第19話 新しい仲間

 クラージュ様との領地への旅行も終わり、いつもの日々が戻ってきた。

 そして、今日から、食堂に新しい従業員が増える。

 ベルデさんのおじい様、前料理長からの紹介だ。

 

 私はいつも通り食堂の扉を開く。

 まずは掃除から始める。それから設備の点検だ。

 と、思っていたら私の知らない男性が厨房に立っていた。

 どうやら設備を点検? しているみたい。

 一瞬驚いたものの、すぐに新しい人だとわかった。


 男性にしては少し小柄で、中性的な容姿をしている。

 ふわふわのブロンドの髪に、大きな瞳はとても可愛らしく見えた。

 

 自分でいうのもなんだが私は早起きだ。でも、そんな私よりも早くに立っているだなんて。

 すごくやる気のある人が来てくれたみたい。


 よし、私も頑張ろう!


「おはようございます!」

「え? わ、びっくりした」

「す、すいません。驚かせちゃいまして。新しく入ってきた方ですよね? 私はアネシスです。よろしくお願いします」


 まずは挨拶。笑顔で元気よく。うまくやっていくためには第一印象が大事だよね。


「フレドリック。よろしく」


 けれど、返事はとてもそっけないものだった。

 踵を返すようにそっぽ向く。


 ……し、真剣なんだな。

 うん、意識が高いのはいいことだ。


「これから一緒に頑張りましょうね――」

「てかさ、ここの調理器具古くない? 手入れはしっかりされてるみたいだけど、これでいい料理作れるの?」

「……え?」

「ほら、この鍋とか……何世代前なんだ」

「えっと……。問題なく使えていると思いますが……」

「そりゃ使えるのはわかってるよ。質の問題だよ。良い道具は良いものを作る。これ、常識だろ?」


 あまりにも辛辣な言葉に、私は思わず固まってしまう。

 見た目は凄く幼いというか可愛らしいのに、はっきりものを言う。

 確かに調理器具は大事だ。鍋一つで味が変わるとも聞いたことがある。


「ま、物持ちがいいともいえるか。うわ、これなつかし。オルセディック製のやつじゃん。確かに……取っ手は使いやすいか」


 調理器具に凄く詳しいらしい。手にとってぶつぶつと独り言を呟いている。

 もしかすると私に話しかけているのかもしれないけれど、声が小さすぎて聞き取りづらい。


 お料理の経験はある方だと伺っているけれど、歴は長いのだろうか。


 そのとき、後ろの扉が開いた。

 大きな籠を抱えたエレナさんが入ってくる。


「おはようアネシスさん、相変わらず早起きね」

「エレナさんこそ。――あ、卵ですか? 凄く沢山ですね。持ちますよ」

「ありがとう。市場でいいのがあったのよね。思わず買い込んじゃった」


 エレナさんはあれから時々、食堂の仕事を手伝ってくれている。

 手伝い、といってもちゃんとした従業員として接しているが、侯爵家のご令嬢という立場から表立って働きに出ているとは言えないらしい。


 そしてエレナさんもせわしなく動くフレドリックさんに気づいたようだ。

 あっ、と声をあげたので、私が彼に声をかける。


「フレドリックさん、こちらエレナさんです」

「エレナです。よろしくね」

「ん、ああ、よろしく」


 しかしフレドリックさんはそれだけ言うと、先ほどと同じくまた踵を返す。

 私たちは少し顔を見合わせた後、ひとまず朝食の準備を始めることにした。


 今日は、クラージュ様と採ってきた野菜を使ったスープとポークステーキ、卵がたくさんあるのでオムレツを作ろうと話がまとまる。


 フレドリックさんにも伝えると「わかった」とだけ返ってくる。

 まずはスープの下ごしらえをすることになり、フレドリックさんは野菜の皮を剥くといってくれた。


「これ全部か。さすが、騎士団はよく食べるな」


 そんなことを言いながら取り出したのは、革のケースだった。

 丸められたケースを広げると、包丁がビッシリと収納されている。


 一つ一つが銀色に輝いていて、まるで鏡のようだ。もの凄く大事に扱っているのだろう。それでいて、お高いものだと一目見てわかった。


 一つ取り出すと、手際よく野菜を掴み、素早く皮を剥いていく。

 あまりにも自然な流れで、思わず見とれていた。


「とても見事な包丁捌きですね」

「これくらい出来て普通だよ」

「普通ではありませんよ。相当努力されてきたのがわかります」

「え、……あ、ありがとう」


 野菜を切りながら耳を赤くするフレドリックさんは、照れ屋さんなのかもしれないと思った。

 一人で大丈夫だというフレドリックさんにスープは任せ、私とエレナさんでオムレツを作る。


「アネシスさんの作るオムレツ好きなの。私も作れるようにないたいわ」

「エレナさんならすぐに作れるようになりますよ」

「あのふわふわの食感がなかなか難しいのよね」

「コツを掴めば簡単ですよ。頑張りましょう」


 卵を溶き、生クリームやハーブ、塩胡椒などを入れよく混ぜ合わせる。


「混ぜる時に空気を含ませるようにするとふわふわになりますよ」

「空気を、含ませる……」


 エレナさんは私の話に真剣に耳を傾け、一生懸命卵をかき混ぜる。

 それからバターを溶かした鍋に流し入れ、鍋を傾け縁を上手く使いながら半月形に折りたたみ、形を整えていく。


「この、形を綺麗に整えるのが難しいのよね」

「これくらい傾けて、ゆっくり整えてくださいね」


 私とエレナさんは並んで鍋を振る。

 んー、と唸りながらも騎士たち全員のオムレツを作り終えるころには随分と上達していた。


 スープも出来上がったようで、最後にポークステーキを作る。

 フレドリックさんはお肉を目の前に置くと、包丁の背でガンガン叩きはじめた。


「ええ?! あなた、なにしてるの?!」


 あまりにも強い叩きにエレナさんは驚いている。

 私はもしかして、と声をかける。


「これは、お肉を柔らかくするためにしているのですか?」

「そうだけど」

「なるほど……柔らかくするためにしてるのね。びっくりしたわ」


 切り込みを入れると部分的にしか繊維を断ち切ることしかできないけれど、確かにこれだと全体をほぐすことができる。それを伝えると、ふーん、とフレドリックさんは頷いた。


「アネシスさん? だっけ、料理好きなんだ」

「大好きです! 誰かに食べてもらうとき、美味しいといわれたとき、凄く幸せな気持ちになります。特に、大切な人にそういってもらえると……嬉しいですよね」


 そういった後、私はハッとなる。無意識に、クラージュ様のことを思い出していた。エレナさんは気づいたのか笑みを浮かべ、フレドリックさんはクスクスと笑い始める。


「おもしろいね。まあ、そういうのもいいんじゃない。俺とは違うけど、悪くないと思う」


 とても自然な笑顔だった。これが、本当のフレドリックさんなのだろう。

 それからフレドリックさんは、お肉について私たちに詳しく教えてくれた。

 下味の付け方、低温でのコツ、など。


 知っていたこともあるけれど、更に詳しく知ることができて、しっかりと理解した気がする。


「で、最近出たオルトリア製のフライパンはマジで凄いんだよ。熱ムラが少なくて、しっかり中まで火が通って、これがほんと美味しくて! ……いや、何でもない」


 フレドリックさんは本当に料理が好きなのだろう。少し声を上げて説明してくれた後、恥ずかしそうに頬を赤らめる。


 焼きあがったステーキをお皿に乗せ、ガーリックソースをかけて完成。


「いい香りね。オムレツもうまくできたし」

「はい! 美味しそうです!」

「なあ、これ味見していいか?」


 フレドリックさんは私たちの作ったオムレツを指さす。

 いつも人数分より多めに作ってはいるので、それをお皿に取り分けて渡した。

 香りをかいで、スプーンで優しく撫でてから、小さくすくって口に入れる。


「……ふーん、見た目は改良の余地があるけど、なかなか美味しいじゃん」

「改良の余地ってなによ」

「これ、チーズも入ってるね。味にコクがでて食感もふわふわになってる。どっちが考えたの?」

「二人よ」


 エレナさんは口を尖らせるが、フレドリックさんはそのままオムレツを食べながら話を続ける。


「少し硬めのチーズととろっとした柔らかいチーズの二種類入ってるんですよ。エレナさんと一緒にもっと美味しくしたいなと話し合ったんです」

「へえ。二種類も使ってるんだ。だから食感がいいんだ。やるじゃん」

「フレドってなんか上から目線よね」

「な、なんで急に愛称で呼ぶんだよ!? ちゃんとフレドリックって呼べよ」


 なぜかフレドと呼ばれるのが嫌らしく、途端に機嫌が悪くなる。

 けれど、エレナさんは気にしていないようだ。


「あら、いいでしょ別に。なんだか弟みたいなのよね。……ん? フレド? フレドってフレドリック・オルコットって名前?!」

「……そうだけど」

「ええー! うそ! そうだったの?」

「別に何でもいいだろ」

「えっと……、私全然話についていけないのですが」

 

 エレナさんはフレドリックさんの姓を聞き驚いている。

 知っている名前みたいだ。

 もしかして有名な方なのだろうか。私にはわからない。


「彼は王宮料理長を務めるオルコット公爵の息子で時期料理長よ」

「ええ、そうだったのですか?!」


 オルコット公爵家は代々王宮料理長を務める家系らしい。

 フレドリックさんはきっと幼い頃から修業を積んできたのだろう。

 だからあんなに料理が上手で知識も豊富なんだ。


「オルコット公爵とはよく会うのだけど、息子のフレドがっていつも言ってたのよ」

「親父、なんか俺のこと言ってたか?」

「んー。才能はある、って言ってたかしらね」

「才能は、あるね……」


 フレドリックさんは少し暗い顔をする。

 そういえば、時期料理長になるような人がなぜ、騎士食堂に来てくれたのだろう。

 人手不足とはいえそんなすごい人が来るなんて思っていなかった。


「才能は、あるってなんだか意味深ね」

「別に普通に才能があるってことだよ」

「なんにせよ、とても心強いです。これからよろしくお願いしますね」


 今まで一人で仕事をこなしていたのが噓のように賑やかになった。

 フレドリックさんは私の知らない知識や経験をたくさんもっているようだし、しっかり勉強させてもらおう。それで、もっともっと料理の腕を上げよう。

 これからのことを考えるとなんだかワクワクした。



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