第13話 前田の事情と真彩の出生
【カフェバー「Route72」】
夜、カフェバー「Route72」のテーブル席で、真彩、前田、松本が、飲食しながら談笑している。
あまり自分の事を他人に知られたくない前田だったが、何度か真彩に食事に誘われ、真彩と、Route72の店主である松本と話をしている内に、いつの間にか心を開いていた。
松本「あぁ、そう言えば前田さん、母子家庭で苦労したって言ってたね?」
前田「あぁ、はい。俺が小学生の時に両親が離婚して、まだ妹も小さかったのに……」
松本「そりゃー経済的にも大変だっただろうね……」
前田「はい。生活保護受けた時期もあって、肩身狭くて恥ずかしかったです……」
前田、ビールを一気飲みする。
前田「この前、母が入院して、妹の学費もあるので仕送り多くする事になって、仕送り増やすには食費、削るしかなくて……」
松本「あぁ、それでフラフラしてる前田さんをマーちゃんが見つけた訳だ……」
真彩「うん。前田さんのお腹、空っぽに見えたからね……何か、フラフラしてる様に見えてさぁー、心配になって声掛けちゃった。でも、あの時、ビビった顔したよね?」
前田「あぁ……すいません。パワハラ社長だと思ってたから、怖かったんです……」
松本「パワハラ社長?!」
真彩「酷いと思わん? タッくん!」
と言って、松本の顔を見る真彩。
松本「まぁ、でも、マーちゃんは、自分の頭で考えてる事が多過ぎて、人に伝えるのが難しいよね。言葉足らずの時があるから……」
真彩「えっ? そうなの?」
松本「マーちゃんの心の境涯と、一般庶民の心の境涯は違うから……」
前田「?……」
松本「マーちゃんの頭の中で考えてる事を一般庶民に伝えるには、難しい言葉をよく嚙み砕いて、優しい、分かり易い言葉で言わないとダメなのに、咄嗟の時、それが出来ないから、端的な言葉だけになっちゃって、キツイ口調に聞こえちゃうもんね」
真彩「?……」
松本「あっ、僕は理解してるから大丈夫だけど、でも、マーちゃんの事、解ってない人にとったら、パワハラ発言に聞こえちゃうかもね」
真彩「えぇー、そうなんだ……あぁ、そう言えば、前にもそんな事、言われたなぁー」
松本「うん、言ったよ。あの時、『気を付ける』って言ったのにね?!」
と言って、真彩の目を見て微笑む松本。
真彩「すいましぇん……」
と、ちょっといじけた感じで、口を尖らす真彩。
前田「社長の言葉足らずが原因でパワハラ社長って思われるの、俺、腹立たしいです。皆んなに誤解だって知って貰いたいです」
真彩「あぁ、良いの、良いの、前田さん。その方が面白いから」
前田「えぇ? 面白い? 悪く思われて面白いなんて……」
真彩「ふふっ……」
と、笑う真彩。
松本も笑っている。
松本「あぁ、話がそれちゃったね、それで、前田さんを呼び出した訳だ」
真彩「あぁ、ワイシャツのボタン、取れかかってたから、丁度良かったよ」
と言って、前田を見て微笑む真彩。
前田「あぁ、あの時は、本当にすいませんでした」
と、言って、真彩に頭を下げる前田。
そして前田、今までの苦労話をし始める。
真彩と松本は、人の心の内を引き出すのに長けている。
× × ×
真彩「でも、苦労した分、自分と同じ辛い想いしてる人の気持ちが分かるジャン。若い頃の苦労って将来の財産になるってお祖父ちゃん言ってた。過去に執われずに、プラス思考でいった方が人生得するよ?」
すると、真彩の言葉に反応し、前田、怒った口調で、
前田「それは、何も苦労とか辛い想いした事ない人の言う事です。何不自由なく育ったお嬢様には、俺の気持ちなんて分かりませんよ!」
と、真っ赤な顔をして、真彩に面と向かって言うので、松本、驚く。
松本「あぁ、前田さんちょっと酔ってる?」
松本、前田をなだめる。
前田「酔ってません! 大体、世の中おかしいです。不平等で理不尽過ぎます!」
真彩「……」
真彩、前田の顔をじっと見る。
真彩「あのー、私、全然お嬢様じゃないんだけどね……」
と言った後、真彩、口をつぐむ。
前田「はぁ? お嬢様じゃないですか! 金持ちで良い家に住んで、別荘あって、帰国子女で良い大学出て、完璧お嬢様ですよ!」
前田の言葉に、真彩、悲し気な顔をする。
真彩「私さー、実は捨て子なんだよね……」
前田「えっ?……」
前田、『捨て子』というワードに理解及ばず、フリーズする。
真彩「生まれて直ぐお寺に捨てられてたの。今の母が見つけてくれて、育ててくれたの。だからお嬢様でも何でもなく、生まれて来ちゃーいけなかった子……」
真彩、敢えて自分の不幸な生い立ちを前田に話す。
自虐ネタで前田の反応を見る真彩。
前田「?……」
前田、真彩の言葉に唖然とし、何も返す言葉が無く、戸惑う。
真彩「お母様も苦労されたとは思うけど、お父様も悩みがあったと思う。夫婦間の事は当人同士しか分からないよ。心の器を広げて、もう許してあげたら?」
前田「あ、あの……俺、失礼な事言ってすいません。社長の事、よく解ってなくて……あの、社長の仰る事は分かりますが、俺、心の器、小さいんで、女つくって俺たち捨てた奴は許せないです」
真彩「そっか……今はまぁ、しょうがないか……あぁ、ちょっと失礼!」
と言って、真彩、立ち上がり、トイレに向かう。
松本、真彩の後ろ姿をじっと見る。
そして松本、前田の顔を見る。
松本「マーちゃん、いつも明るく振る舞ってるけど、辛い経験、沢山してるんだよね……恋人を事故で亡くしてるし……」
前田「えっ?……」
松本「日本に一時帰国した時、僕の家に遊びに来てて、アメリカから電話掛かって来てさー、知らせ聞いて、マーちゃん、発狂したもんなぁ……可哀想だった……」
前田「……」
松本「実は、未だ心癒えてなくて、引き摺ってるんよ……」
前田「そう……なんですか……辛いですね……」
松本「その前は、結婚約束してた人との別れもあって……未だ十代だったし、どうする事も出来なくて、あの時も可哀想だった」
前田「?……」
松本「それに、マーちゃん、何回も死にかけたし……本来、死んでてもおかしくない人なんだよね……」
前田「えぇー?……」
松本「マーちゃん、普通の人より辛い経験、沢山してるからさー。明るく振舞ってるけど、不幸を沢山背負ってるんだよね……あぁ、この事、内緒だよ?!」
前田「……あぁ、はい……」
松本「マーちゃん、人に同情されると自分が惨めになるから、同情されるの嫌だって言ってたから……」
前田「あぁ、はい。分かりました。誰にも言いません」
松本、真彩が経験した過去の悲しい出来事を思い出し、悲し気な顔になる。
前田「……俺、社長に何て失礼な事言っちゃったんだろう……あぁ、どうしよう……」
前田、頭を抱える。
松本「マーちゃんさぁー、死ぬ事、全然恐れてないんだよね……むしろ、早く死にたいと思ってるんじゃないかな?……って僕は感じてる。だから、全身全霊で突き進んでる感じ……」
前田「……」
松本「今回の社長の任務、捨て身で、命懸けてる」
前田「?……」
松本「前田さん……マーちゃんを支えてあげてくれないかな???」
松本の言葉に、前田、思わず背筋を伸ばし、襟を正す様にシャキッとし、
前田「はい。俺、命賭けて社長を支えます!」
と言って、真剣な顔で松本を見る前田。
松本「……有難う……」
松本、前田に微笑む。
前田「でも、松本さんって、本当に社長のこと大事に思っておられるんですね……」
松本「んん? 大事だよ。マーちゃんは僕にとって、とっても大切な人だよ。昔ね、僕、色々あって、ずっと死にたいって思ってたんだよね……」
前田「?……」
松本「あの頃は、死ぬ方法ばかり考えてた。どうやったら親や他人に迷惑掛けずに死ねるかって……」
前田「えぇー?!」
松本「で、実行に移そうと思った時、マーちゃんが阻止したんよ。だから、僕が今こうやって楽しく暮らせてるのは、マーちゃんのお蔭なんだよね……」
前田「……」
前田、何も言えず。
松本「あの時、死ななくて良かったよ。もし死んでたら、僕、あの世でもっと苦しんでたと思う。だからマーちゃんは僕の命の恩人。救世主」
前田「そうなんだ……松本さんも、色々あったんですね……」
松本「……あぁ、色々あったよ……でも、誰でも色々あると思うけど?」
前田「俺、自分は人より苦労して、可愛そうな人間だって思ってたのが恥ずかしいです……」
松本「……僕は人の心は分からないけど、いつも人に優しく、明るく振舞ってる人ほど、寂しい想いとか、辛い経験してると思う。だから、人の痛みが分かるっていうか……マーちゃん見ててそう思うんだよね……」
前田「社長、会社ではいつも明るく振舞ってるけど……そうですね……でも、ふと、寂しい顔をされる時あります」
松本「?……」
前田「それにしても、松本さんは、本当に社長の事、よく解っておられるんですね……」
松本「あぁ、付き合い長いから姉弟みたいだし、同志だし、それに、僕、マーちゃんの事、愛してるからね……」
前田「えっ?……」
と、思わず声が漏れる。
前田、堂々と真彩の事を『愛してる』と言う松本の言葉に、驚く。
松本、ちょっと動揺している前田を見て、微笑む。
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