第5話 魔女
「もう一杯食べて……」
「嘘だろ……無理だよ……これ以上、一口だって入らない……」
「お願い……食べて……食べなきゃ本当に殺されちゃうの……早く……」
グレーテルの頬に涙が伝った。大男はグレーテルの差し出したカップを睨みつけている。僕はグレーテルからカップをひったくるように取り、死に物狂いでかきこんだ。腹が膨れ上がり、喉の奥にゴロゴロとした肉がぎゅうぎゅうに詰まっているような、ひどい息苦しさを感じた。それでも何とか食べ終えた。胸も腹も苦しい。破裂しそうだ。だが不思議と嘔吐しそうな苦しさではなかった。
やっとグレーテルが鍋の蓋を閉めた。
すると大男が檻の中に入ってきた。だが、もう一歩だって動けない。しかし、大男は僕に見向きもせず、鍋を持ち上げて、檻の外へと出た。グレーテルがそれに続いた。ガチャリと檻が閉まり、また鍵がかけられた。腹をおさえて、しばらく身動きもできずにうずくまっていた。
どこかでグレーテルの悲鳴が聞こえた。驚き、飛び起きた。グレーテルの名を呼んだ。途端、絶叫が響き渡る。今のは、グレーテルではない。別の声だ。すぐにその絶叫は、か細いものへと変わり、やがて途絶えた──。
鉄格子の向こう側に大男の姿が見えた。
何かを引き摺っている。
それは首と、腕と、足があらぬ方向を向いて息絶えている男の子の姿だった。大男はそのまま檻の前を通り過ぎて行った。
嘘じゃなかった──。
この子供はスープを食べきれなかったのだ──。
そして大男に殺されたのだ──。
その後、拷問とも言える食事は何度も繰り返された。定期的にグレーテルと大男は寸胴鍋を運んできた。いつも同じスープだった。だけど僕は死にたくなかったから必死に食べた。
あるとき大男と一緒に見たこともない、老婆が現れた。
薄汚い黒いローブを着て、顔は皺だらけだった。鼻が異様に大きく、顎まで垂れ下がっていた。反対に目は小さく、皺に埋もれていた。それが魔女だとすぐにわかった。魔女は檻の前に立ち、僕に向かって手招きをした。吸い寄せられるように、勝手に足が動いていた。
魔女は、右手の人差し指を出しな、と言った。
ひどく甲高くしゃがれた声だった。僕は言われた通りに指を出した。魔女はそれを軽く握った。魔女の手は底冷えするほどに冷たかった。すると魔女は、ヒヒヒ、と笑い、そのまま通路の奥へと姿を消した。
わけがわからぬまま、立ちすくんでいると、大男が入ってきて、僕を捕まえた。さらに隣の檻へと投げ込まれた。もんどりうって倒れ、しばらく痛みに耐えながら大の字に寝転んでいた。
次の日、また周りが悲鳴と絶叫に彩られ、さらに隣の檻へと移された。何が起きているのかまったくわからない──。僕にはただただ、怯えることしかできなかった。
あるとき、寝ていると僕を呼ぶ声がした。
すぐに誰だかわかった。グレーテルだ。僕は飛び起きて走りよった。大男の姿はない。
「グレーテル無事か……?」
グレーテルの顔は青白く、ひどくやつれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます