第3話 会社についていくだと?!


 翌朝、結衣はこういった。


「昨夜考えたのよ。そんなこといって、私の羽衣を奪って、天へと帰すつもりがないんでしょう!? これだから人間って疑わしいのよ。本当に修理するのか、わからないじゃない」

 

 という主張のもと、俺は結衣を会社へ連れて行く。というか、無理やりついてきた。説得というか、話し合いというかが全く無駄だった。


 仕事中コレ――いや、結衣をどうしよう、待合室かロビーで待ってもらえればいいのだろうかと心配になる。もう面倒になって有休をとろうかと考えていた時に、同僚の原田が俺へと声をかけてきた。


「山崎!? なんだ、お前……そのトンデモ美人は。まさかお前の彼女か!?」


「違う、そうじゃなくて」


 そこまでいったところで、原田はポン、と思いついたように手を叩く。


「そうか、彼女のワケないよな。ってことは、とうとう見つけたのか! 広告モデルだな!」


 その言葉に、俺は思い出した。そうだ、会社のwebサイトをリニューアルするにあたって、モデルを探していたのだ。うちの会社はウォーターサーバーを扱っている。広告写真とモデルをセットで探していたんだ。俺が秘境の地へいっていたのも、その撮影のためだ。ナイスアイデア、とばかりに原田の肩を俺は叩く。


「彼女は結衣。俺らの会社のモデル候補だ」

「結衣ちゃんか。即採用だろ、こんな美人。ところで彼氏いる? 俺なんてどう?」


 光より早く、原田は爽やかな笑顔で口説く。結衣はぐいっと近づかれたのが不愉快だったのか、俺の背にさっと隠れてひっそりと耳打ちしてきた。


「山崎、どういうこと」 

「あとで説明する。とりあえずこの場は話を合わせて」


 俺の返答に、結衣はぎゅっと背広をつかみ頷いた。原田は気にせずといった様子で話しかける。


「仕事は何してるの? モデル? 大学生?」

「天女」

「てん……にょ?」

「……そういうだ」

 

 俺の言葉に原田は、なるほど!と、大きくうなずいて察してくれたようだ。

 

「じゃ、天女の結衣ちゃんには、俺が会社を案内しようかな!」

 

 原田の押しっぷりがイヤだったのか、結衣から視線で助けを求められた。あれだけ昨日は俺に対して強気だったのだがな。なぜか原田は強引すぎるのか苦手そうだ。


「いや、まだちょっと話合うこともあるし、俺が対応する」


 不満げな原田を置いて、俺らは別室へと移動する。ひとまずガラスの会議室へと連れて行き、待ってもらってパソコンを取りにいく。戻ってきたら、壮絶な美女をみたいという輩でごった返していた。担当を代わってくれ攻撃にもみくちゃにされながら、なんとか会議室へと入り込み、ノートパソコンを開き仕事を再開する。


「私からすれば、下界の人間の方が珍しいのに。特に天界は……男性がいないのよ」

  

 結衣はガラス面にはりつく男性どもを、妖艶な笑みと共に一瞥する。


「すごい騒ぎだが……とりあえず今日をしのげれば、後は俺がなんとか誤魔化すさ」

 

 思わず頬を掻いた。モデルと契約しようとしたが互いに条件が合わなかった、とかで説明すれば大丈夫だろう。仕事を午前で切り上げ、結衣とミシン屋へと向かった。ミシン屋は早々に縫い付けてくれ、修復は完了だ。


 結衣へと手渡し、二人でさっさと水鏡の地へと向かう。結衣は俺へと手を振ると、あの時の襦袢をまとっていた。ふっと羽衣をまとい、笑みを浮かべる。そのなまめかしさに思わず、俺の頬は西日よりなお赤くなっていたと思う。


「天女は一年に一度だけ、下界に降りてきて水浴びをしてもいいのよ。今回は少しだけ楽しかったわ、山崎」


 そういって、結衣はふわりと浮いた。


 そう、文字通り浮いていたのだ。

 今のいままで、疑心暗鬼だった。


 けれど、結衣はなんの仕掛けもなく、ただ一人で……こぶし一つほどの高さ程度、地から浮いている。


「本物の天女か」

「そういってるじゃない」


 信じなかった自分を恥じたが、仕方あるまい。この世ならざるもの。そうか、それならば――これでもう二度と会うこともないだろう。


 「俺も少し楽しかったよ」と返した言葉に結衣は目を細める。やたらと高慢だったが、楽しいものではあった。行ってほしくない、という気持ちが心の奥底から少しだけ湧き出てきたが、気にしない振りをした。


 いよいよ2、3メートル浮き、少しずつ結衣は浮きあがっていく。だが、2階ほどの高さに上がった時に、大きくバランスを失った。糸が切れた人形のように落下する。


 急激に落ちて――

 待て、その高さから? 嘘だろう?


「結衣!」


 慌てて、走り空から落ちた結衣を両腕でキャッチする。勢いあまって――いや、日頃鍛えていないからか、そのまま重みで地面へと俺の両腕はついた。じんじんと痛んだが、幸いにも腕の骨は折れてはいないようだ。何が起こったのかわからず、結衣は茫然としていた。


「怪我は!」


 俺の声かけにびくりとして、慌てて首を振る。抱き起こし離れると、水鏡がじんわりと赤く染まっていく。キャッチしたときに少しだけ岩で切ったのか、俺の両腕から血がでていたらしい。それを見た結衣は顔色を真っ青に変えていった。


「ごめん、なさい。山崎……大丈夫なの……?」

「気にするな、無事でよかった」

 

 受け止めなければ、下手をすれば彼女は死んでいた。それだけをいい、俺たちは家へと帰っていった。どうして飛べなかったのかわからないままだ。羽衣は、一度でも破れていたらダメなのだろうか。なにより結衣は静かに黙りこくったままで、その日は俺も結衣も泥のように眠り終わっていった。

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