美少女と世界について ①

 世莉架は依頼書が張り出された大きな掲示板の前で一瞬だけ目が合った女性から視線を外す。

 当然ながらその女性は全く知らない人であり、そのまま見続けるのは憚られる。


「……」


 その女性もふいっと目線を外し、再び数多くの依頼書を見始めた。

 世莉架は横目でその女性を観察する。女性は金色と銀色の中間色くらいの色素の薄いミディアムヘアで、瞳も髪と同じように色素が薄い。

 前は太ももまで見える長さ、後ろは膝裏あたりまで伸びている黒のフィッシュテールスカートを履いており、赤い花のような模様がいくつか入っている。紺色のカットソーに灰色のベルトを付けており、右の太ももにはブラウンのベルトを巻いている。靴は黒のブーツで、腰あたりまで伸びる灰色のレースのカーディガンを羽織っている。

 また、左腰には花の装飾がされた銀色の鞘がついており、柄の部分の複雑な曲線を描く格子状の護拳が付いているという特徴から、それはレイピアだろうと世莉架は推測した。

 顔立ちやスタイルは美しいと形容する他ない程の美少女である。


「……、何か?」


 すると横目で見ていた世莉架に気づいた女性が声をかけてきた。


「ごめんなさい、女性の冒険者は少ないようなので気になってしまって……」

「そうですか」


 世莉架が適当な理由をつけると、その女性は興味無さそうにまたも掲示板の方を向く。


(年齢は私と同じか少し下くらいかしら。背筋の良さや雰囲気から品性や高貴さのようなものを感じるけど、冒険者の雰囲気には似合わないわね。まぁ、それは私も同じようなものか)


 既に現状の依頼書は全て記憶し終わった世莉架は、広い空間の端に配置されている椅子の一つに座り、周囲を見渡す。

 これからやるべきことははっきりしたが、今日に関してはこれ以上できることは少ない。

 だが人が多く、冒険者達で賑わっているおかげで世莉架の洞察、情報収集能力を駆使することで端で観察しているだけでも有益な情報を得られる可能性は高い。

 世莉架は異常に優れた五感を活かし、情報を集め始める。


(いつどこでどんな情報が必要になるか分からない。得られるものは全て得ておく)


 これから受けようと思っている依頼について仲間と相談する者、今後のパーティの方針を固める者達、武器や防具について話す者達、異性関係について話す者などなど、色々な話が至る所で行われている。

 割りが良いとされる依頼について話す者達もおり、一時間もこの場所にいれば有益な情報はいくつも得られそうだ。

 少しして、先ほど掲示板前で会話した女性がキョロキョロと周囲を見渡し、世莉架のすぐ横あたりで視線を止め、すたすたと世莉架の方へ歩いてきた。

 やがて世莉架の隣の席を一つ開けた席に座る。

 

「……」


 特に喋ることもなく、世莉架は情報収集を続け、その女性は冒険者で賑わう空間を眺めている。


「あの」


 女性が世莉架の近くに座ってから数十秒程経ったころ、世莉架に声をかけてきた。


「はい?」

「貴方は一人で冒険者を?」


 世莉架の周囲には冒険者仲間のような人がいないため、そう思われて当然である。

 なんとなくこちらを気にかけていることは察していた世莉架は特に驚くこともなく答える。


「まだ冒険者にはなれていませんが、現状は一人です」

「そうですか。受ける依頼にもよりますが、神法しんほうを使えたとしても女性一人というのはあまりよろしくないと思います」

「……、神法?」


 ここで世莉架の知らない単語が出てきたことで、それについて聞き返す。するとその女性は少し驚いた様子だった。


「神法ですよ。流石にご存知だと思いますが……」

「あー……」


 世莉架はピンとくるものが合った。それはアウストラリスの言っていた神秘の力のことである。


(この世界には神秘の力がある、なんてアウストラリスは言っていたけれど、それが神法というもののことなのね。まだ具体的にどういったものなのか不明だけど、彼女の様子からして知らない方がおかしいみたい。それほど有名で常識となっている力なのね)


 知っていて当たり前のようである神法を、どうやって知らなかったことにするか世莉架は考える。しかし、あまり適当なことを言ってしまうとより変に思われる可能性がある。


「訳あって常識すら知らないことが多くて、神法も聞いたことはあるけどどんなものかまでは……。言葉もまだ覚え中なんです」


 とりあえず聞いたことくらいはある、くらいの誤魔化しで対応し、加えて訳ありであることを伝える。こうすれば追求してくることはないと判断したのだ。


「なるほど。冒険者には色々な事情を抱えている人が沢山いますから、恥ずかしがる必要はありませんよ」


 世莉架をフォローしつつ、女性は神法の説明を始めた。


「神法しんほうとは、女神アウストラリス・・・・・・・様の寵愛と加護による神秘と言われている力のことです。日常生活の中で役立つこともあるし、戦闘にも大いに役立ちます。とにかく色々な場面でその力を発揮してくれる、大変有り難いものなのです」

「アウストラリス……」


 世莉架は驚きつつも納得していた。世莉架をこの異世界ネイオードに送った張本人であるアウストラリスが女神と呼ばれる有名な存在であることは、普通に予想できる話である。


(やっぱりアウストラリスはこの世界の神なのね。女神と呼ばれ崇められる存在なのかもしれないけど、確かにあの時の会話を思い起こすと節々から神のイメージに合う部分もあった。けど、全体的には親しみやすさを感じるくらいの喋り方というか雰囲気だったと思う。見た目は分からないままだけど)


 少なくとも、アウストラリスがネイオードにとって重要な存在であることは間違い無いだろう。


「あ、役所の前にある像って……」


 世莉架は役所の前にあった荘厳な像がアウストラリスを象ったものなのでは無いかと考えた。


「えぇ、あれはアウストラリス様の像ですね。別に珍しくは無いですよ。トラリス教は世界最大宗教であり、ほとんどの国で一つ以上は像が建てられているはずです」

「トラリス教、ですか」

「はい。まぁ、トラリス教に入っていなくても神法を使える人はいるので、アウストラリス様のおかげで力を使えるという訳ではないのですが。熱狂的な信者はトラリス教徒ではないのに神法を使える人を非常に忌み嫌っていたりもしますね」

「そうですか。ちなみに貴方は……、あ、そういえばまだ名前を聞いてなかったですね。お聞きしても?」


 まだ互いの名前も知らない状態であるため、世莉架は名前を尋ねる。


「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私はメリアス。ごく普通の冒険者ですよ。貴方は?」

「私は世莉架。つい先日このルインに来たばかりで、右も左も分からない状態です」


 世莉架は自身に対して好印象を抱かせるため、一人でいる時の無表情ではなく、朗らかな笑みを浮かべて言う。自分への印象操作など世莉架にとっては朝飯前である。


(メリアス……。この世界にも普通に苗字と名前があるのは確認済みだから、どちらかでしょうね。まぁ、私も名前しか言ってないし、苗字まで教える必要も特にないでしょう)

 

「そうだったんですね。今日は特に急ぎの用事等がある訳ではないので、私の分かる範囲で良ければ色々と説明できると思いますよ」

「本当ですか? そうして頂けると非常に助かります。お願いしても?」


 これは世莉架にとっては願ってもないことだった。まだまだ知らないことだらけの世界について、丁寧に説明してもらえるのであれば有り難い限りだ。


「分かりました。まず、先ほど質問されかけていましたが、私もトラリス教徒です。両親がトラリス教徒ですし、世界中を見てもほとんどの人がトラリス教徒だと思いますよ」

「流石、世界最大宗教ですね」

「はい。それで、神法についても深掘りしますね。神法には三種類あり、それぞれ汎用神法、戦闘神法、特殊神法です」


 世莉架は難しい専門用語を文脈などから推測しつつ、理解していく。


「汎用神法は日常生活に役立つもので、体を清潔にしたり、音を拡大したり、物を浮かばせたりできます。戦闘神法は文字通り戦闘に用いる力で、火、水、風、土、闇、光の六種類あります。特殊神法は他二つに該当しない珍しい力になります。特殊神法を持っている人は非常に少ないですが、どれも凄いですよ。まだまだ私も知らない特殊神法が世界のどこかで使われているんでしょうね」

「本当に凄い力なのですね。ちなみに神法はどうやって会得するんですか? そもそも努力して会得できるものですか?」

「基本的には先天的に生まれ持っているものなので、後天的に会得するのは難しいですよ。ただ、難しいだけで後天的に神法を会得できた人は実際にいるので、希望がない訳ではありません。そもそも神法は人口のおよそ二割程度の人が使える力なので、神法の力に恵まれない人の方が多いんですよ」

「なるほど」

「ちなみに、神法を使える者は御使師みつかいしと呼ばれています。女神アウストラリスの使者であり、神法の技術を持って扱える者という意味です」

「神の使者ですか。少し気後れしてしまいそうな名前ですね」

「ふふ、確かにそうですね」


 どうやら神法は誰でも使える力ではないらしく、先天的、つまり遺伝に関係する部分が大きいようだ。才能とも言い換えることができる。


「メリアスさんは神法の方は?」

「私は有り難いことに神法の力を授かって生まれました。戦闘神法は火と風と光の三種類使えます」

「普通戦闘神法は何種類くらい使えるものなんですか?」

「基本は一人一種類ですね。たまに二、三種類使える人もいて、私はその一人です。そしてごく稀に全種類使える人もいますが、本当に一握りですね」

「メリアスさん、優秀なんですね」

「いえ、私は未熟もいいところです。まだまだ精進が足りません」


 話を聞く限り、メリアスは少なくとも神法の才能に関しては非常に優秀であることが分かる。そもそも全体の二割程度しか神法を使うことができず、その中でも戦闘神法は基本一人一種類。にも関わらず、メリアスは三種類も戦闘神法を使えると言うのだ。


(戦闘神法を三種類使えることがどの程度騒がれるのかは分からないけど、もしかするとメリアスは有名人なのかもしれない)


 先ほどから、端の方で話す二人の方にはチラチラと複数の視線が何回も向けられている。


(視線は感じるけど、これはメリアスが有名だからという訳ではなさそう。単純に容姿に見惚れているだけね)


 世莉架とメリアス、この二人が並ぶだけであまりにも美しい絵になるため、自然と視線が集まってしまう。とはいえ声をかけてくる輩は今のところいないようだ。

 

「努力家なんですね。そういえばメリアスさん、ご出身は?」

「私はアルニラムという国の出身です。フェンシェントには旅……、というか、修行というか、とにかく一人で色々やってみたくて来ました。考えなしと言われても仕方ないような理由ですよ」

「そうですか。私は国も全然知らなくて、アルニラムという国もよく分からないんですが、どういった国なんですか?」

「アルニラムはここフェンシェントと同じく、大国の一つ。文化や価値観は当然フェンシェントと違うけれど、非常に優れた技術や軍事力を有しているところは一緒です。大国であるが故に、影響力も大きいのですがアルニラムは少々……、いえ、とにかく私はそんな国から来ました」


 話の内容だけでなく、表情や仕草等から、どうやらメリアスは自身の出身国に対して色々と思うところがあるようだ。しかし、そこを追求するには関係性が浅すぎるため、世莉架は頷くだけに留めた。


(結局、いつかはそういった大国はどこも訪れることになりそうね。まぁ、大国であろうが技術が進んでいようが、様々な問題で溢れかえってしまうところはどこの世界でも一緒か)


 メリアスのおかげで色々な情報を得ながら、世莉架は次に知りたいことについて質問する。

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