第2話 大男

 不可解な音の連鎖は徐々に、こちらへと近づいてくる。


 僕は膝を抱えてがたがたと震えていた。


 足音が聞こえた。

 

 近い。あきらかにこの檻を目指している。大きな影が見えた。

 

 檻の前に、山のように大きな男が現れた。

 

 男は見上げるほどにすべてが大きかった。


 足も、膝も、腹も、手も、胸も、肩も、首も、顔も──それを形成する目も、鼻も、口も、耳も──あらゆる部位が規格外に大きいのだ。


 男は裸だった。


 腰に布切れを一つだけ巻いている。体中毛むくじゃらだ。何か油みたいなものを塗っているのか、それとも異常に汗っかきなのか、体全体がぬらぬらと光っていた。反対に頭はきれいに禿げあがり、髪の毛は一本もなかった。

 

 男の、大きな二つの目玉が僕をとらえた。すると男はニタア、と笑った。


 背中に怖気がはしる。痙攣するように体じゅうの震えが止まらない。

 

 男は檻の一番右端まで歩き、鉄格子の前でガチャガチャと何かをしていた。するとガチャリ、という音がして、鉄柵が三本外れた。そこから男は、のそりと檻の中に入ってきた。

 

 僕は懸命に後ずさる。だが逃げ道などないのだ。男の動きはその巨体に似合わず恐ろしいほど素早かった。


 僕はすぐに捕まってしまった。

 

 大声で泣き叫んだ。あらん限りの力を手足に込めて、抵抗しようとするが、羽交い絞めにされてピクリとも動かない。男の体は生臭く、獣みたいな臭いがした。そのまま物凄い力で引き摺られて、檻の外に出された。

 

 薄暗い通路を進み、すぐに、またどこか暗いところに入った。そのまま投げ飛ばされた。硬い場所に腹を打ちつけ、息ができずにゴロゴロと転げまわる。


 ガチャリと音がして足音が遠ざかってゆく。


 痛みがようやく和らぎ、顔を上げた。信じられない光景だった。先ほどと同じ場所にいた。起き上がり腹をおさえながらゆっくりと歩く。目の前には鉄格子が立ちふさがっている。地面は土だった。壁も土でできており天井に向かって湾曲している。

 檻の一番奥には木製の丸い蓋があり、その隙間から臭気が漏れていた。

 

 まったく同じつくりだ──。


 僕は大男に檻から出されて、別の檻へと入れられたことになる。


 わからないことだらけだった。ふと思い立つことがあり鉄格子に近づく。一番右端から三つ目までの鉄柵を確認した。

 大男は鉄格子を外して中に入ってきたのだ。この檻がさきほどとは別の檻だとしても、まったく同じ仕掛けが施されている可能性は極めて高い。見ると、鉄柵の上下に、二箇所、垂直に並ぶ三本を橋渡しする格好で、水平に鉄の棒が二本、渡っていた。一番右端の、鉄柵の裏側をまさぐると奇妙な形状の凹みがあった。


 わかった。これは鍵穴だ。


 この三本の棒だけは、二本の橋渡しにより、固定されることで、一枚の扉になっていたのだ。大男はここに鍵を差しこみ、扉を開けたのだ。今はきちんと施錠されていて、やはり他の鉄柵と同じようにびくともしない。

 

 相変わらずどこからか、複数の泣き声が聞こえる。通路を見ると、今は誰の姿もない。すると急に体に力が入らなくなり、僕は硬い地面の上へ、大の字に寝転がった。

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