第4話 肉のスープ
「グレーテル……おまえケガしてるじゃないか……いったい何をされたんだ……」
僕はグレーテルの手を握った。温かい。グレーテルの体温を感じた。グレーテルの指は滑らかで細かった──。
だが手のひらは赤く、ざらざらしていた。小さな指の爪はひびが入ったり、割れたりしていた。
「お兄ちゃん……わたし……魔女の身の回りの世話をさせられてるの……でも、なかなか上手にできなくて……」
そのとき、どこからか足音が聞こえた。グレーテルは、隠れて、と小さく叫んだ。僕は急いでグレーテルからはなれ、檻の奥に身を隠した。グレーテルの足音が遠ざかる。どこからか聞こえていた足音はいつのまにか消えていた。
それから、どれほどの時間が過ぎたのか──次に聞こえたのは、重い物を引き摺りながら歩く足音だった。
グレーテル──。
そう言いかけて口をつぐんだ。グレーテルが現われた、すぐその後ろに、とてつもなく大きな影が見えたからだ。グレーテルの背後には、あの大男がいた。大男は大きな寸胴鍋を両手で抱えていた。檻の前で大男は、一度、鍋をおろし、鍵を使って檻を開けた。また鍋を抱えて、のそりと檻の中に入ってくる。僕は恐ろしくてたまらなくなり、檻の奥で、身をかたくしていた。鍋を置いた大男は檻の入口に立っていた。入れ替わるようにしてグレーテルが中へ入ってきた。
鍋の横に座り、僕の方を向いて手招きをする。
「お兄ちゃん、私のところへ来て……大男は襲ってこない……大丈夫だから……」
僕はゆっくりとグレーテルの方へと向かう。グレーテルがいるのは檻の中央だ。本当に大丈夫だろうか──。
大男は檻の入口から僕らの様子を窺っている。入口を塞いでいるのだ。
「座って。大丈夫……大丈夫だから」
僕は言われるとおりにグレーテルの横に座った。グレーテルが鍋の蓋を開ける。グツグツと煮えたぎっているが、それはひどく生臭かった。
「お肉のスープよ……食べて」
そういってグレーテルは鍋の中のモノをカップにすくい、僕に差し出した。なみなみに盛られたそれは、赤黒く混濁していて、とても食欲をそそるものではなかった。
「でも……」
「食べて。食べなきゃ殺される」
グレーテルは無表情のまま、早口で言った。目は真剣そのものだった。大男の視線が突き刺さる。
僕は只ならぬものを感じて、カップを受け取り、それを口の中へとかきこんだ。見た目ほど不味くはないが、ひどく薄味だった。お湯にほんの少しの塩コショウをかけたような、そんな味──。しかもあれほど煮えたぎっていたのに、なぜかゴロゴロと半生の肉が入っていて飲み込むのにも一苦労だった。それでもなんとかカップを空にした。胸がムカムカして気持ちが悪い。
するとグレーテルは目の前で信じられない行動をとった。空になったカップを取りあげ、また鍋からスープをすくい取り、なみなみとカップに盛り、僕の前に差し出したのだ。
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