第5話 新しい羽衣

 玄関先に、いくらか小さい美少女が立っていたのだ。結衣と同じような襦袢じゅばんを着て、羽衣をまとっている。間違いない、これ……いや、彼女も天女だ。この場合は天幼女、というべきか?

 

「お姉さまを迎えにきました」


 聞けば結衣の妹だという。面影はとても似ている。玄関先で話を聞くと、妹とやらは、あまりに姉が戻らないので、心配になって探しにきたそうだ。


「いますよね? 結衣姉さま」

「いるにはいるけど」


 どうやってここを調べ上げたのだろう。

 奥から話し声を聞きつけたであろう結衣が現れると、妹の表情は輝いた。


「よかった、ご無事で! お姉さまを監禁していたのは、この人間の男ですか」


 キッと俺を睨む妹。

 ……なぜ姉妹そろって、こうも話を聞かないんだ。


「ああ、こんな鬼のような人間の男と一緒に暮らすなんて……怖かったでしょう。結衣姉さま……」

「おい」

「下世話で薄汚い人間の男に捕まるなんて……! もう! お姉さまがあまりにも美人すぎるからですわ。だから下界は危険だから駄目ですと何度もいったのに」

「……」


 もはやツッコむ気にもならず、俺は放置しておくことにした。


「でも、羽衣が破れたから帰れなかったのよ?」


 な……どうしてか、結衣がまともなことを……?

 か、かばったのか? 

 俺を? 嘘だろ?

 結衣が俺をかばった、だと……?


「ああ、予想通りですわ。信じてはいけません。何百年か前も羽衣をなくしたといって、結局隠されていた事件がありましたもの。そのまま人間の男に拉致された可哀そうな天女が……その後のことは、そ、その……いえませんが」


 コホンと天幼女は頬を赤らめる。


 ……どこからどうツッコめばいいのだろうか。

 そもそも不可抗力だ。なぜ、こうもこいつらは俺の話を聞かないんだ。

 

「でも大丈夫です! 念のため予備の羽衣を、ここに持ってきましたから!」

「え?」

「……帰れる、の?」


 天幼女は懐(?)から羽衣を出した。それを見て結衣は安心しきったのか崩れ落ちるように妹に抱きついた。


「よかったな、結衣」


 俺の言葉に、こくこくと大きく頷く。


「それなら今度こそ、帰れるさ」


 俺の言葉に、結衣は再び――わあっと、大きく泣いた。帰りたかった、天界へ戻れる、と何度もいって。俺もその様子に、少しだけ涙ぐんでしまった。


「今までありがとう、山崎」


 結衣を見送るため、最初に出会ったあの水鏡の地へと俺たちはきていた。

以前の落ちたことがトラウマになっているのか、宙に浮けることがわかっても、風が強くふくと蘇る恐怖に結衣の肩は震えた。


「いままで、飛べて当たり前だったから……本当に、怖いわ。本当にちゃんと飛べるのかしら」


「大丈夫だ、飛べる。帰るんだろ? よかったら……またこいよ、お前が気に入っている桃の果汁が入った飲み物を用意しておくからさ」


 俺の言葉に、今度は少しだけほほ笑む。


「また、前みたいに落ちたら?」

「羽衣だって、やぶけてない。今度は絶対に落ちないさ。万が一落ちたら、またキャッチしてやるさ」


 怪我が治るのに大変だった。内心ハラハラして声は震えていたが、気持ちは伝わったかもしれない。


「……ありがとう」


 そういって、結衣を握手をする。「またな」と、いった瞬間に、結衣がなにかいいたげな顔をした。


 けれど、何も結局いわぬまま、天へと吸い込まれるように舞い上がっていく。小さくなっていって――結衣と妹は消えていった。


 そうして、俺の手元には確かにいたんだ、という証拠であるあの――破けた羽衣だけが手元に残った。

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