勇者は強者たれ

 世莉架はハーリアを支えて歩いていたが、時間短縮のために途中でハーリアをおんぶして役所前に向かった。

 その最中、ハーリアは世莉架の体温を感じて何か思ったのか、世莉架を少し強めに抱きしめていた。

 ハーリアは別に小さい子供な訳ではないため、普段であればその状態で街を歩いたら注目を浴びてしまうだろう。

 しかし、今は非常事態。誰も彼もが焦りと不安の表情で慌ただしく動き回っているため、世莉架達をわざわざ気にする人はいない。


「ごめんなさい、遅くなったわ」

「いいえ、大丈夫よ」


 役所前に着くとそこにはメリアスがいたが、既に民衆は解散しており、勇者や兵士や冒険者の姿は少ない。状況説明をしていた男性もいなくなっている。


「ハーリア……」


 世莉架の背中でぐったりしているように見えるハーリアを見て、メリアスは少し悲しげに名前を呼ぶ。


「大丈夫、おぶっていたら途中で眠っちゃったのよ。精神的に酷く疲弊している時はとりあえず眠るだけでも案外回復するものよ。起きたら話をしてあげて」

「えぇ」

「それで、随分静かになってるけど、ここにいた人達はどうしたの? 話は聞いた?」

「あぁ、それが……」


 メリアスによると、世莉架が役所前を離れた後に民衆は困惑しつつも避難の準備や状況を人に伝えるために各々離れていった。その場にいた兵士や冒険者達は一度集められたが、今後についてはまだ決まっていないため、役所の中で会議をすることになったという。

 冒険者協会との連携を図るという発言からも、その場にいなかった冒険者達もいずれ集まってくることだろう。


「それなら中に入って先に話を聞いていればよかったのに」

「最初はそうしようとも思ったんだけどね。多分だけど、あれだけの人数で作戦を立案しようとしても話なんてまとまらないだろうし、結局一部の実力者や権力者が決めるでしょう」

「まぁ、それはそうかもね。けど、それでもわざわざ外にいなくても良かったのに」

「役所は中も大きいし、すぐに合流するためには外で待つのが一番だと思っただけよ」

「そう。ありがとう」


 ハーリアを背負う世莉架はメリアスと共に役所の中へ入っていった。

 受付嬢に冒険者達がどこにいるのかを聞き、教えられた部屋へと向かう。そこはとても兵士や冒険者達が全員入れるとは思えない広さの部屋で、恐らく大半は別の部屋で待機していることだろう。つまり、待機室ではないということだ。


「えっと……」


 何故、待機室ではないことが分かるのかと言えば、当然実際にその部屋の中を見たからである。つまり、冒険者の実力者や街の権力者達、それに勇者の二人が難しい顔で話し合っている会議室の扉を先頭にいたメリアスが遠慮なく開けてしまったのだ。

 受付嬢も突然訪れた緊急事態に混乱していたのかもしれないが、教える先を間違えてしまったようだ。


「ん? 君たちは……」

「すみません、私達は冒険者です。待機室に行くつもりだったのですが、どうやら間違えてしまったようです。失礼しました」


 メリアスは冷静に頭を下げて謝り、扉を閉めようとする。


「待ってくれ」


 そこで待ったをかけたのは勇者である二人の双子の兄、アルファだった。


「冒険者ということだけど、初心者か?」

「まぁ、そうですね」

「そうか。そういう奴の方が意外と新鮮なアイディアを思いつくかもしれないな。参加してもらっても別にいいんじゃないか?」


 そんな風に話すアルファを見て、役所前の民衆の前でスピーチをした時とは大分異なる印象を世莉架達は受けていた。やはり大勢の前で真面目なことを話すのが得意なタイプではないようだ。


「いやいや、流石にそれは無理ですよ。新鮮なアイディア自体は歓迎ですが、もっとゆとりのある状況でないと。まずは今のメンバーで早急に対策を取りまとめなければ」

 

 すると一人の男性がアルファの案を否定する。そもそも世莉架達に会議に参加する意思はないため、それで全く構わなかった。


(私にとって都合の良い対策案は一応考えられるけど、まだまだルインの周辺については詳しくないし、この街について、戦力について、色々な詳細な情報が足りない。そもそも私みたいな冒険者なりたてのヒヨッコの意見なんて聞き入れようとは思わないのも当然ね。とりあえず彼らの考えた対策案を聞いてからどう動くか決めるのが良さそうね)


 そうして世莉架達は会議部屋を出ていき、他の兵士や冒険者達が待機している大部屋で大人しく待つことにした。

 待っている間も兵士はただ部屋の中で大人しくしている訳ではなく、外に出たり入ってきたりと慌ただしくしていた。

 冒険者達は冒険者達でこれからどうするかを各々考えているようで、空気は重いものの大分賑やかな空間ではあった。

 世莉架達は部屋の隅っこの方で固まっており、たまに話はするが基本は静かにしていた。

 そうして外が完全に暗くなり、夜が訪れた頃、ついに会議が終わった勇者達が部屋に入ってきた。


「皆さん、会議が終わりましたのでこれからについてお話しいたします! ここでは全員に話をすることができないので、皆さん一度外へ出てください」


 冒険者協会などの色々な場所へ協力要請されているため、先ほど役所前に集まることができなかった冒険者達や兵士達も段々と役所に集合し始め、とても入りきらない人数になっている。

 そのため、外で会議内容を話すようだ。


「それでは、これより作戦内容をお話しします」


 そうして外に出た世莉架達は作戦内容を聞くことになった。



 **



 勇者は、誰にでもなれる訳ではない。勇者に必要な素養はいくつかあるが、やはり実力と実績は特に重要視される。

 実力といっても、ただ戦闘神法が使えて戦いに長けていれば良い訳ではない。洞察力、状況判断能力、そして最適解を導き出す思考力とそれを実現できる優秀な能力。

 更に言うと人々のピンチに迷いなく手を差し伸べられるような人間性も必要とされている。ただ現存する勇者は誰も彼も個性的で、果たして本当にそういった人間性があるかと問われると首を傾げてしまう人は少なくないだろう。

 だが、それでも人気があり信頼されているのはやはりその圧倒的な実力と実績からくるものだ。

 そんな勇者になる方法としては、まずはその国の王や政治家などの権力者が推薦し、その次に同盟国からの了承を得て正式に勇者という称号を得られる。

 勇者は存在するだけで民衆のヒーローであり、一種の心の拠り所でもある。この国には勇者がいるから何があっても大丈夫、そう思われているのだ。

 それ故に、勇者の感じるプレッシャーというものは非常に大きく、一度の失敗でも多くの人々に失望されてしまうことだってある。

 勿論、その程度で折れるような者はそもそも勇者になることはできないが、それでも絶対はないのだ。


「ふぅ……」


 勇者であるアルファ・ケイは役所前での作戦の説明が終わった後、勇者に急遽用意された個室にて肩の力を抜いていた。


「お疲れ様。よく頑張ったじゃない」

「お前もな」


 その個室にアルファの双子の妹であるエルファ・ケイが入ってきた。双子ということもあり、気疲れもせず気を抜いて接することのできる相手だ。


「今は少しでも休憩して英気を養わないとね」

「そうだな。にしても、運が無かったな俺達」

「まぁ、こんなことになるなんて予想できる訳ないでしょう。それに私達は勇者。こんな危機的状況に置かれている街を見捨てて逃げるなんて許されないわ」

「へいへい」

 

 少し気怠けなアルファに対し、エルファはため息をつきながらアルファの隣の椅子に座る。


「やっぱ向いてねぇな、勇者」

「その気持ちは私も分かるけどね」

「お前はマシだろう。俺は向いてない」

「はぁ、またその話? 散々話して決めたことでしょう」


 アルファは元々勇者になりたかった訳ではない。それはエルファも同じである。だが、二人には他の追随を許さないような才能があり、それをしっかり開花させることができたのだ。そうして賜ったのが勇者という輝かしい称号である。


「そうだけどよ。やっぱり人前で何か立派なことを話すような真似は向いてない」

「そうは言っても、皆を安心させるためにも、勇者である私達の言葉は必要。諦めて」

「けっ、お前だって苦手な癖に」

「えぇ、苦手よ? でもやらない訳にはいかない」


 勇者は必ずしも目立ちたがりという訳でもない。アルファとエルファは人前はむしろ苦手な方だ。

 いくら勇者でも完璧超人ではない。だが完璧超人を求められてしまうことも仕方がないことではある。


「そんで、今回の作戦、どう思う?」


 するとアルファが少し真剣な口調でエルファに問いかける。


「悪くないと思うわ。けど、流石に時間が足らなかったわね。もっと詰められる部分があったと思うけど」

「そうだよな。今回の規模はこれまで俺達が経験したことないものになる可能性がある。しかもそれがこんなデカい街で起こるなんてな。全員を守り切ることは正直難しいだろうな」


 大国フェンシェントの中でもトップクラスに大きい街であるルインは非常に広い。

 危険生物の大群が実際どう通っていくのかは不明だが、勇者であってもとても二人だけでカバーできる規模ではない。だからこそ、作戦を定めて冒険者や兵士にも働いてもらわないといけないが、それでも全員を守るというのは理想論だろう。


「ルインは大きい街だから、実力者も結構多い。兵士もよく訓練されていると思う。後は私達が活躍して士気を上げないとね」

「そうだな。できることは最大限するとしよう」


 二人はまだまだ若いが、既に勇者になれていることからも、それだけ濃密な経験をしてきたということである。

 このような状況でも冷静で自分達の役割を分かっているのだ。これは一朝一夕で身につくような落ち着きではない。数多の苦難を乗り越えてやっと得られるものである。


「ん、誰だ?」


 二人が話をしている時、部屋がノックされた。

 誰が来たのか確認するためアルファが部屋を開ける。


「あ、君は……」


 そこに立っていたのは、世莉架だった。メリアスやハーリアはおらず、一人でそこにいる。

 二人は会議室で会議していた時に突然入ってきたメリアスと世莉架を見ているため、見覚えがあった。


「すみません、少しお二人と話したくて……。今お時間よろしいでしょうか」


 丁寧に話す時間が欲しいことを伝えると、アルファはエルファの方を向いた。


「別に構わないけど……。確か冒険者だったわよね?」

「はい、まだ冒険者になったばかりの初心者ですが……」

「そう。まぁ入って。この後私達はやることがあるけど、少しだけなら話せるわ」

「ありがとうございます」


 元々勇者である二人に積極的に関わりに行くつもりはなかった世莉架だが、作戦について、そして二人との関係構築について考える部分があり、わざわざ二人のいる部屋を特定して訪れたのだ。


「それでは……」


 そうして世莉架は勇者二人に話を始めた。

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