表と裏
「好きなだけ食べてください。腕によりをかけて作りましたから」
世莉架の前には多くの料理が並んでおり、どれも美味しそうに見える。料理完成に結構な時間がかかっていたのは手の込んだ料理を沢山用意していたからという部分が大きいのだろう。
「随分張り切ったね。まぁ、気持ちは分かるよ。それじゃあいただこうか」
料理が完成する少し前に帰ってきたハーリアの父親が言う。
皆がそれぞれ料理に手をつけ始めると、世莉架も同様に食べようとする。だが食べる直前、怪しまれないように自然に臭いと色を確認する。結果、特に怪しい点は無かった。
「とても美味しいです」
「口に合ったようで良かったです」
世莉架が口に入れた料理は実際とても美味しく、久しぶりのまともな料理である。
(地球には無い食材も多く使われているようだけど、知っている味がする料理も多い)
異世界の料理は地球の料理と似ている部分もあるがやはり独特な料理もある。そんな料理に少しの感動を覚えながら、ちゃんとしたご飯自体が非常にありがたいものであるため感謝して食べる。
四人は談笑しながら食べ進め、やがて皆が食べ終えてからはそのままリビングで話を続ける。
「リア、セリカさんと一緒にお風呂に入ってきてしまいなさい」
「え、一緒に?」
「そうよ。どうせなら一緒に入っちゃえば? 楽しそうだし」
ハーリアの両親はハーリアと世莉架で一緒に風呂に入ることを推奨してくる。これに対し、世莉架は一人で入らせてほしいと頼もうかとも思ったが、少し考え直してハーリアと一緒に入ることを了承した。
「ふぅ……。お風呂までいただいてしまって悪いわね」
「い、いいよ。気にしないで」
世莉架とハーリアは共にお風呂に入る。互いに体を洗い終わり、二人入っても広々と使える湯船につかり、ゆったりしている。
ハーリアは裸の付き合いが恥ずかしいのか視線をキョロキョロとさせており、世莉架の方をなるべく向かないようにして体を縮めて端の方にいる。対して世莉架は特に気にせずハーリアを見る。
「何気にしているの」
「だ、だって誰かと一緒にお風呂入るなんて小さい頃に親と入った時以来だし、それに……」
そう言うとハーリアはチラッと世莉架を見てまたすぐに目を背ける。
「そ、その、セリカはびっくりするくらいスタイルいいし超美人だし……、ちょっと気後れするというか恥ずかしい……」
「ふふ、ありがとう。貴方もとても綺麗だからもっと自信を持ちなさい」
「そ、そうかな?」
ハーリアは褒められて顔を赤くしながらも嬉しそうにしている。そんな姿を見ながら世莉架は気になっていたことを聞いてみることにした。
「ねぇ、このお風呂の広さを見ても分かるけど、ハーリアのご両親は結構凄い職業についていたりするの?」
「お父さんはルインを管理する役人だよ。お母さんはそこの事務とかやってる。まぁ、お金には困っていないと思う」
「なるほどね。ハーリアはお嬢さんな訳ね」
「そ、そんなんじゃないよ。確かにあの二人の稼ぎは平均よりも結構高いとは思う。けど貴族みたいに身分が高かったりする訳ではないし、二人とも普通の庶民の家の出だからね。一応パーティに出席するときのマナーとか礼儀は教えてもらってるけど、その程度だよ」
「それをお嬢さんと言うんだけどね」
やはりハーリアは良いところのお嬢さんで間違いないようだ。しかし、貴族という程の身分では無いということから、優秀なエリート一家という感じだろう。
「それにしても、本当に助かったわ。お風呂にもずっと入りたかったし」
それまで世莉架はお風呂に入る余裕などなかったため、濡れたタオルで体を拭いたり森で水浴びをしたりして最低限体を清めていた。体の清潔は病気などのリスクなどにも関わるため、怠る訳にはいかないのだ。ましてや異世界、どんな病気が潜んでいるかは全く分からない。
「そっか。神法使えればそういうのもあまり気にしなくて良くなるんだけどね」
「どういうこと?」
「汎用神法には体を清潔にするものがあるんだよ。まぁ、どれくらい清潔にできるかは個人差があるけどね」
「それは便利ね。是非とも習得したいわ」
そのような汎用神法は誰であっても非常に羨ましい能力と言えるだろう。
「ただ結局お風呂にも入りたくなるんだけどね。その汎用神法を使っても体が清潔になった実感はほとんどないからさ」
「実感がないと確かに綺麗になった気がしないかもしれないわね。その汎用神法は他人にもかけられるの?」
「それも人によるかな。私は他人にもかけられるよ」
もしも長期間野宿する必要があるような依頼を受けた場合などはとても役に立ちそうであるし、それ以外でも体を清潔に保てるというだけで非常に有用な能力である。
そんな雑談を交わしながらやがて風呂を出てリビングに戻り、和気藹々とした時間が流れる。
「もういい時間だ。名残惜しいが今日はここまでにして、そろそろ寝ようか」
そうして夜も遅い時間になり、ハーリアの父親が歓談を終わらせる。
「セリカさんの部屋はこちらになります。来客用の部屋なので綺麗だと思いますよ」
世莉架は来客用の部屋を案内された。どうやらハーリアの部屋で寝る訳ではないようだ。
「え、私の部屋じゃないの?」
それに対して、自分の部屋で一緒に寝るものだと思い込んでいたハーリアが疑問の声を呈す。
「確かにそれもいいかもしれないね。けれど、もう来客用の部屋の準備を整えてしまったし……」
「そ、そっか……」
あからさまに残念そうにしているハーリアに対し、少し申し訳ないと思いつつも世莉架はその提案に乗った。
「せっかく用意してくれたのですから、私はその部屋を使わせていただきます。ハーリア、ごめんね。また機会はあると思うから」
「うん、分かった。じゃあおやすみ」
そう言って世莉架、ハーリア、ハーリアの両親はそれぞれの寝室へ向かった。
「……」
世莉架はようやく一人になる。思えば役所や冒険者協会で手続き等を終わらせてハーリアと会ってからは常に誰かと共にいた。
来客用と言われた部屋は広い家の端の方にあり、部屋自体の広さもなかなかのものである。
(さてと、汎用神法にどこまで有用な能力があるかは分からないし、一人になったからとしても慎重に行動しないと)
自然にソファに座り、部屋のどこに何があるのかを把握する。他の人が見たらただ座ってリラックスしているようにしか見えないが、世莉架は頭の中でこれから起こる可能性のあることについての対応を考えていた。
「ふぅ……」
それから少しして、世莉架は部屋を出てトイレに向かう。壁のスイッチを押すことで神法の能力と思われる明かりを付けることができ、その明るい状態で廊下を歩くこともできたが、それはせずにトイレに向かう。一番近いトイレに向かうまでにはハーリアの部屋の前を通ることになるが、そこの明かりは既に消えていたため少なくともベッドには入っているのだろう。
(来客用の部屋もハーリアの部屋も一階。ハーリアの両親の部屋は二階。わざわざ二階に行くのは怪しすぎるわね)
世莉架はそのままトイレに入り、少しして出てくる。そして来客用に部屋に戻った。
部屋の明かりを消し、ベッドに入る。ベッドは高級とは言えないが、それでも標準的なもので十分良い睡眠が取れるだろう。
目を閉じ、完全に暗闇となる。しかし、世莉架は眠るためにベッドに入って目を閉じた訳ではない。
たまに外から虫の鳴き声のようなものが聞こえてくるが、とても静かだ。
そのまま穏やかな夜が続いてくれるのであれば、とても楽しい一日だったと振り返ることもできただろう。
「……」
しばらくして、世莉架は何かに気づく。それはあまりにも小さく、常人であれば絶対に気づくことのできない人の気配である。
(足音もほぼ無いに等しい。間違いなく素人じゃない。プロね。段々とこの部屋に近づいてきている)
世莉架はその誰かが普通の人でないことをすぐに理解し、それと同時にこの状況を鑑みて思うところがあった。
(やっぱり、という感じだけど、ハーリアの家ということもあって少し残念ね)
今後のハーリアを取り巻く環境の変化を考えると、ハーリアが不憫に思えるが、それでもこれから起きることに対して世莉架が何もせずにされるがままにしてやる必要はない。
今の世莉架はただぐっすりと気持ちよく眠っているようにしか見えない。世莉架が実は起きていることに気づくのは難しいだろう。
やがて部屋の外にいたその何者かは部屋の扉の前にまで移動し、ゆっくりと非常に小さな音で扉が開かれていく。
部屋の明かりは消されているが、月明かりが部屋のカーテンからほんの少しだけ漏れているため、完全な暗闇という訳ではない。普通の人でも目が慣れれば少しは見えるようになるが、それでも自由に動き回れるようなことはできない暗さである。
その何者かは部屋に入ると扉を完全には閉めず、ゆっくりと寝ているフリをしている世莉架に近づいてくる。
「……」
手を伸ばして世莉架に触れられるかどうかの位置でその何者かは世莉架が寝ていることを確認するためか、すぐには手を出さず観察している。
そして世莉架が寝ていると判断したのか、ついに手を伸ばしてきた。
しかし、その手が世莉架を掴むことはなかった。
「……!?」
その何者かは自身の頭に衝撃を感じ、状況を理解した頃には目の前にぐっすり眠っていたはずの世莉架がおらず、腕を後ろに回されて床に横たわり、体が動かないよう拘束されていた。
この時、世莉架は自身に手が触れる寸前に、ベッドに横になっている状態からその長くしなやかな脚でその何者かが気絶しない程度の威力で頭を蹴り付け、怯んでいる間に後ろに回って拘束したのだ。これはほんの一瞬の出来事であり、時間にして一秒も経っていない、まさに神業である。
「勝手な発言や行動をしたら指を一本ずつ折る。私の言うことだけに正直に答えなさい」
世莉架が普段よりも低い声でそう呟くと、その何者かは少ししてから頷いた。
「貴方は何者? 殺し屋か何か?」
「こ、殺し屋じゃない。人攫いみたいなものだ」
返ってきた声は男性のものだが、少なくともハーリアの父親ではない。
「誰に雇われた?」
「……」
人攫いの男は雇い主について聞かれると黙ってしまった。
だが、それを許す世莉架ではない。
「がっ……!」
「誰に、雇われたの?」
世莉架は一切の躊躇なくその男の指を一本折った。どんな訓練を積んだ兵士であっても、痛覚が正常に働いている限りは想像を絶する痛みである。
「……、あ、あれだ。しょ、商人の……」
「嘘ね」
「ぐあっ……!」
商人と答えた時点で世莉架はそれが嘘だと気づいた。
世莉架は相手の体の一挙手一投足から得られる情報や声色などで大抵の嘘は見抜くことができる。中にはまるで本当のことかのようにごく自然体で嘘をつくことができる者もいるが、そういった相手の場合は世莉架でも嘘かどうかを確信するのは難しい。
少なくとも、指を二本折られた男は嘘を吐くのが得意という訳ではないようだ。
「さぁ、雇い主を言いなさい」
「……」
「そう、そんなに苦痛が好きなのね」
またも黙り込む男に対し、世莉架が三本目の指に力を入れた時だった。
「い、イザール……、ドルクス・イザールだ……」
「イザール……」
男は観念したのか、雇い主の名前を口にする。そしてそれは世莉架の予想通りの答えであった。イザールとはハーリアの苗字であり、ドルクスはハーリアの父親の名前である。
つまり、世莉架を攫うよう指示したのはハーリアの父親ということだ。
もしも世莉架の予想が外れていたら、ハーリアへの影響は小さくて済んだろう。そして世莉架はできれば予想が外れて欲しいと思いつつ、この答えをほぼほぼ確信していた。
(最初に出会った時からなんとなく直感していたけれど、浮浪者で言葉に慣れていないアピールをしてからはほぼ確信に変わった。用があるから先に帰っていてくれ、というドルクスさんの言動は間違いなく私を攫うための準備や指示を行っていたからでしょう。そしてドルクスさんの意図を察した、もしくは二人にしか分からない合図を受けて母親の方も家に返ってから料理の時間やお風呂の時間に色々と準備していたのは分かっていた。この客室に泊まらせようとしたのも、そういう意図があってのことね)
世莉架は嘘と同様、人の悪意を見抜くのに長けている。そしてハーリアの両親から善人の顔の裏にある悪意を感じてしまったのだ。そしてそれを証明するかのような怪しい部分やコソコソと何かを準備していることを世莉架の優れた五感は感じ取り、推測できたのだ。
ハーリアの両親が裏社会的な場所でも地位も得ていることは確実だが、出会ったばかりとはいえ大事な娘の貴重な友人である世莉架をこんなにもすぐ手にかけようとするとは、少しの驚きもありつつ恐らくこれまでにも何人も攫ってきたのが伺える手口の慣れを感じられる。
また、世莉架が憂慮しているのはハーリアの両親ではなく、ハーリアである。こうなってしまった以上、ハーリアには辛い未来が待っているからだ。
「あの夫婦は今も寝室かしら?」
「い、いや、恐らく屋根裏部屋だろう。いつもそこで様々な処理をするらしい……」
「そう」
男は嘘をついていない。もう完全に諦めたようだ。
そしてハーリアの両親は屋根裏部屋にいるとのことである。
「あの二人はそっちの世界では有名なの?」
「俺みたいな下っ端には詳しいことは分からないが、少なくともルインの中ではかなり有名だろう……」
「そう。あと、貴方のお仲間は他にいる? 一人で私を攫いに来たのかしら」
「……、今家の中にいるのは俺一人だ。ただ、人を攫うためには結構人手がいるから、家の外で待機している奴らがいる」
「まぁ、そうでしょうね。さて、こんなものかしら。それじゃあ眠っていていいわよ」
「え……」
世莉架は死なない程度の威力で、しかし気絶は免れない打撃を与えて男の意識を奪う。当分起きることはないだろう。
(殺すのは簡単だけど、安易にその選択をするのは今後のことを考えると危険すぎる。この騒動を切り抜けるためにも、なるべく殺さない方がいいでしょう。まぁ、骨の数本くらいは持っていくけど)
状況打破のため、世莉架は部屋を出ようと歩き始めるが、足音は全く聞こえない。洗練のされ方が気絶している男とは段違いである。
(とりあえず、私の想定していた中で最悪に近い戦闘神法の実力者が来なくて良かったわ)
まだまだ神法の力がどんなものか、どの程度の規模や威力なのか把握できていない世莉架にとって戦闘神法に長けた実力者が攫いにくる場合は別の対応を取る必要があり、そうならなくて良かったことは不幸中の幸いだろう。
(ただ家の周りにいる人攫い共の中に戦闘神法の使い手がいてもおかしくない。対応と判断を間違えないようにしないとね)
そうして世莉架はハーリアの両親の元へ向かっていく。
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