第13話 キースの婚約者
「エレナ、来るなと言ったはずだ」
キース様の冷たい声が響く。
今までにこにこと美味しいそうにサンドイッチを食べていたのに。
その変わりように緊張感が走る。
「いいじゃない。私、毎年公開演習楽しみにしてるの」
「そもそも招待状を渡してないだろ」
「あなたのお母様から頂いたのよ。楽しんできてねって言っていただいたわ」
「だからって何の断りもなく」
「言ったって、来るなって言うだけじゃない」
「はあ、もういい。勝手にしろ」
キース様は不機嫌な様子でそのまま行ってしまった。
エレナさんという女性はキース様の後ろ姿を見て小さくため息をついている。
私も、みんなも何も言えず、二人を静観するだけだった。
その後、休憩時間が終わり、みんなは闘技場へと戻った。
私も観覧席に戻り、模擬戦闘を見ている。
今は第一騎士団と第二騎士団が対決しているところだ。
それにしても、先ほどのキース様には驚いた。
いつもにこやかで優しいキース様があんなに冷たく女性にあたるなんて思っていなかった。
そして私は隣に座るエレナさんに視線を向ける。
すぐに視線に気づいた彼女は柔らかく微笑んでくれた。
「さっきはごめんなさい。楽しんでいるところ申し訳なかったわ。あなた、クラージュ様の婚約者よね。アネシスさん、だったかしら」
「あ、はい! エレナ、さん、ですよね」
「嬉しい。知ってくれてたの」
「はい。クラージュ様からお聞きしています。キース様の婚約者だと」
「そうね。ま、それもいつまで続くのか……わからないけどね」
「え?」
「いえ、なんでもないわ」
エレナさんは侯爵家のご令嬢でキース様の婚約者だとクラージュ様が教えてくれた。
正直、キース様に婚約者がいるとは思っていなかった。そんな話を聞いたことはなかったから。
でも、よく考えるとキース様も侯爵家の跡取りだ。婚約者がいてもおかしくはない。
けれど、二人の様子はどこかおかしかった。
「アネシスさん、食堂で働いているんでしょ? 団員たちが食べてたお弁当すごく美味しそうだった」
「ありがとうございます。昔から料理が好きなんです」
「美味しい料理でクラージュ様の胃袋をがっちり掴んだのね」
「掴んだのかはわかりませんが、よく褒めてくださいます」
「羨ましい。私、料理は全くしてこなかったから。今からはじめても遅いかしら」
「始めるのに早いも遅いもありませんよ。お料理は愛情ですから」
「愛情かあ。お料理、はじめてみようかしら」
侯爵家のご令嬢なら、家には専属のシェフもいるだろうし料理をする必要はないだろう。
それでも料理をしてみたいという彼女になんだか親しみを感じた。
高貴な身分でありながら、気取らず、私にも分け隔てなく接してくれる、とても良い方だ。
「あ、近衛騎士団と第二騎士団の対戦が始まります。はじめはクラージュ様が出るみたいですね」
「初戦から団長同士の戦いなんて見応えありそうね」
相手の団長は大柄で屈強な身体つきをしている。捲り上げた袖からは大きく盛り上がった上腕筋が露わになっていた。
「いつも大きいなと思っていたクラージュ様が、なんだか小さく見えます」
「確かに身体の強靭さでいうと第二騎士団長が全騎士の中で一番かもしれないわね。でも、身体の大きさがそのまま強さになるってわけでもないのよ」
お互いに剣を構える。
開始の鐘が鳴った瞬間、クラージュ様はものすごいスピードで第二騎士団長に詰め寄る。
水を纏った剣を振りかざしながら、飛沫をあげる。第二騎士団長は一度攻撃を剣でかわすと距離を取り、地面に手をかざす。すると土の壁がめきめきと造られ、クラージュ様の水の剣は届かなくなる。
「第二騎士団長の属性は土なの。あの身体みたいに強固な土壁を作り出すのが得意なのよ」
「そうなのですね。すごい……」
「でも、クラージュ様のほうがもっとすごいわよ」
クラージュ様は剣をギュッと握り直す。
すると水を纏っていた剣は一瞬で硬い氷の剣へと変化した。よく見ると足元も氷で覆われている。まるで滑るように走るクラージュ様。
さっきまでも速かったのに、さらに動きが速くなり目で追うのがやっとだ。
第二騎士団長はいくつもの土壁を造り、死角から攻め込む。
クラージュ様はそれをかわし、氷の刃を突き立てる。
そしてまた土の壁によってかわされる。
クラージュ様は一度体を引くと真っ直ぐに土壁に向かって走り、剣を垂直に構える。
力をスピードに乗せ、一気に切り込んだ。
土壁は大きな音を立てて崩れ、目の前にいる第二騎士団長の鳩尾を剣の柄で強く突く。
第二騎士団長は大きく突き飛びそのまま仰向けに倒れた。
そこで、終了の鐘が鳴った。
「あー。今年も負けかあ」
「昨年よりも随分と強固な壁になってたぞ」
「一突きで壊したくせによく言うぜ」
クラージュ様は第二騎士団長の手を取ると互いに褒め称え、一戦目が終わった。
「お二人とも強かったですね。第二騎士団長のほうが優勢かと思っていたのですが」
「クラージュ様ははじめに、剣をふりながら水を撒いてたのよ。それが勝敗を分けたのね」
「水を撒く、ですか?」
「第二騎士団長の土壁はこの闘技場の土を使って造られてるわ。水を撒いておくことで強度を弱めてたのよ」
「そんなことを考えなから戦ってたのですね」
そもそも、氷魔法を使えること自体すごいことだと言っていた。
水属性の魔力を持っていても、膨大な魔力量、繊細なコントロール能力、経験値がなければ氷魔法を使いこなすことはできないという。
「はじめから氷魔法を使わないところが策士よね」
「エレナさんは魔法にお詳しいのですね」
「実は私も少しだけ使えるのよ。魔法」
「え?! そうなのですか! すごいです」
「ほんと少しだけだよ」
「それでも魔法が使えるなんて相当努力したのではないですか?」
「それは、そうね。たくさん勉強もしたし、必死に魔力も鍛えたわ」
魔法を使えるなんて誇らしいことなのに、エレナさんはどこか寂し気な表情だった。
その後もエレナさんから魔法についていろいろ教えてもらいながら、騎士たちの白熱した戦いを観た。
ただ、キース様のときだけはただ黙ってじっと見つめるだけだった。
その横顔は儚げで、何か思いつめているようで、声をかけることなんてできなかった。
全ての演習が終わり、エレナさんと並んで観覧席を出る。
「公開演習、初めて観ましたがとても感動しました」
「そうよね。何度見ても心揺さぶられる。まあ、私は来るなって言われてるんだけどね」
幼馴染で、婚約者。お互い侯爵家で身分に対するわだかまりもない。
エレナさんがキース様を嫌っている様子もないけれど、どこか気を遣っている。
キース様もエレナさんに対してだけは、らしくない態度をとっている。
こんな素敵なエレナさんに、なぜキース様はあんなにも冷たくあしらうんだろう。
それがすごく気になった。
「アネシスさん、ありがとう。一緒に観られて楽しかったわ」
「こちらこそありがとうございました。エレナさんのお話、とっても面白かったです。私も魔法のこと勉強したくなりました」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。私もお料理の勉強しようかな」
「あ、そうだ! よかったら一緒にお料理しませんか? 私の自己流でよければお教えできます」
「本当に?! すごく嬉しい。ぜひお願いするわ」
そして私たちは後日、一緒に料理をする約束をして闘技場を後にした。
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