第3話 グレーテル

 気がつくと、僕はそのまま眠りに落ちていた──。


「──ちゃん……」


 誰かの声が聞こえる。


「──にいちゃん……」


 聞き覚えのある、この声は──。僕は眠りから覚めた。


「お兄ちゃん……」

「グレーテル!」


 僕は叫んでいた。目の前にいるのは妹だった。それはまぎれもなく妹のグレーテルなのだ。駆け寄った。だが鉄格子が邪魔をして抱きしめることはできない。涙で視界が濁る。


「グレーテル……グレーテル……おまえ無事だったのか……」

「お兄ちゃん、だめ、小さな声で話して、大男と魔女にみつかってしまう……」

グレーテルはそう言って唇に人差し指をあてた。

「魔女……?」

「おぼえてないの? わたしたち魔女につかまったのよ……」


魔女に──。


 どうも記憶がはっきりとしない。


「わたしたち……お父さんとお母さんに森へ捨てられたの……そのまま森をさまよってたら、お菓子でできたお家があって……それに気をとられている隙に……魔女に襲われたのよ……」


思い出した──。


僕は今、はっきりと思い出していた。

そう。僕たち二人は両親に捨てられたのだ。僕は捨てられる前の晩の、二人の会話を盗み聞いていた。


(もう限界なの……あなたもわかるでしょ……このままじゃ四人全員が餓死してしまうわ……もともと無理だったのよ……子供二人なんて……明日、森へ二人を連れて行くわ……)

(まあ、待てよ。それはいくらなんでもかわいそうだ……そうだ、二人は無理でも、一人なら何とかなるんじゃないか……グレーテルだけでも……女の子一人分の食べ物なら、それほど負担にならない……)


 母親の影が動いた。影は無言のまま、ゆっくりと首を振っていた。


 こうして次の日、僕ら二人は森に捨てられた。


 二人のことは許さない。愛情のかけらも無い冷酷な母親。そして変態野郎の父親は、生きて帰ったら絶対に殺してやる──。

 グレーテルの目から涙がこぼれ落ちた。

 煤や泥で汚れた頬に二筋の細い道ができる。グレーテルの肌は雪のように真っ白で透きとおっていたのに──。今や見る影もない。


「可哀そうに……大丈夫……大丈夫だよ……グレーテル……お兄ちゃんが、ここを抜け出して必ず助けてやるからな」


 グレーテルは嗚咽しながら頷く。僕は指先でグレーテルの涙を拭いてやった。

グレーテルは薄汚れた薄い布のようなものを着ていた。そして裸足だった。両足には金属の足枷が嵌められていて、その先には丸い鉄の塊があった。よく 見ると膝や腕にいくつもの傷があり、血が滲んでいる。

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