魔女の檻

ほのぼの太郎

第1話 悲鳴

 耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。


 声の主は、泣き叫び、暴れ狂っている。手足を全力で振り回し、必死に抵抗しているようだ。固い壁を爪でガリガリと掻き毟るような音が聞こえて、耳を塞ぎたくなる。


 ガチャリと何かの音がした。


 同時に悲鳴はまるで怪鳥が嘶(いなな)くような恐ろしいモノとなった。もはや人の声ではない。その悲鳴にさめざめと泣く、幼い声が複数重なる。


 いったい何が起こっているのだろうか──。


 両足が小刻みに震えだした。耳を塞ぎ、絶叫と泣き声を遮断する。僕は震える足で、仄かに灯りの見える方へと進んだ。

 すると目の前に立ちはだかるものがあった。


 縦にいくつも連なる鉄の棒──鉄格子だ。


 両手で握ってみる。ひんやりと冷たい。そのまま全力で引っ張る。次はガンガン叩いた。びくともしない。その隙間は狭く、頭も通らない。


 僕は檻の中に囚われていた──。


 檻のすぐ外には薄暗い通路がはしっていた。小さなランプが一つ、天井からぶらさがり、ゆらゆらと揺れていた。

 鉄格子に顔を押しつけて、絶叫の聞こえる方を見やった。仄かなオレンジの灯りの向こう側、通路の奥の方に、何かが見えた。


それは──男の子の顔だった──。


 闇の中にぼんやりと浮かび上がったそれは、こちらを向いていた。その顔は恐怖に歪み、涙と鼻水とよだれがまじり合い、テラテラと光っていた。

 そのとき、男の子の背後に恐ろしく大きな影が見えた。男の子はその、大きな何かに、捕らわれ、通路の奥へと引きずられていく。

 手を振り回し、両足を地面に踏ん張って抵抗しているのだが、影の化物は、ものともしない。男の子の姿は徐々に遠ざかってゆく。その先は完全なる闇だ。


 そのまま男の子は闇に消えた。


 同時に絶叫もピタリと止んだ。重なり聞こえていた子供の泣き声も、それが合図であったかのように、いつのまにか、耳には届かない。

 僕は鉄格子から手を放した。よろよろとよろめき、そのまま地面に尻餅をついた。地面は土だった。ざらざらとかたく、冷たい。しばらくして立ち上がり、壁を調べた。地面と同じかたさ、そして同じように冷たい土でできていた。耳を当ててみる。何も聞こえない。壁は垂直ではなかった。天井へ向かうに従い、ゆるりと湾曲していた。まっすぐに切り立った山肌の、土の断面を穿って穴を開け、その入口に鉄格子を取り付けて檻をつくった。そんなイメージが頭の中に浮かんだ。

 檻の一番奥には、丸い木の蓋が置かれていた。蓋を開けた。そこには穴が掘ってあり、糞尿が塗れていた。凄まじい臭気に仰け反り、地面に嘔吐した。鼻と口を押さえながら必死に蓋を戻す。


 大きな足音が聞こえる。思考が遮断される。


 どこかでまたガチャリと音がした。そして悲鳴──。ずるずると何かを引き摺る音がした──。

 再びガチャリと音がする──。また悲鳴──。これは別の子供の悲鳴に聞こえた。

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