第17話 ヴァルディ領
ぽかぽかと暖かい陽気に、緑が豊かで穏やかな土地。
ヴァルディ公爵領に着くとすぐに、露店が立ち並ぶ商店街が出迎えてくれた。
街を抜けると住宅街、その奥に広大な畑が広がっているらしい。
「とても活気があって賑やかな街ですね」
「農業が盛んな土地だからな。いろんな食材を求めて商人が出入りすることも多いんだ」
露店では新鮮な野菜や果物、それらを調理したもの、保存食用に加工されたものなどがたくさん売られている。
異国の服を着た人も多く居て、珍しそうに食材を見ていた。
私とクラージュ様もゆっくりと街を見てから畑へ行くことにした。
しばらく歩いていると、少し先から何やら言い争う声が聞こえてくる。
「これ以上は無理ですっ」
「なんだとお! わざわざ国を越えて買いに来てやってるというのに」
「ですが、全てをお売りするわけにはいきません」
異国の商人らしき人物が買い占めをしようとしているようだった。
お店の若い女性はその高圧的な態度に困っている。
「こんな店、商売できないようにすることだってできるんだぞ。いいから早く全部渡せ!」
商人は拳を振りかざそうとしていた。
女性は怯え、身を震わせている。
「クラージュ様、助けにいかなければっ」
「大丈夫だ。心配ない」
「えっ?」
するとそこに、二本の剣が交わったヴァルディ家の紋章が入ったベストを着て、腰にはメイスを携えた男性がやってきた。
「あの方は?」
「この街の自警団だよ」
「自警団……」
男性は商人の手を掴み捻りあげる。
商人はその痛みに声をあげた。
「いたいっ! なにをするんだ!」
「商売できなくなるのはどちらでしょう」
「なんだお前は!」
「最近、買い占めを行い他国で高額で売りつける悪徳商人がいると各地で注意喚起が出されている。あなたのことでしょう」
「違う! 俺は全うな商売をしている」
「こんなことをしておいてなにが全うな商売だ! 少なくともこの国ではもう商売はできないだろうな」
暴れる商人を取り押さえ、護送馬車に乗せると馬車はそのまま走っていった。
さすが、ヴェルディ家の領地は自警団の整備もしっかりしているんだ。
安心した女性は笑顔を取り戻し、自警団の男性に頭を下げている。
「ありがとうございました」
「大丈夫? 怪我は?」
「大丈夫です。商品もこの通りです!」
「良かった。何かあったらすぐ知らせてね」
本当に何事もなくて良かった。
一時騒然とした商店街だったが、また賑わいを取り戻す。
そしてクラージュ様は自警団の男性に声をかけた。
「さすがだなシオン」
「クラージュ様! お久しぶりです」
「悪質な商人が国を出入りしているとは聞いていたが、うちの領地にも現れるとは」
「ちょうど、警戒していたところなんです」
「被害が出る前に捕まえてくれて助かった、ありがとう」
「これが俺たちの仕事ですから! それよりクラージュ様、また手合わせお願いしますよ!」
先ほどの毅然とした逞しい姿とは変わり、シオンさんは人懐っこい笑顔でクラージュ様に手合わせをお願いしている。
クラージュ様は優しい表情を向けながら、ああと頷く。けれど、ハッとしたように私を見ると少し顔を赤くしながら首を振った。
「すまないシオン。今日は……こ、婚約者と一緒に来ているから、また次回にしてくれ」
何をそんなに照れているんだろうと思ったけれど、言われてみてればちゃんと婚約者としてこんなふうに紹介されたことは今までない。
慣れない紹介に緊張しているのかな。
「はじめまして。アネシスと申します。よろしくお願いします」
「はじめまして! 俺はヴァルディ領自警団団長のシオンです!」
元気いっぱいのシオンさんは可愛らしい笑顔で挨拶してくれた。
「クラージュ様が婚約者されたことは噂になってましたけど、こんなに可愛らしい方とは! クラージュ様やりますね! 街のみんなも婚約されたことに喜んでますよ!」
「シオン、少し落ち着け。まあ、アネシスが可愛いのは……事実だが」
「ク、クラージュ様……」
二人の会話に私まで恥ずかしくなってくる。
でも、こうして領地の親しい人に婚約者として紹介されたことが素直に嬉しい。
期間限定の婚約であるため、表立って婚約者と名乗る機会も少なかった。
なんだか、本当の婚約者になったような、そんな気持ちになる。
「じゃあ手合わせはまた今度願いします。ところで、今日はお二人でなにかご用事でも?」
「このまま畑に行くんだ。新鮮な野菜を採って帰ろうと思ってな。シオンの親父さんの畑にもおじゃまするよ」
「そうなんですか! このあと交代なんで俺も畑行きます!」
「え?! いや、別にお前は来なくても――」
「じゃあまた後で!」
シオンさんは話も途中に走って行ってしまった。
「とても明るい方ですね」
「ああ。騒がしいやつだが、剣の腕と正義感は強い、頼もしいやつなんだ」
そして私たちも畑へと向かって歩いていった。
時折、街の人たちに声をかけられる。
「クラージュ様! 今年のイチジクはとっても甘いですよ!」
「それはいいな。食べてみるよ」
「先日いただいた農機で収穫が随分と捗るようになったんです! ありがとうございました」
「ああ。また何か必要なものがあれば言ってくれ」
クラージュ様も一人一人丁寧に返事をする。
みんなに慕われているんだな。
街を抜け、住宅街を過ぎると先が見えないほどの広大な畑が広がっていた。
区画ごとにさまざまな野菜が植えられていて、奥には果物の木がたくさん茂っている。
「すごいですね! こんなに広いと思っていませんでした」
「昔、この土地は荒れ果てた戦地だったんだ」
「ここが、戦地……? 想像がつきません」
「戦争時代、王都に攻め込まれるのをこの土地で防いだ初代ヴァルディ家当主が、そのままここの統治を任された。温和な気候を活かして農業の盛んな土地にしたんだよ」
「そうだったのですね。荒野をこんな豊かにするには相当な努力も必要だったでしょう」
「俺は、代々受け継がれているこの豊かな土地を守っていきたいんだ」
時期ヴァルディ公爵家当主としてのクラージュ様を見た気がした。
騎士として王都で仕事をしているときとはまた違った顔をしている。
そんなクラージュ様をこれからもずっと、ずっとそばで見ていたいな、なんて思った。
当主になるころには私以外の誰かがそばにいるのだろうけど……。
だめだ、また暗いことを考えている。
クラージュ様のお気持ちの整理がつくまで、一緒にいられる時間を大切にして、楽しもうって決めたんだから。
「クラージュ様、私先ほど聞いたイチジク食べてみたいです」
「ああ。好きなだけ食べるといい」
「あと、食堂でポタージュスープを作りたいのでお野菜も欲しいです!」
「ポタージュスープか、それは楽しみだな」
せっかく連れてきてもらったんだ。この豊潤な畑を満喫して帰ろう。
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