イザール家と伝説の存在

「どうしてここに?」


 ハーリアはたまたますぐそばを通りかかったと思われる自身の両親に対して質問を投げかける。


「いや、仕事でね。ちょっとこっちに用があったんだ」

「そうだったんだ」


 中年くらいで整った顔立ちをしているハーリアの父親が質問に答えると、世莉架とメリアスの方を見る。

 ちなみに、母親の方も整った顔立ちをしており、藍色の髪はハーリアの母親であることを強く感じさせる。この両親からであればハーリアのような美少女が生まれるのも納得である。


「もしかして、リアの友人かい?」

「え、えーっと、うん……」


 今日初めて話をしただけでいきなり友人と言っていいのか少し迷ったであろうハーリアだが、それを肯定したことで両親の顔は明るくなった。


「そうかそうか! それは良かった」


 その様子からして、ハーリアには学校であまり友達がおらず、家に連れてくることも少ないのだろう。ハーリアの両親からすれば娘に友人がいない、もしくは非常に少ないであろう点を憂慮していたことが想像できる。

 それであればわざわざ友人というほどの関係性ではないことを伝える必要はない。


「ついにリアにも学校で友人が……」

「いや、二人は学校の友人じゃないの。冒険者繋がりだよ」

「そうだったのか。まぁ、なんにせよ喜ばしいことだ」


 笑顔を見せるハーリアの両親は非常に良き親に見え、その感情に偽りはない。

 また、身なりを見るとあまり庶民感はなく、決して派手ではないがある程度お金が必要になるであろう上品な服や装飾品を身につけている。

 ハーリアは大金持ちとまではいかなくとも、良いところの家の出である可能性が出てきた。

 実際ハーリアの所作にはメリアスほどではないがそういった教育を受けた者の雰囲気が多少出ていた。


「お二人は見たところリアとあまり歳は変わらなそうですが、ルインセンター学園以外の学生ですか?」


 するとハーリアの父親が世莉架とメリアスに学校に関する質問を投げかけてきた。学校の友人ではないということからハーリアの通うルインセンター学園以外の学生か何かだと思ったようだ。


「私は元々ルインの出身、というかフェンシェントの出身ではなく、外国から来たので学校には通っておりません。今は冒険者として主に活動しています」

「なるほど、そうでしたか。その若さでそのようなご決断をするなんて、簡単にできることではありません。事情は分かりませんが、さぞ苦労されたことでしょう」

「ま、まぁ……」


 やたら褒めてくる、というか持ち上げてくる感じはあるが、その顔には笑みが浮かびつつも真剣に見える。

 しかし、それはメリアスからの視点と感想であり、その横でやり取りを見ていた世莉架は違った。


「君は?」


 今度は世莉架の方を見てきたため、同じように世莉架は自身について簡単に話す。


「私も外国から来ました。まだ冒険者になったばかりでして、それまでは浮浪者のようなものでしたから、学校にはしばらく通えていません」


 世莉架の言語の習得速度は著しく、大分流暢に話せるようになったとはいえ、話しているとどうしてもまだ不慣れであることが分かるようなイントネーションや文法のおかしい部分が出てきてしまう。

 とはいえ既にほとんど気にならない程度のものなため、専門的な会話はともかく日常会話では困ることはほぼなく、あっても相手に多少の違和感を抱かせる程度である。

 しかし、ハーリアの父親からの質問に対し、世莉架はわざとイントネーションなどを崩して共通言語に不慣れであるような印象を与えた。


「そうでしたか。君も色々と事情があるのでしょう。知らない土地で生きていくというのは、非常に困難で厳しい道です。お二人は凄いですね。大人でもなかなかできることではないですよ」


 ハーリアの父親はこちらの事情を察し、大人としてそれらしい事を言う。

 この時の世莉架は、言葉が不慣れということと弱々しい女に見えるような仕草などをしており、ハーリアの両親に対する印象を植え付ける。

 するとそれまで黙っていたハーリアの母親が話に入ってきた。


「二人とも、今はどこに住んでいますか? 安定して住める場所はありますか?」


 どうやら世莉架とメリアスのルインでの居住状況が気になるようだ。


「私はルインに来てから長らく利用している宿がありますね」


 最初にメリアスがそう答える。世莉架と違い、冒険者として毎日活動できているメリアスには既に利用している宿があるようだ。世莉架からすれば羨ましい限りである。


「そうでしたか……」

「住んでいる場所が何か?」

「いえ、もし住む場所に困っていたのなら、せめて今日だけでもうちに泊まっていったらどうかなと思って……」


 ハーリアの母親は家に招待したかったようで、少し残念そうにしている。


「貴方はどうですか?」


 そうなれば今度は世莉架が当然聞かれることになる。そして世莉架は三人での話が終わったら宿を探しに行こうと思っていたのだ。


「私はまだ今日の宿が見つかっていなくて……。先ほども話した通り、まだ冒険者に成り立ててお金も少なく……」

「それであればぜひうちにいらして下さい。リアが友人を連れてくるなんて久しぶりですし、たまには賑やかなのも楽しいでしょうし」


 その言葉だけ受け取ると、とても良い提案で楽しそうだなと思うところだろう。いち母親であればこういった家への招待は別におかしいものでもない。

 世莉架としては確実に屋根付きの部屋で泊まることができるのであれば嬉しい限りではある。しかし、世莉架は気になることがあった。その確認のためにも、この提案を呑むことにした。


「それでは、ご迷惑でなければお邪魔させていただいてもよろしいですか?」

「はい! 全然迷惑などでは無いですから、遠慮なく泊まっていただいて良いですよ。あなた、リアも、それでいい?」

「あぁ、構わないよ。賑やかになりそうだね」

「うん、私も大丈夫」


 そうして世莉架はその辺の安宿ではなく、ハーリアの実家に泊まることとなった。


「だけど僕はまだ仕事の用事があるから、先に連れて行ってあげてくれ。あまり遅くならないようにするから」

「分かったわ。それじゃあ行きましょう」


 ハーリアの父親はまだ仕事があり、メリアスは既に長らく利用している宿があるため、世莉架達はそれぞれが一旦別れることとなった。

 ハーリアの家への道中、互いに自己紹介などをして会話は盛り上がったと言える。ハーリアと母親の話や様子からも親子仲が良いのは間違い無いだろう。

 そうしてハーリアの家にやってきた。やはり大金持ちとは言えず、だが一般庶民の家というほど小さい訳でもない規模の家である。家の場所的には閑静な住宅地という言葉が当てはまる静かな場所であるが、どの家も豪華な部分が見えているそこそこの規模の家のため、中級から高級の間くらいの住宅地なのだろう。


「どうぞ、いらっしゃい」


 世莉架が最後に家に入ると、上品でありつつ主張しすぎない謙虚さを感じる良い雰囲気の玄関が迎えてくれた。

 

(良い家ね。相変わらず街の建物と同じで洋風とも和風とも言えないなんともな建築様式だけど、悪くないわ)


 ハーリアの母親はすぐに夕飯を作ると言い、キッチンへ向かった。その間、世莉架はリビングにいるつもりだったが、ハーリアが自室に来ないかと誘い、それに頷く。


「ここだよ」


 ハーリアの自室は子供部屋にしては結構な広さがあり、ここでも金銭的な余裕を感じることができる。机やベッドに本棚など、ごく普通の部屋である。あまり女の子らしいものは置いていない。


「広いわね」

「まぁ、一人っ子だからかな?」

「そうだったのね」


 ハーリアは一人っ子であるようで、それ故に両親からの愛情はより深いものになっているのかもしれない。


「ちょっと飲み物取ってくるね」

「えぇ、ありがとう」


 そう言うとハーリアはパタパタと部屋を出て行った。ハーリアは部屋に両親以外の誰かを入れたことがほとんどないのか、かなりウキウキしている様子が目に見えて分かる。

 世莉架は適当に周囲を見渡し、立ち上がる。


(本当は気になることがあるから色々家を探索したいけど、今日会ったばかりで来たばかりの人間が勝手に家をうろつく訳にはいかない。少なくとも今は動くべきじゃないわね。そもそも私が動く必要もないんだけど……)


 そう思いながら世莉架は本棚に目が向く。そこには色々な本が並べられており、専門的な内容であることが表紙から想像できる難しそうな本もいくつか置いてある。あまり学校で使う教科書には見えないため、ハーリアが個人的に勉強していることなのかもしれない。


(もっと言葉を覚えたら色々な本を読んでみたいわね。なんなら学校の教科書とか読めば色々な基礎的な知識が身につくでしょう。この世界の常識すら知らないことが多すぎるし)


 そんな風に本棚を物色しているとハーリアが扉を開けて戻ってきた。手にはコップが二つある。


「本が気になる?」 


 ハーリアが尋ねながらコップを渡してくる。世莉架はそれを手に取り、感謝の意を述べる。


「ここにある本はどれもハーリアが自分で買ったもの?」

「ううん、お父さんとお母さんが買ってくれたものもあるよ。けど学園に入ってからはお小遣いで自分で買ってるね」

「こういう難しそうなのも?」


 そう言って世莉架は一つの本を取り出して見せる。専門用語等が並んだ表紙のその本は随分と分厚い。


「あ、それね。ミーハーかもしれないけど、私その作者さん大好きだから買っちゃった」

「有名な人?」

「え、知らないの?」


 本の表紙には当然それを書いた人物の名前が書かれている。実は世莉架は情報収集と言語の勉強のために街ゆく人々の会話を常に聞いているため、その中から今見ている本の作者と同じ名前が聞こえてくることはよくあった。

 しかし、具体的にどのような人物かは分かっておらず、とにかく有名で多大な功績を残しているということしか分かっていない。


「えぇ、世間知らずなものだから」

「ごめんごめん、馬鹿にした訳じゃないよ」

「それじゃあどういう人か教えてくれる?」


 そこで世莉架はあえて全く知らないフリをしてハーリアに教えてもらおうと思ったのだ。幸いにもハーリアはその作者をかなり好いているようなため、詳しく知っていることだろう。


「うん! 『アステローペ・マグネター』は超有名な天才学者兼天才的な神法の使い手なの。これまでに数々の本や論文を出していて、その功績を超えられる人は他にいないんじゃないかな」

「論文や本ね。この本は神法について色々書かれているみたいだけど、神法の研究をしているの?」

「神法以外にも色々な分野で新技術の創出や新発見をしているけど、主に研究しているのは神法のはずだよ。マグネターさん自身が天才的な神法の使い手らしいし」

「なるほど。つまりは何でもできる正真正銘の天才という訳ね」


 ここまで聞いただけでいかにアステローペ・マグネターという人物が途轍もない存在なのかが嫌というほど分かる。


「そうそう! まさに生ける伝説ってやつだね。でもここ百年くらい世間に姿を見せていないらしいけど……」

「え、ちょっと待って。百年って?」


 世莉架は困惑しながらも尋ねる。百年姿を見せていないということは、数々の本や論文はそれ以前に書いたものということになる。その時点で通常の人間とは思えない寿命の持ち主ということになってしまう。

 それと同時に、この世界では実は神法などのおかげで人間が優に百年を超えて生きることができる可能性が出てくる。


「あぁ、マグネターさんは特殊だよ? そもそも人間や獣人、エルフなんかとも違う特殊な種族だから」

「どういう種族?」


 長命種と言えばエルフというイメージがあるが、どうやらエルフでもない特殊な種族らしい。


「ポシドニカ族っていう大昔には大国を持っていたと言われる種族で、今はマグネターさん以外に確認されていないらしいよ。もしかしたらマグネターさんがポシドニカ族の唯一の生き残りかもしれない」

「でももう百年も姿を見せていないんでしょう? 普通に考えて亡くなったから出てこなくなったという可能性が一番高いんじゃない?」

「うーん、まぁ、正直そういう風に思う人も多いよ。不老ではあるらしいけど、不死ではないからね。でも過去の文献を見ているとマグネターさんはこれまでに何度か数十年単位で突然姿を消してまた突然姿を現すみたいなことがあったらしいから。長命種だからこその時間感覚かもね」

「そうなのね。ちなみにポシドニカ族ってどんな見た目?」

「身体的特徴は人間とほぼ変わらなくて、違うのはポシドニカ族特有に持っていると言われる能力だね」


 ポシドニカ族は希少種、または絶滅種と言ってもいいような種族であり、出会うのはほぼ不可能と言ってもいいかもしれない。ただ長命種ということはそれだけ数々の歴史を見てきたということであり、様々な知見や歴史の真実を知っているのかもしれない。

 世莉架に関してはそもそも教科書で習うような常識的な世界の歴史すらうっすらとしか知らないのだが。


「へぇ」

「けど、その能力っていうのも確実な情報がなくて、みんなの憶測とか噂もいっぱいあるから真実は不明」


 とにかく希少な種族の天才ということだけは分かるが、いかんせん時間が経ちすぎていて情報がきちんと伝わっていない可能性が高いようだ。


(現代地球のような高度な情報を保存する技術なんてないから、基本は書物で保存するしかない。それでもきちんと本人から話を聞いたりすればもっと正確な情報を記録できそうだけど、希少種みたいだし本人がそういった自分達の種族の話を嫌がってあまり話さなかったのかしらね)

 

 世莉架は色々と想像を働かせるが、結局そのマグネターという伝説的な存在との縁など無いだろうと思い、一応知識として記憶するに留める。


「そう。まぁ、考えても詮無いことね。あと私が気になったのは……」


 そうして二人は色々な話をしながら夕飯が出来上がるのを待つのだった。

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