美少女と世界について ②

「あと、冒険者についてなんですが」


 世莉架は続けてメリアスに質問する。既に冒険者協会の受付嬢からある程度の説明は受けているが、実際に冒険者として活動している人の意見は貴重である。


「先ほど受付でも簡単に説明されましたが、冒険者協会ってどこの国に行ってもあるのですか?」

「えぇ。冒険者協会が設立された国に本部こそあるものの、多くの国々に支部があってここもその一つですね。流石に全ての国にあるという訳ではありませんが、少なくともここフェンシェントのような大国には必ずあります」


 冒険者協会の影響力や支持はかなり大きいことが伺える。他国に支部や同系列の店を出すといった海外進出のようなことは地球ではよく見る光景だが、それでも実績と利益が大きく資金力もある会社でなければ難しい。

 そう考えるとフェンシェントの中でも大きい方とはいえ、中心ではないルインにも支部があるというのは冒険者協会の大きさを示していると言える。  


(正直まだ私がこの世界でどう動けばいいのかなんて分からないし、そんなことを考える前に生きるためにやらなきゃいけないことが沢山ある。けれど、少なくともこのままずっとルインにいるつもりは無いし、フェンシェントだっていつかは出て他国に行くことになるでしょう。頻繁に各地を移動する旅人のように動く場合、他国に行っていちいち新しく職を見つけなくても冒険者であれば活動できて稼ぐことができるというのは有り難いわね)


 仮に規模の大きい会社のようなものがあり、そこで勤めることができても好きなタイミングで好きな時間他国へ行くことなどできないだろう。自分の都合を好きに優先できる冒険者の方が世莉架や各地を転々とする旅人には合っている。


「それは良かったです。なんとなくのイメージですが、冒険者は同じ箇所に留まらないものなんですか?」

「人によりますが、それでもどこかに定住して活動する冒険者は少ないと思います。依頼にも各地で様々な特徴がありますし、自分に合った場所を探すためにも色々なところへ旅する方が良いと思います。実際、私もずっとルインにいるつもりはなく、そろそろ拠点を変えようかなと思っているんですよ」

「そうだったんですね。ずっと同じ所にいるよりは色々な知識や価値観を得られますし、人生は豊かになるかもしれませんね」


 冒険者に向いているのは、好奇心などに従いアグレッシブに行動できる人物なのかもしれない。


「あと、話は変わりますが冒険者の依頼についてお聞きしたいことがあって。例えばメリアスさんは主にどういった依頼を受けているんですか?」


 次に世莉架は冒険者として活動する上で最も大事と言っていい依頼について聞いてみることにした。


「私は冒険者と言っても歴は浅い方なので、受注できる依頼がある程度制限されています。討伐依頼も危険度の低いものしかまだ受けられませんので、特定の依頼を多く受ける、ということはなく、幅広く受注していますね。ただ、本当に多種多様な依頼があるので、受注できる仕事が全くない、なんてことにはならないと思いますよ。そもそも目的によって受注したい依頼は変わりますしね」

「なるほど。先ほど受付の方から説明を受けましたが、冒険者は実力や実績に伴ってランクと呼ばれるものが変動しますよね。あれは実際どれくらい変動するものなのですか?」


 その者の実力に合わせた依頼を受けられるようにする場合、実力毎に階級を設けてしまうのが一番分かりやすく管理もしやすい。ただ、その階級の設定が難しいところではある。


「初めの方はそこまで難しくはありませんが、一定のラインからどんどんランクを上げるのは難しくなります。しかしそれは仕方のないことで、実力が足りないのに下手にランクを上げてしまって身の丈に合わない依頼を受け、死者でも出てしまえば大変なことです。その場合、ランクを設定した冒険者協会に責任がありますし、そういった責任を逃れるためといった意味もあって難しめに設定されています」

「確かに、冒険者の自己責任というだけでは済まされないでしょうね。ちなみに、メリアスさんのランクはお聞きしても?」

「先ほども言った通り、冒険者としての歴は浅いですし、未熟者の私に飛び抜けた実績などありません。現状はランク三十二ですね」


 そう言うとメリアスは持っていた鞄から何かを取り出して世莉架に見せた。


(これが冒険者として正式に登録されていることを証明するカードね。地球にあったクレジットカードくらいの大きさだけど、やっぱり技術の差を感じる。まぁ、そんな綺麗にカードなんて作れないか)


 カードには名前などの簡単な個人情報と、ランクを示す数字が書かれている。ただ、不自然に指で苗字が書いてあるであろう箇所を隠しているのだけが気になった世莉架だったが、無遠慮にその指をどかす訳にもいかないため、気にしないことにした世莉架だった。


(受付で聞いた話によると、冒険者のランクは一から百まであって、登録される初期段階でのランクはそれまでにしていた仕事や実績を考慮されて決まる。私みたいに何もない場合は一から始まることになるけど、別にランクを上げるために冒険者になる訳ではないし、あまり気にする必要もないわね)

 

 冒険者になる前に兵士や傭兵をやっていたり、何かしらの分野で突出した技術を持っていたりすると冒険者ランクは一からではなく、いくつか進んだ状態で始まることになる。


(ランク三十九まではシンプルに依頼達成を積み重ねることでランクが上がるらしいけど、ランク四十からは十ランク上がる毎に試験を受ける必要がある。それに合格しなければランクは上がらない)


 ランクが上がれば上がるほど受けられる依頼が増え、収入も増える傾向にある。同時に名声や栄誉も得られる。

 生きていく上でお金はあるに越したことはないため、名声や名誉は一切必要ない世莉架にとっても、ある程度のランクまで上げておくことは安定した収入と貯蓄に繋がる。


(まぁ、ランクをどの辺りで止めるかは後々状況を見て考えればいい)


 世莉架はメリアスのカードから目を外して尋ねた。


「ランク三十二……。メリアスさんはどれくらいの頻度で依頼を受けられていますか?」

「今の私は冒険者以外の活動は特にしていないので、一つ依頼達成できたら少し休んですぐに次に依頼を探します。ただ、頻度と言われても難しくて、依頼によって数日かかるものもあれば数時間で終わるものもあります。なので受注する依頼次第ですね」


 どんな種類の依頼にせよ、多くの時間を要する場合はある。報酬の受け渡しタイミングなども依頼によって異なるため、すぐにでもお金が欲しいのであれば短時間で終わらせることができる依頼を受けるべきだろう。


「当然のことですが、冒険者になったからといって必ず稼げる訳ではないです。高ランクの人たちが挑むことの多い危険な討伐依頼では、冒険者としての活動を引退せざるを得ないような怪我を負うこともあるし、命を落とすことも決して珍しくはありません。低ランクでも、仕事がうまくいかず、満足のいく報酬を得られないことなんて良くある話です」

「楽に稼げるうまい話は無い、ということですね」

「その通りです」


 冒険者になるイコール稼げる、などと思って冒険者になったはいいものの、全く思い通りにいかずに冒険者を辞める者は珍しくない。

 どんな依頼を受けるにせよ、体力、知識、対応力、コミュニケーション能力などなど、磨かないといけない能力は沢山あるのだ。

 努力せずに怠けていても稼げるなどということはないのである。


「なるほど。それと、冒険者について色々説明された時に思ったことなのですが、この国は進んでいて結構平和に見えますよね。世界全体で見ても平和と言ってもいい状態なんでしょうか? 例えば、冒険者に討伐依頼を出さなくてはならないほど危険生物はそんなに沢山いるものですか?」


 世間知らずであることが痛感させられるような質問だが、世莉架からすると大事な話である。

 言語を覚えるにあたり、周囲の話を沢山聞いているため、どこにこんな生物が出たという話や、こんな事件が起きたなどの情報は、言語をある程度理解できるようになってから聞き取れた分は世莉架の頭に入っている。

 しかし、事故や事件、それも人の生命に関わるものなど、地球でも毎日のように世界中で起きていることである。


(アウストラリスはネイオードが非常に危険な状態にある世界という風に表現していたけど、地球だって非常に危ういバランスでなんとかハリボテの平和を保っていただけ。いつ世界を巻き込む大戦が起きても何らおかしくなかったし、神法はないけど一瞬で国を滅ぼせるような兵器は沢山あった。むしろ地球を救うべく動いてもらいたいところなんだけど)


 フェンシェントがしっかり先進国として機能しているからこそかもしれないが、現状では地球の方が危ういのではと世莉架は考えていた。


(というか、アウストラリスはネイオードの神みたいだし、地球にも地球の神が存在しているのかしら。もしかして地球出身の私とネイオード出身の誰かをトレードしているとか、そんなこと……、絶対にあり得ないとは言えないわね。現に私は異世界に来てしまっている訳だし)


 思考が目の前のメリアスから別のところにいってしまった世莉架は、一旦その考えを保留する。それに、神や地球について考えたところで、少なくとも現状の世莉架にはどうしようもできないことである。


「世界が平和かどうか、ですか。難しい質問ですね。フェンシェントやアルニラムといった大国の資産家の子供として生まれれば世界は平和だと思っているかもしれません。逆に、戦争を行なっていたりして過度な貧困に苦しむ国に生まれれば世界は最悪なものにしか見えないでしょう。ですが……」


 メリアスは時々暗い表情になりながらも話してくれている。そんな表情を見て少し申し訳ない気持ちになる世莉架だが、そのまま黙ってメリアスの話を聞く。


「ですが、世界共通……、とまでは言いませんが、多くの国が非常に危険な存在であると認識している組織はあります」

「組織?」

「はい、レグルスという組織です」


 当然ながら、世莉架はそんな組織を知らない。だが世莉架が相当な世間知らずであることをメリアスは理解しているため、ピンときていない世莉架の様子を見ても特に驚くことはなくなっていた。


「とはいえ、レグルスについて分かっていることは少ないんですよ。レグルスの目的について色々と議論されたり考察されていますが、はっきりとしていません。組織内の情報や具体的な活動に関する情報も少なく、別に悪い組織ではないのではと言う人達や、実は常に色々な国に潜入していて秘密裏に工作活動しているのではと言う者もいます」

「色々な意見はあれど、国からは敵と見做されていると」

「はい。実際レグルスの一員であると名乗る者が捕えられたことは何回もありますし、レグルスの中である程度の地位を得ていると思われる者が国の権力者と接触したという話もあるので。ただ、情報統制が上手いのか、関係者が皆グルなのか分かりませんが、結局はっきりとした情報は入って来ません。でも、国はレグルスを危険視していると遠回しにぼかしながら公言しています。動向を注視するとか、臨機応変に対応するとか言って」

「不思議な組織ですね……」

 

 その組織に関して、世莉架は間違いなく重要な情報であり、今後探っていく必要があると判断した。


(果たしてその組織が今後本当に世界を危険に晒していくのか、それこそ世界征服でもしようとしているのかは分からない。アウストラリスの言う世界に迫る危険がその組織を指しているかも分からない。とにかく現状は情報が少ないから、どうにかしてレグルスに属する者と接触したいわね)


 レグルスに関する情報はメリアスも本当に少ししか知らなそうなため、世莉架は次の話を促す。


「まぁ、私には関係ない組織みたいですね。それで、冒険者に依頼される討伐依頼については……」

「あぁ、はい。高ランク冒険者が挑めるような討伐依頼の対象は決して多くはありませんが、時々国内の街の周辺に現れて人的被害が出ることがあります。過去には国が半壊、もしくは完全崩壊するような伝説的な生物が暴れ回ったりしたこともあったそうです」

「……、本当ですか」


 それが事実であれば、確かに物騒な世界だと思わざるを得ない。


(地球の最新兵器ではなく、いち生物が国を……? 転移してからすぐに見た大きい鳥類からしても薄々分かっていたけれど、地球に生息する生物とは比にならない程危険な生物が存在しているのね)

  

 やはりここは異世界なのだと、強く実感させられる話であった。


「ただ、人間にとっては討伐対象だけど、例えばエルフ族・・・・にとっては友好的な存在である生物もいたりするので、そういった点がまた色々な種族間でのいざこざや不和に繋がってしまっているのですが」

「……、なるほど」


 まだ世莉架はルインにて、人間しか見たことがなかった。勿論、異世界であることから言語を扱える人間以外の種族がいる可能性は考えていたが、本当にそんな存在がいることを教えられ、頭が痛くなってしまう世莉架だった。


「そのあたりは国ごとの法律の違いがありますし、完全に理解し合うのは無理なのでしょうが、どうも互いに歩み寄るのを嫌がっているような……。せめて、勇者様方が歩み寄るアピールをするだけでもイメージは変わると思うのですが」

「勇者様?」

「えぇ。勇者と呼ばれる存在が大抵の種族にはいるんです。現状だと人間の勇者が数名で、他種族は大体一名ですね。彼らは非常に強力な神法を使えることと、アウストラリス様に愛されているかのような、不思議な加護を持っています。中には冒険者登録している勇者もいて、非常に高ランクだと聞いたことがありますね」

「そうですか」


 次から次へと新しい、そして重要であろう情報が出てくる。世莉架はその勇者などと呼ばれる存在にもいつかは接触する必要があるだろうと考えた。


「そんな勇者達を束ねた組織を作り、世界の平和と秩序のために活動させようとする話が数カ国集まって行われるサミットという会議で出ているんですよね。結構前の話ですが」

「勇者が集まって協力したら、かなり頼もしいですね」

「まぁ、そうなんですが……。勇者達は皆、かなり個性が強いと聞いていますし、現に今でもその組織の結成は実現していません。それに、恐らくその組織を結成したい本当の理由は、レグルスに対抗するためだと思っています。私の推測に過ぎませんが」

「そこで堂々とレグルスに対抗するためと言ってしまえば、大きな戦いになる可能性がありますもんね」

「とにかく、そこは国に上手く動いてほしいですね」


 それから少しの間メリアスと会話した後、メリアスは建物内にかけられている時計を見て言った。


「ごめんなさい、今日は特に急ぎの用事は無いと言ったんですが、少しやりたいことがあるのでこのあたりでお暇してもよろしいですか?」

「はい、大丈夫ですよ。色々と教えてくれて本当にありがとうございました」


 それは世莉架の本心である。メリアスから教わったことはいずれは耳に入っていたことだろうが、有り難いことには変わりない。


「もしもまた会うことがあれば、お話しましょう」

「えぇ、是非」


 そうして二人は別れ、メリアスは再び掲示板や受付の方へ向かっていった。


(随分と色々な情報を貰えた。言葉も大分流暢に話せるようになってきたし、今日だけでも収穫はかなり大きいわね)


 世莉架は時間を無駄にしないためにも、また街を巡って色々な情報を得るため、冒険者協会の外に出て行った。

 

「……」


 そんな世莉架の背中を見つめる少女が一人。

 世莉架とメリアスが会話していた時、二人の姿をチラチラと見ている者は多くいたが、その一人である。

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