藍色の花
世莉架が役所、冒険者協会、メリアスとの会話など、重要なイベントをこなした翌日。
冒険者として登録するのに必要な簡易的な身分証のようなものを取得するため、世莉架は再び役所を訪れていた。
(異世界二日目は街の外で野宿。まぁ、昨日がラッキーだっただけであって、これが普通よね)
今の世莉架には安宿を取るのも難しい程度の手持ちしかない。そのため、転移してから考えていた街の外での野宿をしたのだった。
しかし、野宿と言ってもキャンプのような道具などある訳もなく、ただ木にもたれかかって眠っただけである。
ただ世莉架は数日眠らなかったり数日何も食べなくても死なない。そういう特殊すぎる体なため、いつどんな危険があるかも分からない街の外でほんの一時間だけ眠った。また、少ない手持ちでいくつか果実のようなものを購入し、多少は腹を満たした。
役所の受付の列に並び、自身の番がやってきてから訪れた理由を話す。
世莉架の話を受け、受付の男性にすぐに頷かれることはなかったが、少し時間が欲しいとの旨の話をされて奥へと消えていった。
(まぁ、いくら簡易的とはいえ、誰でも必ず身分証のようなものを手に入れられるはずがない。最低限の書類や条件くらいはなければ悪事に使い放題できてしまうでしょうし)
少しして、その受付の男性は書類を手にして戻ってきた。
それから世莉架は色々な説明を受けながら書類を拙い字でなんとか書き進めていった。やはり簡易的であっても非常に時間のかかってしまう手続きであった。
話をする中で、所々身分証の発行を渋られるような場面があったものの、なんとか身分証の発行にまで漕ぎ着けることができた。
「ふぅ……」
世莉架は深い息をひとつ吐き、役所の外に出た。
役所の了承を得て書類を提出し終わり、そこから更に時間がかかってようやく冒険者になると貰えるカードと同じような身分証を得ることができた。
また、少しの支援金を貰える手続きも同時に行なったため、手持ちは少しマシになった。
(地球とは異なる異世界のシステムだから文句を付けようとは思わないけど、色々と物申したい部分が多いわね。まぁ、そういうものだと納得するしかないわね)
世莉架はシステムへの不満と心配を抱えつつ、冒険者協会へと向かった。
冒険者協会へ着くと、相変わらず活気に満ちていた。世莉架は当然、受付嬢の元へ真っ直ぐに向かい、冒険者登録を行う旨を伝える。
すると本日二度目の書類を持ってこられ、色々と質問を受けながら書き進めていく。
そうして全て書き終え、提出し終えた。これから内容の最終確認をされ、正式に冒険者として登録されることになる。
「セリカ様。無事、冒険者登録が完了いたしました。カードの発行は明日になるので、明日またお越し下さいませ」
世莉架はついに冒険者として正式に登録されたものの、カードの発行は明日になることからまだ依頼の受注は行えない。しかし、ひとまず冒険者になれたことはこの異世界において大きな前進であるといえよう。
(そうなると今日はもうあまりできることはないわね)
諸々の手続き等で既に夕方になっているため、世莉架は安宿を探すために冒険者協会を出ようとする。
「あ、あの……」
すると冒険者協会の建物の出入り口付近で声をかけられた。
(この子は昨日もいたわね)
そこには一人の少女がいた。その少女は世莉架が昨日メリアスと会話している時に二人をチラチラと見ていた人達の中の一人である。
「どうされました?」
「えと、冒険者の方……、ですよね?」
「はい、つい先ほどなったばかりですが」
「そうでしたか。あ、私はルインセンター学園生のハーリアと言います」
その少女、ハーリアは少し頭を下げて名乗る。
(ルインセンター学園……。確かに、街を歩いていると制服らしきものを着ている若い子は沢山いたし、その会話からどうやらルインにいくつか存在する大きな学校に通っている生徒であるということは把握できていた。東西南北と中央に大きな学校があり、それの中央にある学校ね)
ハーリアは紺色のチェックのスカートに白いブレザーを着用しており、青のリボン、黒のショートソックス、ブラウンのローファーという、まさに学生といった格好をしている。
美しい藍色のセミロングの髪を抑えている左手には銀青色のブレスレットが付けられている。また、顔には幼さが残るが、それでも美少女と形容する他ない少女である。
異世界でも学生の制服は同じようなものになるんだなと世莉架は思いつつ、特にハーリアを邪険にする必要もないため、同じように名乗る。
「学生さんでしたか。私は世莉架。冒険者になったばかりでなく、この街にも来たばかりなんです」
「セリカさんですね。外国から来られたんですか?」
「まぁ、そんな感じです。それで、どうされました?」
世間話もいいが、相手は学生。有用な情報が手に入るかは微妙なところであるため、早速本題に入ろうとする。
「あぁ、その……。セリカさんは何人くらいで冒険者として活動していくつもりですか?」
「えっと、今のところは一人ですね。難しい依頼を受けるつもりはあまりないですしね。受けられるとも思いませんし」
「そうなんですね。あの、昨日お話しされていた方は……」
「メリアスさんのことですか?」
ハーリアはメリアスのことが気にかかっているのか、昨日会話をしていた世莉架に聞けばメリアスについて何か知れるのではないかと考えたのだろうと世莉架は推測する。
女性比率の少ない冒険者であれば、女性同士の仲間意識はより強いものになっても何らおかしくはない。
「メリアス……、名前は知りませんでしたが、前から彼女は異彩を放っていたので気になっていて。しかも彼女もソロで活動されているようなので、いつかお話ししてみたいなと考えていて……」
「彼女も……、ということはハーリアさんも一人で冒険者を? というか、学生でも冒険者になれるのですか?」
「あ、えっと、学生の場合は基本的には冒険者になる資格がありません。ただ、いくつか条件をクリアすれば特例として冒険者になることができます」
「特例?」
ハーリアは冒険者になれているため、その特例ということである。つまり、普通の学生ではないのだろうと想像できる。
「はい。とはいえ、それでも受けられる依頼には制限がついていますが、私は別に危険な依頼を受けたい訳ではないので……」
「なるほど。優秀なんですね」
「い、いえいえ、私は全然……、本当にただ恵まれただけという言いますか……」
特例で冒険者になれているはずなのにやけに自信が無さそうである。ただ当然何かしらの事情があるはずなので世莉架は特に追求せず、話を元に戻す。
「それで、ハーリアさんはメリアスさんと一緒に冒険者として活動したいという話ですか?」
「理想はそうですが、別に一緒に活動できなくてもいいんです。ただお話はしてみたいなって……」
「私から紹介してほしい、ということですか?」
「で、できれば……」
「彼女は少し孤高な感じがあるので少々話しかけ辛いところはありますが、普通に話してくれると思いますよ?」
そもそも世莉架はメリアスと仲が良い訳ではなく、少し話をしただけの関係である。次にいつどこで会おうという約束もしておらず、ハーリアを紹介するという確約はできない。
「そ、そうですよね。でも、私はセリカさんとも話したいと思っていたんです」
「私も?」
話しかけたいと思っていたメリアスと世莉架は普通に会話していたからだろうか。ハーリアは世莉架に対しても興味を抱いていた。
「私の見ていた感じではメリアスさんは特に仲の良い人はいなさそうだったんです。でもセリカさんはそんなメリアスさんと結構楽しそうに話されていたので、何者なのかなと……」
メリアスは世莉架の思っていたよりも注目されている存在のようである。その美しい容姿もあるだろうが、ソロで活動していて仲の良い人もいなさそうなミステリアスな人物に見えるからだろう。
世莉架としては、まだまだ右も左も分からないと言っていい異世界において、誰かとの交流によって得られるものは大きく大事にしていきたい。しかし、交流が深くなっていくとその分自身の行動に制限がかかってしまうことも考えられる。そのため、特定の誰かと頻繁に交流はせず、浅すぎず深すぎずの関係を維持したいと考えている。
制服を着た学生であるハーリアは恐らく十八歳の世莉架よりも年下であり、メリアスも一つ二つ年下だろうと世莉架は予測していた。
世莉架はメリアスに対しては知識や見識があり、頭の良さそうな印象を持っている。ハーリアはまだ話し始めたばかりなため分からないが、現状では少し頼りない印象を受けざるを得ない。しかし、学生でありながら特例で冒険者になれている時点で何かしら秀でている部分があると考えられる。
また、メリアスも実は学生でその特例の一人なのかもしれないと考えられるが、異なる事情があるようにも思えている世莉架だった。
(とりあえず、この子から害意は感じない。仲良くなっておいて悪いことにはならなそうだけど、どうしようかしら。メリアスさんに合わせようにも、運良くここか街中で会わなければならないし……)
そもそもメリアスと再び会うというのが難しい。それに加えてハーリアとの交流の価値を考えるには材料が足りず、当たり障り無いの答えを返すしかない。
「先ほども言いましたが私はつい最近この街にやってきた浮浪者みたいなものです。一般常識も多く欠けていますし、言葉も勉強中なので、全く大層な人間ではありませんよ」
「そうなんですか? なんだかオーラみたいなのを感じたので……」
「はは……」
世莉架は適当に愛想笑いしながら少し話題を変えてみることにした。
「ハーリアさんは特例で冒険者になったということですが、冒険者になって何かやりたいことが?」
「まぁ、やりたいことというか、単純な興味というのが大きいんですけど、ちょっと一歩踏み出してみたかったというか……」
「すみません、色々と事情がありますよね。そういえば神法ってやつ、使えますか?」
「あ、はい。一応……」
どうやらハーリアは神法が使えるようである。人口のおよそ二割が使え、使えないよりかは使える方が色々と便利そうな能力であるため、それが使える時点でハーリアは必要とされる人材になる、または既になっていることだろう。
「本当ですか。ちなみに、どんな神法が使えますか?」
「汎用神法は大体使えます。戦闘神法は……、普通です。特殊神法は使えません」
「そうですか。羨ましいです。私は使えませんから」
戦闘神法について話そうとした時の仕草や喋り方、目線等からハーリアが言う普通というのが嘘、または誤魔化したいことであることを世莉架はすぐに理解したが、そこにも事情があることを考慮して追求しない。
(実はとても凄い戦闘神法を使えるか、ほとんど使えないかのどちらかね。でも特例ということだし、使えないことはないと思うけど、まぁ、これ以上はもういいかしらね)
この辺りで世莉架は話を終わらせようと考えた。
「あ、すみません。そろそろ行かないと」
「何か用事が?」
「えぇ、先ほども言った通り、この街には来たばかりですのでまだまだやらなくてはならないことが多くて。お互い冒険者として活動していればまた会う時もあるでしょう」
「そうですね。あと、メリアスさんは……」
「彼女とはあの時少し会話しただけで、特に会う約束や連絡を取る約束をした訳ではないので、紹介するのは難しいです。すみません」
「そうですか、分かりました。もし次に見つけたら自分で話しかけに行ってみます」
ハーリアは少しの臆病さも入っているが決意の籠った目をしている。一見弱々しく、頼りなさそうに見えるハーリアだが、その芯は強いのかもしれないと思いつつ、世莉架は頷いて別れようとする。
するとそこに一つの声が挟まれた。
「あ、セリカさん」
「!」
世莉架とハーリアは同時にその声の方を向く。
そこには何やら両手に袋を抱えたメリアスが立っていた。
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