望まぬ対面
世莉架は周囲に誰もいないことを確認しつつ、全く音を立てずに階段を登っていく。
ハーリアの両親は屋根裏部屋にいるとの情報を得ている。家の構造的に、横に広いが二階建ててあり、その上に屋根裏部屋があるということになる。
ハーリアの両親が家を建てる時に人攫いといった裏社会との繋がりを意識したのかは不明だが、もしそうなら寝室の近くに屋根裏部屋があると考えられる。
だが、世莉架は二階には上がったことがないため、構造を把握できていない。
(今私が階段を登っていることが神法によって把握されていたら厄介ね。直接攫いに来たあの男がやられたことが分かってしまうし、もしかしたら二人にその情報が届いているかもしれない。そんな可能性を考えていたらキリがないけど、とにかく神法がどんなことまでできるのかが分からないから本当に動きづらいし予測がしづらい。困ったものだわ)
世莉架が神法を使えるようになるため、ハーリアが教えてくれるという約束はやはり大事である。知識だけでなく、自身が神法を使えるようにならないと色々な状況でどのような使い方をされる可能性があるのか、どうすると神法の使用が難しくなるのかなど、神法を感覚的に掴むことができない。
そもそも絶対に神法を使えるようになる保証など全くないが、間違いなく努力する価値はあるだろう。
二階に上がり、まずは寝室を探す。外からでは当然どこの部屋なのかは分からないが、世莉架は目を瞑って聴覚に集中する。
「……」
ほんの小さな、人の動くような話すような音。普通は無音にしか聞こえないが、世莉架の耳であれば捉えられる。
音のする方向はやはり二階の更に上であり、世莉架はそこへ向かう。
(ここね)
世莉架の前には一つの扉があり、恐らくその先がハーリアの両親の寝室だろう。そしてその中から屋根裏部屋へ行けるようだ。
(さて、できれば言い逃れができないような証拠を集めたいけれど、寝室には何か仕掛けていてもおかしくない。このまま入るのはリスクが高いとはいえ、外から入ろうにも家の周囲に敵がいる以上は難しい)
寝室の入り口が扉と窓だけとは限らないため、世莉架は一応細心の注意を払いながら他の部屋の確認も行う。
しかし、構造を把握するにつれて察しはついていたが、特に隠し通路などは存在しなかった。このことから、寝室に入るには廊下から扉を開けて普通に入るしかしないだろう。
(まぁ、仕方ないわね。ここに入らず家からの脱出を最優先にして出ていくのも一つの手だけど、こんな裏社会の仕事に巻き込まれてしまった以上、彼らを潰してしまった方が今後安全でしょう)
世莉架は仕方なく扉から入ることにし、ゆっくりとドアノブを握って扉をゆっくり開けていく。
何が起きても基本的には世莉架の反射神経であれば避けることはできるだろうが、神法による反射神経ではどうにもならない類の攻撃や罠がないとも限らない。
寝室の中が見えた時、世莉架は目が合った。
「っ……!」
目が合った相手は寝室の窓を開けて中へ入ろうとしているところだった。闇夜に紛れるためか、黒い格好をしており、疑うまでもなく外で待機しているという人攫いの一味の一人だろうが、どういう理由で、何故わざわざ入ってきたのかは不明である。しかし、そんなことを考える前にやるべきことがある。
その者はまさか世莉架と鉢合わせするなどとは思ってもいなかったのだろう。明らかに驚いて固まってしまっているが、こういった予想外の状況に陥った時、冷静でいられるかどうかで勝負は決まる。
世莉架は視界にその者を捉え、黒い格好や状況などから人攫いの一味の一人であると確信してからは、一瞬で扉の位置から窓の位置まで移動し、その者を部屋の中に引っ張ると同時に顎と腹に目で追うことができないスピードの打撃を繰り出し、気絶させた。
瞬き厳禁と言っていいほどの、ほんの一瞬の出来事であり、音もほとんど出ていない。
(未熟な部分があって助かったわ。もしかしたら神法使いだったのかもしれないけれど、冷静さを欠いて動揺してくれたおかげね)
世莉架は静かに気絶させた敵を動かし、とりあえず寝室のベッドの下に隠す。
(さて、あとは……)
世莉架の目線の先は天井の端の方であり、その部分に屋根裏部屋があると思われる。
恐らくハーリアも知らない屋根裏部屋という感じだろうか。上手くカモフラージュされており、よく見ないとそこの違和感に気づけないようになっている。
(これは家を建てる前からこういう用途で使うための部屋として用意していた可能性が高いわね。昔から黒だったという訳かしら)
そんなハーリアの両親について色々と調べるために世莉架は寝室の物色を始める。
夫婦二人の部屋ということもあり、部屋自体は広く、色々な物が置いてある。適度に高価そうな物も置いてあるが、やらしさは感じない程度で良い雰囲気を醸し出している。こういったセンスはしっかりあるのだろう。
(呑気に物色する暇はない。一定時間経過してもあらかじめ決められた合図等が確認できなければ突入する、もしくは応援を呼ぶなどといった取り決めは確実にされているはず。早く終わらせないと)
世莉架はこれまでの経験や人が何かを隠したいときの心理などを考え、怪しい箇所を次々と探していく。
そして端に置いてあった机の引き出しの二重底、箪笥の中に一見すると分からないが構造的に隠されたスペースがあったりなど、部屋の中に分散して裏の取引の証拠となる書類を見つけることに成功した。
世莉架はそれらの書類をすぐに確認し、一度見ただけでその内容を全て完璧に記憶した。
(裏社会の組織との関わりはこれで証明できる。やはり、基本的に彼らが実行犯となるのではなく、実行犯に指示を下す側ね。この家だけでなく、ルインの中にいくつか人攫いをするための拠点がある。しかもハーリアが生まれる前からやっているようね。あの善人のような笑顔の裏で、これまでに数百人という規模で人攫いを行なっているとはね。まぁ、見飽きた光景ではあるけれど)
世莉架は地球にいた頃から裏社会の中で生活していたため、この程度の話は沢山聞いているし見てきている。
異世界だというのにこういった光景を見ることになり、世莉架は既視感と共にやっぱりかという気持ちでため息をつきたくなった。
見つけ出した書類はまとめて元々隠されていた場所ではない所に隠し、いよいよ屋根裏部屋へ続く天井を見据える。
(こんな時間に客室で攫われている予定の私が隠されている屋根裏部屋に突然現れたら、自分達の行いについてバレていることが明白になる。そうしたら私の存在は自分達の存在を脅かす危険人物でしかなくなるからほぼ間違いなく殺しにくるでしょう)
世莉架はこの後訪れる展開を想像しつつ、屋根裏部屋へ手を伸ばした。
**
「今日は思わぬ収穫だったな」
イザール家の屋根裏部屋。そこには色々な道具が隠されている。ただの壁に見えても実は収納スペースがあったり、仮に部屋の存在が誰かに見つかったとしてもその部屋の明確な用途に気づくのは難しいだろう。
ハーリアの父親、ドルクス・イザールは屋根裏部屋の壁に寄りかかって事が終わるのを待っている。
「あの子の友人が早速いなくなってしまうのは少し申し訳ないけれどね」
ハーリアの母親であるユメル・イザールはドルクスの隣でそう返す。
部屋には明かりが一つだけ点いていて多少の明るさはあるが、全体的に見れば暗い。
ガラス窓らしきものは見当たらず、外の状況を把握するための小さな隠し窓がドルクスのすぐ近くにある。
「まぁ、それに関して思うところはあるが、仕方ないさ。まさかあんな良いカモが転がってくるなんて思わなかったし、まだ出会ったばかりとも言っていた。実際はまだ友人とは言えないくらいの浅い関係だろう。すぐに忘れるさ」
「そうかもしれないわね。あの子は優しいけど結構臆病なところがあるからなのか、友人がなかなかできなくてやっぱり心配……」
「そうだね。でも、あの子は冒険者になるという一歩を踏み出したじゃないか。あの子は変わろうとしている。きっといつか、リアを大事にしてくれる友人ができるさ」
二人の会話は状況とやろうとしていることに目を瞑ればごく普通の人の親のものである。
我が子の友人関係、引いては将来について心配するのは親として何もおかしいことではない。
「そういえば、あのメリアスって子は由緒正しき家の出みたいだったわよね」
次に二人はメリアスについて話し始めた。
「確かに。立ち振る舞いが洗練されていたと思う。もしかすると、かなり良い家の出のお嬢さんだったのかもしれない」
「じゃあやっぱり手は出さない方が良いわよね?」
「そうだね。もし家と縁を切ってるいたりしたら少しは考慮していいかもしれないけど、なんとなくあの子は難しそうだ」
「えぇ、しっかり警戒心を持って賢い行動を取っていそうよね」
「うん。その点、セリカさんは浮浪者で言葉に慣れておらず、この国の常識やマナーもあまり分かっていない様子だった。正直、彼女一人いなくなったところでリアの友人になった可能性が潰える以外に何の影響も及ぼさないだろう。彼女を探しに来るような者もいないんじゃないかな」
ドルクスにとって世莉架は絶好のカモであり、別の形で出会ったとしても結局は手を出されていたのかもしれない。しかし、そこに関してユメルは少し憂慮している点があった。
「それに加えてあの美貌だ。言葉に慣れていなくて常識がなくても、あの美貌一つでかなりの高値がつくんじゃないかな」
「でも、流石にもう少し身辺調査した方が良かったんじゃない? 確かに彼女は手を出しやすい相手に思えたけど、彼女に手を出すのが危険である可能性はゼロじゃないでしょう?」
「勿論そうだけど、それは彼女に限った話じゃない。僕達のやっていることはどんなに万端の準備をしてもリスクを孕んでいる。それに僕達はもう長いことやっているだろう? 少なくとも僕には彼女は本当にただの外国人の浮浪者に見えたよ」
裏社会に長く浸かっていることによる嗅覚のようなものだろうか。世莉架の言動について特に疑わなかったということである。
話している内容はかなり物騒になっているが、それでも話し方や雰囲気はまるでリビングで寛いでいる時のようである。
「それはそうなんだけど……。なんとなく、ね」
「それは君の勘かい?」
「えぇ。言語化して説明するのは難しいわ」
「そうか。君の勘は僕より鋭いからもしかする可能性はあるかもね。まぁ、誰が相手であっても常に最悪の状況や想定外の出来事への対応については考えているし備えているだろう? だから大丈夫さ」
事が終わり、合図が来るまで待つ。それが二人の今の役目であり、その時が来るまでじっとしていればいい。だからこそ、こんな緊張感の無い会話ができてしまう。
それから少し時間が経った頃、ドルクスは少しの違和感を感じた。
「少し遅いね。もう合図が来てもいい頃だと思うんだけど」
「そう言われればそうだけど、少しくらい誤差はあるでしょう」
「まぁ、一応様子を見てこようかな。君の勘のこともあるしね」
そう言うとドルクスは立ち上がり、屋根裏部屋から寝室に出ようとする。
眼下には屋根裏部屋から出るための開け閉めできる扉があり、そこに梯子をかけて登り降りする形式である。
そこに手を伸ばし、扉をほんの少しだけ開いて念の為に寝室の様子を隙間から覗こうとした時だった。
「なっ……!」
突然扉が一気に開き、ドルクスは首を掴まれてそのまま屋根裏部屋に飛び上がってきた何者かにより、瞬く間に寝室のベッドのシーツや置いてあったタオルを手に巻かれてきつく拘束される。
ユメルは突然のことに目を見開き、思考がうまく働かないのか動けないでいる。次の瞬間、ユメルも同様に拘束され、動けなくなった。
そして二人を瞬く間に拘束したその何者かは屋根裏部屋の扉を閉める。
「ごめんなさいね。別に私に手を出さないのであれば見逃すつもりだったのだけれど」
「君は……、まさかっ……!」
ユメルよりも早く、ドルクスは状況を理解した。自分達が良いカモだと思って安易に手を出した相手は、決して普通などではない存在であることを。
「とても残念だわ。ハーリアは良い子だから、悲しませてしまうのは忍びない」
薄暗い明かりが妙に雰囲気を演出している。先ほどまでの二人による慣れた緩い雰囲気はどこへやら。屋根裏部屋は一気に緊張感と危機感の蔓延する危険地帯へと移り変わった。
「い、一体僕達をどうするつもりだ……?」
「貴方達がこれまで行ってきた所業。そして私はその所業に巻き込まれた被害者。どうなるかなんて説明……、本当に必要かしら?」
「……!」
ドルクスとユメルは怯えていた。二人の目線の先には、暗い雰囲気に紛れ込み、出会ってからこれまでの間に全く見ることもその片鱗さえも感じ取れなかった無表情で無情な
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