第12話 公開演習 

 朝、いつも通り食堂での仕事を終え団員たちを見送ったあと、大きな籠を取り出す。


 今日は公開演習の日だ。

 私は団員たちのためにお弁当を作って持っていくことにした。


 朝食を作る時に一緒に仕込んでおいた鴨のローストを薄く切る。

 今朝仕入れた新鮮な野菜とチーズ、特製ガーリックソースをかけてパンに挟んでいく。


 それから卵を溶き、生クリーム、塩胡椒を入れよく混ぜ合わせる。

 バターを溶かした鍋に流しいれ、折りたたみながら形を整えていく。

 いつもはフワフワにするけれど、今日は少し固めに焼いて適当な大きさにカットする。


 最後に昨日から煮付けておいたりんごのコンポートを瓶に詰める。


「あとは……」


 朝食で出したニシンのムニエル、の切れ端が目に入った。


「やっぱりクラージュ様にはこっちも作っていこう。あ、あれも入れよう――」



 いろいろと作り込んで準備しているうちに時間ぎりぎりになってしまった。

 支度を終えた後、以前買ってもらったブルーのワンピースに着替え、急いで闘技場へと向かう。


 入り口でクラージュ様からもらった招待状を見せるとすぐに中に入れてもらえた。

 観覧席にはすでにたくさんの人が集まっていた。

 招待客だけ、ということもあり騎士たちの家族や貴族階級の人間ばかりだ。

 私なんかがここにいていいのか不安になりながらも指定された席に座り、闘技場を眺める。


 その荘厳な空間に思わず息をのんだ。

 円形にそびえ立つ観覧席、砂の舞う闘技場は想像していたよりも広く、厳格な雰囲気を醸し出している。

 

 すでにそれぞれの騎士団が隊をなして並び、まさに今から開会の儀が始まるところだった。


「間に合ってよかった」


 席の正面に近衛騎士団が並んでいる。

 その先頭に、クラージュ様がいた。

 いつもよりも凛々しく、それでいて真剣な表情を浮かべている。

 

 近衛騎士団の横には第一騎士団、反対隣に第二騎士団が並ぶ。


 そして一番先頭中央に、全ての騎士団を統べる騎士団総長、クラージュ様のお父様であるヴァルディ公爵がいた。

 初めてお顔を拝見するけれど、キリッとした表情がクラージュ様によく似ている。


 総長の指揮により、公開演習が始まる。


 あらかじめ、どんなことをするのかクラージュ様から聞いていた。


 まず初めに、全騎士団による演武がある。

 毎年この演武の出来で、騎士団の統率が取れているか、団結力はあるか判断されるらしい。


 その後、昼休憩を挟んで団対抗の模擬戦闘を行う。

 模擬といっても、本気でぶつかり合う、本気の戦いだと言っていた。

 

 怪我をしたりしないのだろうかと心配になっていると『いつ何時も真剣に取り組まなければいざという時に体が動かない』とクラージュ様が言った。

 その言葉に騎士という仕事の大変さを考えさせられた。


 そんなことを思い出していると演武が始まった。


 全団員が等間隔に並び、各団長の号令で剣を抜く。

 同じタイミング、同じ高さ、同じ角度で抜かれた剣は空を突き刺すように構えられる。

 その、一糸乱れぬ統一感のある動きに一瞬で心奪われる。


 そして次の号令がかかった瞬間、それぞれの剣が光を帯び、各々持つ属性の魔力が空に放たれた。

 水、火、土、風。

 空高く舞い上がり渦を巻く。混ざり合い、弾け、星くずのように降り注ぐ。

 膝をしならせ、剣を引き構え、大きく振りかざす。

 魔力の星は切り裂かれ、光となって消えた。


「すごい……」


 魔法を見るのは初めてだった。

 人は生まれながらに四属性いずれかの魔力を持っているという。

 けれど、体の筋肉と同じように使わなければ衰え増えることはないし、逆に鍛えれば鍛えるほど魔力量は増え、質の良いものになっていく。

 生活水準の向上や技術の発展で、日常生活において魔法を必要とすることが少なくなり、一般的に魔力を鍛えるということはしなくなっていた。


 現在、魔力を鍛え、魔法を使いこなせるのは、騎士団や冒険者、魔法使いなど一部の職業の人たちだけだ。


「おおー!!」

「きれい」

「かっこいい!」


 観客もみんな拍手をしながら団員たちの演武を讃えている。

 その後、息つく暇もなく隊列を変え、二人一組で向かい合うと剣を交える。


 クラージュ様は第一騎士団長と向かい合っていた。

 互いに剣に水の渦を纏わせ、付かず離れずの距離、肌に触れるか触れないかのぎりぎりを攻めながら剣を交えている。


「すごい……」


 さっきからすごい、しか言葉が出てこない。

 演武のことも、戦闘のこともなにもわからない私が見てもその動きは圧巻で、クラージュ様がどれほどの実力を持っているかがうかがえる。

 

 集中した、真剣な表情に見惚れてしまう。

 それは周りの人も同じのようだ。むしろ周知の事実のようで。


「クラージュ様、今年も素敵ね」

「昨年よりも腕を上げたのではないだろうか」

「第一騎士団長様との息もぴったりで見ていて惚れ惚れしますね」


 クラージュ様が褒められていると、なんだか私もうれしくなった。


 そして号令がかかると一斉に動きを止め、隊列を戻す。

 揃って一礼すると、行進しながら左右に分かれ、退場していく。


 観客たちは立ち上がり、拍手で見送っている。


 私も同じように立ち上がり、拍手を送る。

 すると、ちょうど客席の下を通るクラージュ様と目が合った。

 私に気づき、フッと目を細める。


「きゃー! クラージュ様が私を見て笑ったわ!」

「いえ、私を見たのよ!」

「あんなに優しく笑うクラージュ様初めて見ましたわ!」


 近くにいたご令嬢方が嬉しそうに会話している。


 私を見て笑ってくださったのかと思ったけれど、違うのだろうか。

 いや、きっとそうだ。だって、仮にも婚約者なのだから。


 騎士たちが退場すると、私は急いで観覧席を出る。

 次の模擬戦闘が始まるまでの昼休憩の間、待機場に来てもいいと言ってもらった。

 作ってきたお弁当を持って、教えてもらった近衛騎士団の待機場へと向かう。


「みなさん、お疲れ様でした。とてもすごかったです! 見ていて感動しました!」

「アネシスちゃんありがとう!」

「でしょでしょ! 俺カッコよかったでしょ!」


 演武の時はみんな別人のようにキリッとしていたが、今はいつも通りにこやかな表情で休んでいる。

 ベルデさんがいたころはあまりみんなと会話する機会があまりなかったけれど、最近は食堂で他愛のない話をしたり、それぞれの食事の好みを聞いたりと仲を深めていた。


「アネシス、来てくれてありがとう」

「クラージュ様、お誘いいただきありがとうございました。みなさんのお仕事をしている姿を見られて嬉しいです」

「みんな、か……」

 

 心なしかクラージュ様はしょんぼりしているように見える。

 先ほどまでの真剣な姿とは違い、少し可愛い。でもどうしたんだろう。

 

「アネシスちゃん、クラージュはね、自分だけ見て欲しいと思ってるんだよ」

「えっ?」

「キース! 余計なことを言うな!」

「自分の一番格好いい姿を見てもらいたくて今日呼んだんでしょ」


 なんだ、そういうことか。

 クラージュ様はきっと褒めて欲しいんだな。


「クラージュ様、とっても素敵でしたよ! 格好よかったです! お昼からの模擬戦闘も楽しみにしています」

「あ、ああ。ありがとう」


 今度は少し恥ずかしそうに頷いた。本当に可愛らしい。

 周りのみんなは微笑ましそうに見ていた。


「あ、そうだ! これ、お弁当を作ってきたんです。みなさんで食べてください」

「おお! ありがたい!」

「やったー! アネシスちゃん最高!」


 持ってきていたお弁当の籠を渡し、それぞれ手に持っては嬉しそうに食べ始める。

 そして、クラージュ様には別に入れてきていた籠を渡す。


「クラージュ様、これどうぞ」

「これは?」

「余りもので申し訳ないなとは思ったのですが、こちらの方がお好きかなと」


 中にはニシンと山菜のサンドイッチと、焼きりんごが入っている。

 甘いジャムのようなコンポートより、甘さは控えめで食感がいいフルーツ好きだと言っていたのを思い出し、朝りんごを焼いてシナモンで味付けした。

 

「余計だったでしょうか?」

「いや、嬉しい。ありがとう」

「へえ、クラージュだけ特別メニューなんだ」


 顔を綻ばせながら籠を覗くクラージュ様。

 その横からキース様がりんごに手を伸ばそうとする。


「だめだ」

「いいでしょ一つくらい」

「全部俺が食べる」

「けちだなあ」


 二人のやり取りが微笑ましい。


「今度食堂のメニューで出しますね」

「アネシスちゃんは優しいね。ありがとう」


 みんな、美味しそうに食べてくれている。

 クラージュ様も黙々と、それでいて嬉しそうに頬張っていた。


 その時、後ろから声がした。

 

「キース!」


 振り返ると、小柄で可愛らしい女性がいた。

 隣にいるキース様を見ると、酷く怪訝そうな顔をしている。


「エレナ、来るなと言ったはずだ」


 そして、いつもにこやかで優しいキース様から聞いたことのない冷たい声がした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る