って、味も、見た目も、香りも楽しめる卵テリーヌを提案した。
自分でそんなものを作ったことはなかったけれど、フレドリックさんは私の話を聞いてすぐにテリーヌを作り始めた。
卵とチーズをベースにして色とりどりの食用花を入れ、スパイスで味付けしている。
断面によって違った見た目も楽しめるし、ソースと飾りつけにも花を使っている。
味も見た目も申し分ない。
「俺、ここに来て気づけたことがあるんだ。料理はただ美味しいだけじゃだめだって、食べてくれる人のことを想いながら、その人たちにとって特別な料理を作らないとだめなんだって」
私も、フレドリックさんのおかげで改めて感じることができた。
食べてくれる人に喜んでもらえることが作ることの喜びになるんだと。
だから料理は楽しいんだって。
「両陛下への、特別な一品になりましたね」
「ああ。親父にも話したら、食べてみてくれるっていうから今度の休みに行ってくる」
「なんだかドキドキしますね。でも、きっと大丈夫ですよ」
三日後、王宮の厨房スタッフみんなに食べてもらうことになったそうだ。
そこで認めてもらえれば、食事会で提供してもいいのだそう。
「ありがとう。アネシスさんがいなかったら諦めてたよ。俺、頑張ってくる」
フレドリックさんの表情は今までに見たことがないほど生き生きとしていた。
これならきっと、うまくいくはずだ。
次の日、私は嬉しくてフレドリックさんのことをクラージュ様に話していた。
「見た目も味も本当に良いものが出来上がったんです! これできっとフレドリックさんも認めてもらえると思います」
「それは、良かったな」
「それに、私のおかげで良いものができたって言っていただけて、私のような素人でもフレドリックさんのような方のお役に立つことができるんだって嬉しかったです」
「それは、良かった……」
「クラージュ様? なんだかお元気ありませんか?」
返事はずっとどこか上の空で元気がないように見える。
けれど、クラージュ様は暗い表情のまま首を振る。
「いや、そんなはことない」
「そうですか? 何かあればなんでも言ってくださいね」
「ああ。その……フレドリック、のことも落ち着いたようだし、明後日の休みまた一緒にでかけないか。今度は美味しい甘味が食べられるところとか」
「いいのですか? 嬉しいです」
最近、休日もフレドリックさんと一緒にテリーヌの試作をしていて忙しかったので、クラージュ様とお出かけするのは久しぶりだ。
クラージュ様とゆっくり過ごせるのも、一緒に美味しい甘味を食べられるのも楽しみだな。
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