第8話

翌日、何も無かったかのように一日は過ぎ去った。僕がクラスの女子に告白されたという噂は、そこまで広がっていないようだった。吹奏楽部がやってくる前にさっさと教室を出よう。



「お待たせ」



待ち望んでいた声だった。

しかし、聞こえるはずのない声。恐る恐る顔を上げれば、そこには凛がいた。



「なんで」


「今日、悠生の家寄っていい?」



もう終わりにしようと抑え込んだ気持ちを、こいつはこじ開ける。期待はしない。はっきりと拒絶の意思を伝えられるだけかもしれない。その覚悟はできているつもりだ。



慣れ親しんだ僕の部屋。凛はベッドではなく床に座り、一言も喋らない。



「何しに来たの、お前」


「悠生の好きな人、誰?」



好きな人の話をしたあの日がよみがえる。

違うのは、僕の答えだ。



「凛」


「本当に?」


「本当だよ。」



凛と過ごす時間はいつも夕暮れで、逆光が表情を隠す。僕の顔も隠してくれていると思うと気が楽だった。



「俺、彼女と別れてきた。」



思考が停止する。



「もともと、好きな人がいるから断るつもりだった。でも、好きな人には好きな人がいて、かなしくて、その人を好きなままでいいからって言われて、耐えられなくて、付き合うことにした。彼女といるのはそれなりに楽しかったけど、文化祭なんて誰といてもそれなりに楽しいし、デートなんて感じはしなかった。どこかぽっかり穴があいてて、さみしくて、いつもの帰り道を思い出してた。悠生はほかの人たちと楽しそうにしてて、見ていられなかった」



好きな人、デート、帰り道。


まとまりのない言葉の中から、キーワードが繋がっていく。

凛が泣いている。

ひとつの憶測がうまれた。

信じていいのか、自惚れじゃないか。

ここまできても、僕は確証がもてない。



「凛、顔上げて」



凛の泣き顔を見たのはいつぶりだろうか。

ぱっちりとした凛の大きな瞳は、濡れて光を反射する。なんて、美しい。



「凛、好きだよ。ずっとずっと、凛だけが好き。凛の好きな人、教えてくれる?」


「悠生だよ。ずっと、悠生が好き。」



ふたつの影がひとつに重なる。

茜色の暖かい光が、僕らを包んでいた。

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