第5話

「あら、凛ちゃん!久しぶりね!どうぞ上がって!」


「おばさん、お久しぶりです。その呼び方懐かしいですね」



僕の母との再会に嬉しそうに笑いながら、凛は階段をのぼる。僕が冷蔵庫から飲み物を取り出して自室に入ると、人のベッドに勝手に寝転び、枕元にあった漫画を読んでいる凛がいた。少しは遠慮というものを覚えるべきだ。



「何しに来たの、お前」



突然家に寄ると言い出し、人のベッドで勝手に漫画を読んでいる。家で何かあったのか、それとも、ただ単に漫画が読みたい気分だったのか。



「悠生の好きな人、誰?」



部屋を包む茜色とは裏腹に、どこかひんやりとした声だった。



「凛には関係ないだろ、しつこいぞ」



凛は諦めないようだ。



「じゃあさ、どんな人?どんな所が好きなの?」


「活発で愛嬌があって、友達が多い。話がうまいのか知らないけど、なんでも話してしまいそうになる。遠慮なく踏み込んでくるとも言えるけど。あ、あと声。あと拗ねてる時の顔。」


「見た目は?可愛い系?綺麗系?身長は?」



鬱陶しい質問攻めだ。しかし、答えないと終わらないことは経験上わかっている。



「可愛らしい人だよ。身長は高くもないし低くもない。」



「ふーん」と言って、凛は黙り込む。自分だけ聞かれるのは癪に障るので反撃する。



「凛こそ好きな人いるんだろ?どんな人?」


「クールな感じ?スラッとしてて、落ち着いた雰囲気かな」



曖昧でよく分からない。見た目と雰囲気だけじゃないか?



「外見ばっかかよ」


「違うよ!ちゃんと中身も好きだよ!優しいし、ワガママ言っても付き合ってくれるし、一緒にいると落ち着くんだ。どんな自分でも受け入れてくれそうな気がする。」



いつの間にそんな関係になっていたのか。

いつも一緒にいる相棒だと思っていたのは僕だけだったみたいだ。



「ふぅん、仲良いんだな」


「そう、だね」



暖かな光は、冷たい闇へと変わっていた。



「暗くなってきたしそろそろ帰るね、じゃあまた」



唐突に、凛は部屋を出ていった。なにか気に障ることを言ってしまったのだろうか。



この日を境に、僕はモヤモヤした気持ちを抱え、凛もどこかよそよそしくなっていった。





「なになに、夫婦喧嘩中?」



クラスメイトがいつものノリで聞く。



「離婚した」



我ながらよく平静を装ったと思う。



「え、じゃあ佐伯もう来ないの?お前らがそんなふうになるなんて、何があったんだ?」


「なんなんだろうね。僕もよく分からない。」



お互いの好きな人について話しただけだ。

僕の知らない凛の好きな人。

凛の知らない僕の好きな人。

僕は、知らないうちに凛が誰かと関係を深めていたことにフラストレーションを感じていた。凛も、凛の知らないところで僕が恋をしていることに何か感じているのだろうか。あの日突然帰った訳を、まだ聞けていない。



「再婚する可能性はないのか?」



このクラスメイトは、こんな状態でも僕らを夫婦にしたいらしい。



「さあね」

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